さて、前説がかなり長くなったが、ここから本編エア実況。

#19「霧のフォークロア」より。

 

放送時期は夏だったが、作中の季節は冬。サンタの話題も出したいなと思っていたらJUMBO齋藤氏が「血まみれサンタ」と言い出し、即採用。

当初は冒頭の小ネタ程度に考えていたのだが、思った以上に重要なモチーフになっていく。

 

嬉々として怪談話を始める凛々子。最近活き活きしてきてるな。

 

また廃校になったのを第二中、しおりと凛々子の母校は第一中とし、当事者は真希だけという設定にした。その理由は前項で述べた通りである。

 

恐れおののくしおりのセリフはコンテで追加されたものだと思うが、

「どうぞ安らかに眠って下さいジングルベルジングルベル……!」ってしおりっぽくて好き。

「覗き見ゴリラ」のワードはJUMBO氏もいたく気に入ってくれたようだ。

 

ずっと迷っていたのは巌のキャラ。

あまりインテリにし過ぎると鈴原教授と被ってしまうので、実はお茶目な一面もあるという風に差別化を図った。

父娘似た者同士の二人ということで見やすくなったと思う。

 

「ダメだよ!それだと真希ちゃんがゴリラ娘になっちゃうよ?」

しおりがどんどん毒舌になっていくのは私のせいだろう。

 

例によって祭具自体はあっさり見つかることにした。

50年前とはいえ全く所在が分からないのも妙だし、そんなところで尺を使いたくない。

ただし皮が破れていて補修には金が掛かる、それをどうにかするのが今回のミッションということにする。

 

校舎の入口で卒業制作作品を眺める由乃。

20話の閉校式準備中に真希が劇中劇のラストで悩んでいたが、あれは私自身の思いだ。

もっとインパクトがないとなあ、と。そこで思い付いたのが、彼ら自身が作ったものを最後に見せるというアイディアである。いわば逆算。

それにしてもここのしおりはやたらドライだよね。お前、空き家の時はあんなに……(笑)。

 

最終回に向け、みずち祭りの進展についても描く必要がある。

当日の段取りを予め確認しておけば最終回のテンポも良くなるだろうと。

 

「わあ、初めて会長のことカッコいいと思いました!」

「だんないです会長。誰もいないから市中引き回しじゃないです!」

しおり、通常営業。あー、俺も羽交い締めされたーい。

 

ボートの上で元国王と現国王の会話。

この二人の関係の変遷も描いておく必要がある。全ては最終回で最高の感動を生むための積み上げである。

 

Bパート。

緑川家でのテンポのいいやり取り。

『寺内貫太郎一家』のようなホームドラマがやりたい、との監督のオファーに張り切って臨んだ。こういう会話劇、得意です。演出も芝居も良くて、何度観ても笑える。

私としても、親子のわだかまりを描こうとするとどうしても会話がぎくしゃくしてしまうのをこういう形で吹っ飛ばせるのは有り難いのである。

ラストの父娘のシリアスな会話とのメリハリの意味もある。

 

やっと未練を断ち切って地元でやっていこうかと考え始めた矢先に、東京から夢のようなチャンスが。

「私は間野山へ帰ってきた。それが答え」

だが父親には娘の強がりがよく分かっている様子。

 

廃校の活用法について議論する由乃と早苗。

どうして間野山では活用されずに放置されているのか。重要な問いをここでさり気なく提示しておく。

 

ここで由乃が発案したのは「給食会」。

実際に他の自治体で成功したケースにあやかろうという魂胆である。恐らく今の自分たちなら成功させる自信はあると思っているのだろう。

 

出禁のはずの高見沢が普通にいる(笑)。

「何でわざわざ心霊スポットにマズい給食なんか食べに行くの」

エリカちゃんの毒舌も相変わらずの冴え。

「こらエリカ、まだマズいかどうか分からないでしょ!」

アンジェリカさんの突っ込みもなかなかの切れ味だ。

 

凛々子にはやはり遊軍的な動きをしていて欲しいので、今回あまり4人とは同行させていない。

彼女は彼女なりに、住民に町のことを知ってもらいたいと考えるようになっている。

ここで頼りにした相手が真希というのも因縁めいていて好きだ。

映画ロケ編で真希が適切なアドバイスをしたからこそ、凛々子はここまで成長したのである。

「じゃあ早速、ベルカント唱法とか」

何で「早速」なんだよ(笑)。しかもベルカント唱法って。ここ、ホン打ちでは誰にも伝わらなかったので自分で説明するハメになった。

 

「大事なのは上手い下手じゃない。伝わるかどうかなんだ」

これ、実はチャーミーこと石川梨華の名言。使わせてもらいました。20話にも美勇伝ネタがあるんだが、恐らく誰も気付いていまい。

 

「聞いてくれる人にどんな気持ちになってもらいたいか、それを表現することじゃないかな」

凛々子に向けて言っているようで、ことごとく自分に跳ね返っている。映画ロケ編でもそう。

真希も心の底では分かっているのだ。自分は芝居が好きだ、と。なのにどうしてこんなに辛いんだろう。そこを次のシーンで巌に見透かされるわけだ。

 

親子の会話をするためには真希と巌が偶然、町で出会う必要がある。

だがいちいち段取りを踏んでいる余裕はない。いかに自然に見せるかに苦心した。

サンダルさんを使うことで一石二鳥の効果をもたらしている。

 

夕焼けの道を歩く真希と巌。

ここは私の、作家としての渾身の思いを込めたシーンである。

父である巌に何を言わせるべきか。どんなに言葉を費やしても、挫折の渦中にいる真希には説教にしか聞こえないだろう。ここは引き算で見せるべきだ。

 

そもそも巌は真希の才能を認め、褒め続けてきたはずだ。何故なら芝居をやっているときの真希が最も嬉しそうだからだ。

娘の笑顔が見たくて応援していたはずなのに、いつの間にか真希は笑わなくなった。それは親としても辛い。ここだ、この心情を丁寧に紡いでいこう。そう考えた。

 

「あんな顔して紙芝居を観る奴があるか」

「生まれつきです」

「違う。お前はよく笑う子だった」

 

真希としても、親に反抗するために大学を辞めて役者を目指したわけではない。あくまでも親には喜んで欲しい。東京で有名になれば、遠く離れた間野山にも自分の姿を届けることが出来る。そう思ってがむしゃらにやって来たのだ。

 

「でも、それだけじゃ食べていけない。生活のために色んなバイトしてきた。そのうち、何しに東京に出たのか、分かんなくなった」

 

いつの間にか手段が目的になってしまっていた。よくあることだ。私自身も長くそんな時期があった。ここで巌の言葉なのである。

 

「食べていけとは言ってない。好きなものを好きでい続けるのが、そんなに苦しいことなのか?よく笑う子だったんだよ、お前は……」

 

もうホントに祈るような思いで言葉を紡いだ。ホン打ちの時はかつてないほどドキドキした。「よく分かりません」とか言われたら、またゼロから作り直しだ。お願いだから伝わってくれ、画と役者の芝居があれば絶対いいシーンになるから……!

 

どう感じるかは視聴者一人ひとりに委ねるが、私としてはとても満足している。こういう微妙なニュアンスもアニメでは表現できるんだ、と。スタッフとキャストに心から感謝する。

 

そしてラスト。

普通であることにコンプレックスを抱く由乃に背中を押され、ついに真希は上京を決意する。

それはこれまで逃げ続けてきたことに向き合い、決着をつけることでもある。

 

さあ、いよいよ総決算の20話へ!