こんにちは。
アイロワックです。
昨日臨時でお休みをいただきましたが、「あの」母をK病院の認知症外来に連れて行っておりました。
3月半ばにケア24の認知症対策チームに申請し、早々に担当も変わっていただき(汗)、自身の入院、手術を経て8月末日。
やっと介護申請をすることが出来ました、、、、!
認定が下りたのではない、申請ですよ、申請。
驚きますよね、この遅さ(涙)。
かかりつけ医が融通が利かないからとそのチームに申請しているのに、いつの間にやらかかりつけ医経由で話を進めることになっており、「大丈夫なのかよ、、」と思っていたら予感的中。
7月23日に認知症外来の看護師さんに質疑応答をしてもらい、その結果を基に意見書を作成してもらう、それで要介護1は出る筈、、という話だったのが、かかりつけ医が「自分の診療を母と私込みで受けないと意見書はかかない」とか言い始めましてね、、。
意見書の依頼は8月頭にしてあるのに、8月初旬の母の診療前は何も言わなかったのに、8月の下旬まで待たせて、9月末の診療に同行しないと意見書を書かない????
だからいや、、、と思いましたが、そんなことになるのを見越して、K病院の認知症外来の枠を押さえていてもらって本当に良かったです。
ここまでケア24の職員さん、K病院の看護師さん共に、特に拒絶が強い母を刺激しないために直接的なワードを出さずに進めてもらっているのに、かかりつけ医の姿勢はその真逆「本人にちゃんと確認しないとダメ」みたいな感じですから、超スローペースとは言え折角進んできているものをぶち壊されることだけは避けたい、、、。
とはいえ、、、。
元々母が認知症外来になんて死んでも行かないという姿勢で、チームに申し込んだわけなので、あれをどうやって連れて行けばよいのか、、と悩むに悩みました。
母の浪費は日に日に増していて、このままではあっと言う間にお金がなくなってしまう。
介護のお金ではなく、生活費がなくなってしまう。
事は重大ですから、看護師さんにしてもらった質疑応答の結果を聞くための診察、地域包括とK病院が提携して行っている後期高齢者への健診、、、のようなストーリーで誘導することを決意。
問題はいつ彼女に言うか?ですが、事前に言っておくと絶対にその時に逃げるように外出するのは目に見えてますから、当日の1時間前くらいに言おう、、。
と思ったら、当日の朝からそわそわしている母が急に「墓参りに行く」とか言い始めて吃驚。
行くなら午前中に行って!と急かし、帰宅後も十分休ませてから意思表示しました。
嫌がりながらも親子二人で行かなければならないと説得し、何とか目的地を目指します。
建物の下に行くとたまたま看護師さんがいらっしゃったのでそのまま受付、看護師さん、医師の方も私のストーリーに合わせて下さってますから、全て私が手続きをすれば良い形で進んでいきます。
30分近く待たされた(それでも事前に当日は絶対に押すので、、ということで、予約時間より30分遅い時間に行きました。)時点で母が怒りだし、「外出は一日1回にしている、疲れている!」と騒ぎ始めるのをひたすら宥めること山の如し。
内心、不必要な買い物を一日に何回もしているくせに、、、!と業腹でしたが、今だけは我慢!とひたすら母に謝る&謝る。
といい感じの所で診察のある階へ移動することができ、その間、私は申請の書類を書きます。
そして診察の時間になると、またしても泥棒のような嘘ばかりつく母ですが、事前に普段の状況を共有しているので、先生もあくまでも「健診」として母に質問をしていました。
無事専門医による診察は終了、この意見書をもって介護申請と相成りました。
会計は私がするから先に帰っていいと促すと、「何か必要なものはないか?」と再び買い物をする気満々で横転。
午前中にもしこたま買ってきているし、何より疲れているんなら真っすぐ帰れよ!!と言いたくなるのをこらえて、今日は疲れているのに有難う、何もいらないから真っすぐ帰るんだよ、、と母を帰しました。
先週の定休日。
コラボカフェに行く予定を立てていた店主ですが、出かけようとして階下に降りると、ハンドバッグを斜め掛けにした母が私を待ち伏せていました。
聞くと「家の前の電線からチリチリという音がする、東京電力の電話番号がわからないので直接言いに行くしかない」と豪語、直接ってどこに???(泣)と、庭に出ると何のことはない、もくれんの樹にとまったセミが鳴いているだけでした、、、。
庭に出て、音源を差し、決して電線から音は出ていない、これはセミであると指差し確認を入れて説明。
母は納得いかないようでしたが、どうしても気になるなら隣の叔父に頼みなさいと言い残して母を振り切って出かけました。
実際何も起きていない、運よく東京電力の人に繋がったとしても、そういったことを調べるのは簡単でしょうからすぐわかる筈、、。
たまたま数日前に買い物帰りの叔父を見かけて、母の状況を教えていたので、もし母の奇行を目撃しても「これのことか」と分かる筈、、。
コラボカフェは存分に満喫しましたが、連日の浪費も相まって私の不安はMAXへ。
当日母を連れていく自信がなく、看護師さんに進められていた区がやっている「ささえあいサービス」なるものに電話し、私と一緒に付き添ってもらえないか聞いてみます。
ですが、ここでもあくまでもサービスは本人が望んで自ら申請する前提で有り、特に拒絶が強い場合、サポートしてくれるのは専門職でも何でもない近隣の人々なので、新たなトラブルが発生する可能性がある、、などなど、、。
本人の意思を尊重するのは結構だけれども、この「本人の拒絶が強い」という壁に何度私は弾かれるのか、、(号泣)。
