菖蒲(アヤメ)の部屋

菖蒲(アヤメ)の部屋

他にも複数ブログがあり、ここは一旦閉鎖しましたが、たまに更新することもあります。

現在では4人に一人が認知症とか5人に一人とか言われているけど、それを聞く度「嘘!」と思ってしまう。

なぜなら私は夫と自分の両親4人中3人の認知症で周辺症状の被害を受けてたからだ。

さらに今年79歳になった母も怪しくなってきた。データ的には4人に一人認知症がいるだけで済むんじゃなかったの?

私の回りは4人に4人が認知症なんですけど?!

 

本当は、色々とぶちまけたい気持ちがあるけど、それを書いていると何時間もかかりそうで、抑えている。

抑えていると、むしゃくしゃした気持ちを食べる事で紛らわそうとする私。

一生懸命糖質制限やらウォーキング、レコーディングダイエットでピーク時から24kgまで減量してきたのに、

最近また炭水化物やスイーツやカロリーオーバーで体重がリバウンドし始めた。こりゃいかん!

 

まあ、愚痴は言いたいけど、きりが無いから、建設的な意見を発信しよう。

今度、選挙もあるから、志の高い候補者にお願いしたい。

認知症検査(脳のMRI)も高齢者の健診項目に加えて欲しい

世間では高齢者の暴走運転で被害が出たけれど、そこまでになる前に家族は免許を返納してと言っただろうと思う。

免許返納に限らず、日常の些細な事でも『これは認知症の始まりではないか?』と気が付いた配偶者や子供から

「精神病院に行って診てもらいましょう」などと言われても「失礼な!」と固辞するのが普通だと思う。

誰も自分では、物忘れはあるけど、そこまでおかしくないつもりでいるのだから。

それにもう高齢になると頑固で家族のいう事を聞かないのだ。

徘徊して線路内に立ち入ったり、車に乗りたいと言いだしたらしつこくて言う事を聞かなかったりした挙句、周囲に迷惑かける。

また、自分で新しく変わる事ができなくて変化を嫌がったりする。

 

がん検診も、胃腸がんの検査方法は時代遅れではないか?

今時バリウム飲んでレントゲン撮ったりするなんて。

検体出す大腸がん検査では結腸癌は分からないって胃腸内科の医者が言ってたし、

内視鏡で見た方がその場で処置出来たりして早いのではないか?

うちの市では、ようやく60歳以上の人だけ2年に一度胃がんの内視鏡検査を受ける時の補助が出るようになったけど・・・。

 

介護施設もプライバシーを守るためにユニット型個室を増やしたら、料金が軒並み高くなって、少ない年金では間に合わないから入れないで困る。

今時は多床室でも収納棚で区切るなど工夫しているが、どちらにしろトイレの数が少なすぎる。

5人で一つのトイレを使うような感じだから、タイミングでふさがっていたらまた別の遠いところへ行かないと出来ない事もありうる。

そうこうしていいるうちに、介護スタッフのてんやわんや人手が足りない!という事が起きるのではないか?

そもそも要介護老人である。

排泄ケアも必要になって、認知力が低下していると、そうした尿意・便意を脳へ伝達するのも遅いし動作も遅いから、間に合わないで失禁する事もよく出てくるわけだ。それを始末するのは本人じゃない。

そこで介護士や在宅介護の家族は排泄時間をチェックして事前に余裕をもって誘導するのだ。そういう手間がある。

歩けるうちは、パンツ型紙おむつのリハビリパンツを穿いてても、その中にするのは気持ち悪いのでトイレに向かう。

認知症の見当識障害の人は、トイレの場所も分からなくなり、行ってもどうやってするのか?記憶が抜け落ちて、

我慢できずにその辺に放尿したりする。

これも汚された床を掃除するのは本人は出来ないので介護者の負担。

その点は特養や老健などの施設より高齢者住宅の方が1部屋に1か所のトイレがあってまだ良いかもしれない。

でも、ケアマネに言わせると認知症老人はトイレを詰まらせたりするから共用にしていると言う。

そうかな?

それと私が見学した某特養施設は何故か夜勤シフトがさらに人手を減らしてスタッフ一人に10人~20人を相手にさせていて、負担が大きかった。

と、ここで私の介護体験を書いたけど、故人である舅姑の悪口みたいなのでやはり削除しました。

まあ、そんな事から、私は・・・尊厳死・安楽死肯定派である。若い人は別として。

自分が癌の摘出手術で麻酔をかけられた時に、それまでの痛みから解放されてこんな風に眠るように穏やかに逝けたらいいなぁと心底思ったものである。

また、術後目覚めて苦しんだ時も、人は将来の夢や希望が無ければ絶望に耐えられない事が分かった。

もう年を取ってあちらが治ればこちらが悪くなって、自分一人で身の回りの事も出来ない、

風呂も人に肌身をさらして入れてもらい、トイレも人に連れて行ってされて、

将来の夢は?と聞かれても、おんぼろの身体で少ない年金収入では、旅行にも行きづらい、

出来ることが限られてくる、若返る事はない、老いや死は誰にも避けられない。

それまでの長い人生だって色々とつらい目に遭ったり苦労を重ねてきた。

良い事もあっただろうけど、これからはどうだ?・・・となってしまった高齢になった自分を考えた時、

もう先が無いのであれば、

せめて最後は自分でなるべく家や自分のものを片付けてから、楽に家族や周りの人達に感謝して逝きたい。

その方が、次世代の社会保障を支えてる人たちも負担が楽だしさ。