【蕨矢集落編】

第17話「スフィンクスの戯れ」(2017/07/26)

第18話「ミネルヴァの杯」(2017/08/02)

 

さて2クール目、信楽さんが初めて喋って「三種の祭具」集めが始まったところから。

初めに言ってしまうが、このエピソードは私にとっての最高傑作だ。書いている最中から手応えを感じていた。

全ての要素が有機的に無駄なく絡み合い、呼応するかのように作画も演出もキャストも私のイメージをはるかに上回ってくれた。たった二話しか登場しない鈴原教授も強烈な印象を残したと思う。「あなたの代表作は?」と問われたら向こう10年くらいはこれだと答えるだろう。

 

今回も例によってPAワークスから「早苗編」「限界集落」「モータリゼーション」というざっくりしたお題を与えられた。いや、もう少し具体的だったか。老人が叛乱を起こすというアイディアも確か相馬Pからだったと思う。また堀川社長にとっても関心の深い分野だったらしく、いつにも増してホン作りでは気炎を吐いていた。「コミュニティを解体するということはその土地の文化を解体するのと同じことなんだよ」という教授のセリフはそのまんま社長の意見だったりする。そこからデジタルアーカイブという発想へと繋がった。

 

では恒例の初期プロット掲載。怒られたら削除する。

プロットというよりはメモ書き程度なのだが、必要な要素はこの段階でほぼ完全に揃っている。1クール目での数々の失敗により、由乃らの意識も一段階高まっている。書き手としても十分に腕が振るえるというものだ。

 

 

『サクラクエスト』第17&18話メモ(2016/09/22)

<概要>
 早苗編。祭具の一つ、剣鉾を求めて過疎の集落へ。独居老人らの抱える問題に由乃らなりに対処していく。
 具体的なテーマとしては交通弱者、孤独死、生きがい、廃村等。

<ゲストキャラ>
鈴原廉之介(82)……過疎地域に住む老人。元大学教授

<アイディアメモ>
○祭りの復活には三つの祭具が必要。
 散逸した祭具は今どこにあるのか。「こういうことは『教授』に訊いた方がいいよ」と美濃のアドバイス。山間の過疎地域に住む人物らしい。

○教授に会いに過疎地域へ行く由乃ら。
 教授と呼ばれているのは独居老人の鈴原廉之介。元教授だけあって知的な感じ。だが一筋縄ではいかない雰囲気もある。
「残念だが私の専攻は民俗学ではない。ここへ移住してきたのも定年後、20年前のことだ。50年も前の祭りのことなど知らない」とにべもない返事。近くに点在する民家を訪ねても、当時を知る老人はいるが祭具のことまではやはり知らない様子。
(※鈴原は早苗と対になる人物として配置してぶつからせたい。かつては東京の大学で教鞭を執っていたが、定年後に縁もゆかりもない間野山を気に入り、妻とともに移住してきたとか。つまり早苗と同じIターン。)

○コミュニティバスを運転する高見沢が老人たちから何やら責められている。
 かつてはこの地域にも路線バスは走っていたが、不採算により廃止。代わりに自治体の補助を受け、コミュニティバスが運行されることとなった。実質的に運営しているのはそのまま高見沢のバス会社である(仮に間野山バスとする)。高見沢も週二回ほどコミュニティバスを運転している。
 そのコミュニティバスさえも撤退の可能性が出てきた。自治体の補助が打ち切られるかも知れないのだ。バス一台で年間1400万円ほど経費が掛かっている。自治体の負担も限界なのだ。
 高見沢も地元の人間として会社の方針には納得いかない。何とかコミュニティバスを維持するよう進言するが、「補助を打ち切られてまでやる意味はない。慈善事業じゃないんだ。その前に自分の首を心配しろ」と上司に突っぱねられる。寂れていく一方の地元に対して高見沢も忸怩たる思いを抱いている。

○鈴原は何かと早苗に絡んでくる。
 早苗はいわゆる限界集落の現状を心配し、何か方策はないかと考える。たとえば「自主再建型移転(※『地域再生の失敗学』参照)」など。
が、鈴原は言う。
「私たちは好きでここに住んでいる。確かに町と比べて便利とは言えないが、それなりに協力し合って楽しく生きているんだ。限界だなんて決めつけないで欲しい」
 とはいえ老人らの足となるコミュニティバスの廃止は死活問題だ。車の運転もままならない者もいるし、高齢の女性にはそもそも免許を持たない者も多い。いずれ自動運転の車も実用化されるだろうが、まだまだ先の話だろう。

○由乃の思いつき。
「住んでる場所がバラバラならせめてネットで繋げられないかな」
 過疎地域の高齢者にITを活用したコミュニティをネット上に構築させれば今より状況は良くなるかも、と。
 早速IT大臣の早苗が動く。独居老人らにタブレット端末の使用法を教え、生活の一部に組み込ませる。
(※ここで問題なのは、独居老人宅一軒一軒にタブレット端末を配布していくのか、ネット回線の引き込みや契約、それら費用は誰が負担するのか等)