あまりの不安に千葉に住む叔父(母の弟)に電話、彼は祖父の介護を人一倍している筈で、祖父も相当厄介だったのを記憶しているので色々教えてもらおうと思ったのです。
実際、介護に関する有効な情報はほぼ得られなかったものの、母と祖父の関係、私の知らない祖父の一面、そして私たちは祖父が認知症になってすぐ施設に入れたとばかり思っていましたが、実際はその何倍もの時間、叔父夫婦がほぼ24時間体制で祖父を家で介護していたことを知りました。
叔父は過去3回救急搬送されていましたが、銀行のクレーム処理の部署だったのでそれが原因だとばかり思っていた。
どれだけ叔父夫婦が祖父に振り回され、ボロボロになっていたか。
彼は恨みがましく語るのでもなく、飄々と笑いながら話してくれました。
祖父が亡くなり、諸々が片付き、さぁ、これから夫婦で温泉旅行でも、、!という矢先に叔母は急逝。
当時原因がわからないと言われていましたが、この時私は理解しました。
過労である、、と。
叔母は持病もありましたからさぞかし大変だったろう。
私達は何も知らず、私は無邪気に祖父を尊敬していました。
そして母が人と関わりたがらない根源がそこにありました。
母の浪費は深刻な問題だし、何とかして私が管理する方向にもっていかなければならない。
それでも叔父と話したことで今一度、母を一人の人間として見ることができるようになりました。
そしてここで大きな勘違いがもう一つ判明。
隣に住む叔母が認知症というのも母の勘違いで、実際は脳梗塞で倒れた後遺症で体のあちこちに麻痺が残り、介護が始まったのでした。
認知症で要介護4なんて、こんな短期でそこまでいくもの?と不思議だったのですが、これで謎が解けました。
それと同時に、認知症になって「扱いやすい、いい人」になるわけがない、脳梗塞で2回倒れているので大人しくなっているだけ、、、。
急に拍子抜けしてしまいました。
3月に対策チームに申請して、8月末にやっと介護申請が出せただけ。
ですが、やっぱり普通の流れだったら母を病院に連れていくことはできなかったように思います。
私の入院時を含む複数回の看護師さんや職員さんの訪問、その後の質疑応答などを経て、何とか誘導することが出来たと思います。(特に看護師さんには本当に親身になっていただきました。)
そして介護認定が下りたとしてもこれで安心ということはありません。
何かしらのサービスを使わなければケアマネさんもすぐ打ち切られてしまう、というよりつかない可能性まであると言われてしまい、それだったら何のために頑張ったのか全然わかりません、、、!
ケアマネ探しはパンフレットを見ながらすればよい、とりあえず手すりだけでもつけてもらおう、絶対に嫌がるし簡単に行かないとは思うけど、デイケアに行ってもらい、母を疲れさせること。
今はテレビを見る以外やることがないので買い物にばかりでかけていますが、デイケアの時間を増やせば、買い物に行く体力もなくなるだろうし、自然に母と財布を切り離せるのでは、、と、理想ばかりは膨らみます。
まだまだ問題は山積み。
何かが解決したわけではないですが、「あの」母を病院に連れていけたことは私に少なからず自信をもたらしました。
体も着々と回復しています。
術後2か月半。
あっと言う間に今年の夏が終わろうとしておりますが、時間がかかっても何とかここまで来ることが出来た。
一時は不安のあまり、眠剤を入れても一睡もできなくなってしまいました。
ですが、昨日は母を病院に連れていけた嬉しさで久々に調子に乗って飲み歩き、帰宅したら倒れるように眠りました。
途中気分が悪くなって夜中にトイレに起きた後は、そのまま廊下で数時間寝てしまいました。
今朝の頭痛の酷いこと、、!
本当に暫く酒は止めようと決意したくなるほどの二日酔いです。
叔父がかけてくれた言葉。
希望はないけど光はある。
前を向いて生きるしかないんだよ。
叔父は怒涛のような介護地獄を経て、配偶者を急に亡くし、ほどなくして区画整理で立て続けに自分の建てた叔母との思い出が詰まった家と幼少期を過ごした実家を失くしています。
その人が言うのだから間違いない。
お客様も気を遣ってくださったのでしょうか?
8月後半は纏まって休むことができ、母と同じ家にいるのが辛い時はサロンに来て読書をしたりしながら休んでいました。
そういう意味でも店をやっていて良かった。
まさか、サロンが避難場所になるとは思いもしませんでしたから。
自分の中で一番プレッシャーがかかることを無事終えた翌日。
まだ何も発信していないのに、立て続けに常連様のご予約が入りました。
面白いなと思います。
驚くべきタイミング。
改めて、本当にご心配をおかけしております。
ネイルサロン店主、まだまだ介護スタート地点ですが、随分気持ちが楽になってきました。
まだ残暑があるということで。
皆様。
ご予約をお待ちしております、、!
※この時はこの薔薇が最後になるとは思ってもいませんでした。あって当たり前のものはない。日々実感しています。
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ネイルケアルーム アイロワック
JR中央線 西荻窪駅北口 徒歩2分
完全予約制・女性限定
営業時間 10:00~22:00頃
(最終受付時間は施術内容によって異なりますので
ご相談ください。)
定休日 水曜日、木曜日(臨時休業有)
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