○老人らのネットへの順応、過熱する盛り上がり。
 初めはフェイスブックのようなSNSだったのが、たとえば源爺あたりが元きときとテレビの技術者だったりして早苗と協力し、ネット番組そのものを作ってしまう。「まのやまチャンネル」とか。老人らはそれぞれの趣味や特技を自宅から披露。恋人募集までやってしまったり。双方向のコミュニケーションなので独居老人の見守りサービスの効果もある。
 さらにはCMまで自分たちで作るようになる。元大工が家具製作とか、元電器屋が配線工事請負とか。もはやバーチャルな町のようになっていく。元政治家もいて、間野山独立運動を起こそうとしたり。
「やっぱり『おはよう』とか『おやすみ』が言える相手がいるって、いいもんね」と由乃。誰かに必要とされたり注目されたりすることでにわかに活気付く老人ら。やや過剰気味ではあるが、老人らのコミュニケーションの微妙に抜けたところやシュールさが話題を呼び、間野山以外の視聴者も増えていく。

○老人らがネットに習熟したことで得られたもう一つの成果。
 コミュニティバスに代わる新たな交通手段、デマンドバス。これは従来のように決められた路線を時刻表通りに走るのではなく、利用者が利用したい時にネットを通じて予約をし、必要な時だけ運行する乗り合いシステムのことである。路線バスとタクシーの中間的存在。利用者にとっては好きな時間に格安で利用でき、運営会社も人件費や燃料費などを大幅に削減できる。
 これならウチでもやれますよ、と上司に進言する高見沢。自動運転が普及すれば自分のような人間は不要になってしまうが、その時はその時だ。当面はこれで利用者の役に立てるだろう。少し誇らしさを取り戻す高見沢。

○鈴原も早苗らの行動に感化され、少し考えを変える。
 お礼として剣鉾の在処を教える鈴原。本当は初めから知っていたが、知らないふりをしていたとか(あるいはどこかの独居老人宅にガラクタのように放置されていて、まのやまチャンネルにたまたま映り込んだのを発見するとか)。こうして剣鉾を無事ゲットする由乃ら。
 また早苗も、間野山で本格的に自分のスキルを活かしていこうと決意を固める。

◆これら要素をどのようにまとめていけばいいか、考えどころです。基本的に人助けの過程で様々な地域の問題を掘り起こし、誰かの役に立つことで感謝され、結果的にアイテムをゲットする流れがいいとは思います。

◆デマンドバスは既に採り入れて成功している自治体もある。現実の後追いになりはしないか。かといって自動運転の実用化はまだ早すぎる。

◆早苗が間野山でやっていこうと決意するきっかけ、成長の要因。

◆鈴原の役割。上っ面の町おこしには否定的な態度。早苗らを試しているふしがある。また本当は移住してきた理由があるとか。たとえばかつて愛した人の形見を探し続けていて、それを由乃らが見つけてあげるとか。

 

<了>
 

 

デマンドバス自体はかなり前から多くの自治体で導入されている。今さら目新しい方策でもないが、限界集落への対策としては今のところ最も現実的ではないかと考えた。「序章」でも述べたように、我々が提示するのは誰も見たことがない画期的な町おこしのアイディアではない。町おこしという活動を通じて由乃らがどう成長するか、町の人々がいかにして誇りを取り戻していくか、その過程を描くことである。それによって視聴者にも考える機会を与えることが出来れば成功と言っていい。その意味でも「蕨矢集落編」は恰好の題材なのではないかと思う。

 

実は鈴原教授にはモデルとなる人物がいる。私が大学時代にお世話になったゼミの教授である。午前中の講義にはいつも二日酔いのような顔で現れ、昼休みには食堂でビールを飲んでいたり、「アル中教授」などと揶揄されていた。おまけに毒舌で、私なんかはいつも「おいアホ」と呼ばれていた。だが私はこのおっさんが大好きだった。見ていないようでいつも見てくれていた。究極のツンデレのような人だった。どこか寂しげな雰囲気も漂わせており、いつか彼をモデルに描きたいと思っていた。今回ようやく実現した。

 

また、稿を重ねていく中で鈴原教授にあのような結末を用意したのは、私の判断である。限界集落をテーマにするからには死までを描き切るのが覚悟であり、誠意だ。決して安易に視聴者を泣かせようと思ったわけではない。限界集落の老人というものがいかにあっけなく逝ってしまう存在なのかということを、教授に身を以て示してもらったのだ。自分が起こしたことの帰結を見届け、間野山にささやかな希望の芽を残し、身辺整理まできっちり済ませてからこの世を去る。なんというカッコいい爺さんだろう。

 

これまでアンジェリカの店に入り浸ってばかりいたバス運転手の高見沢にもようやく見せ場が出来た。彼のセリフに苦労した記憶はない。どれもスルスルと頭の中から溢れ出たものである。

 

早苗にとっても、残り話数からいってこのエピソードが事実上の着地点である。自分の生き方について何らかの決着をつけねばならない。彼女が鈴原教授から得たものは計り知れないものがあるだろう。早苗と教授を対にするという最初の発想は大正解だったといえる。

 

少し長いが、アイディアメモから一度の打ち合わせを経て直したプロットも掲載しよう。