子どもとの生活のなかで向き合うことになった自分のこと、心理カウンセラーや講師のお仕事のことなど
を主に書いています
一郎と三郎もときどき登場しています
今日は学校の課題配布と既出の課題回収の日でした。
のんびりしすぎてすっかり忘れていました
インターホンが鳴って焦りました…
それから、2019年3月からストップしていた月に一度だけやっていた配達のアルバイトがまた再開されることになって、その手配などの期日も今日でした。
のんびりな毎日が当たり前になってしまって
少しずつやらなくてはいけないことが増えて戸惑い中です。
一郎と三郎は学校再開に向けて少しずつ意識をしていると思いますが、二郎は…わからないです。
教室に入らないのに何しに行くの?どうすればいいの?と発言していたので、きっと行かないですね。
通級は行くかな?と期待してますが、どうやら今年度になって先生が変わったようなので…最悪初回で終わってしまうかもしれません。
正直なところ、
このコロナの自粛生活が日常になってしまい
二郎が不登校児で、この先どうしよう、どうなるんだろう、みたいなことを考える時間はなくなっていました。
二郎も、みんな学校休みということが心なしか安心材料になっていたようで、情緒も落ち着いていました。
自粛生活の中でも、狭い街なので買い物先でご近所さんに会うことがあります。
私の講師業、カウンセリング業のことや、二郎のことが気になってたよ、と言ってくださる方もいて、
言われることで、あ、そうだった!と思い出す自分がいるくらいのんびりしていたことに自分で驚いてしまいます
二郎の先を考えると不安はあります。
前にも書いたことがあると思いますが
私自身、長期にわたる不登校を経験したことがなく、その先を想像できないからです。
ただ、最近オットさんと話をしていた時に思ったことがあります。
それは何が正解なのかということです。
言われなくても、宿題や勉強をやり、浪人や留年をすることなくストレートに学業を終えて就職した私と
親にやれやれ言われてもあまりやらず、浪人や留年をした兄
同じく親にやれやれ言われてもあまりやらず、
高校卒も危うく、合格した専門学校を入学金納入後に蹴って大学の夜間に入ったもののあと一年というところで退学した弟
親に迷惑をかけたくない、といういい子ちゃん路線で生きてきた私には兄も弟もびっくりな生き方だなと思いましたし、親が悩んでいる姿を見て心が痛かったのですが、今になってみれば2人とも家族がいて立派な大黒柱です。
人生本当によくわからないものだと思うのです。
だから、二郎のことは不安や心配はあるけれど
外からの力で無理やりどうこうしようなんてことはしないほうがいいのでは?と思うようになってきています。
またこうして二郎のことを書いていると
自粛に入る前の感情や日常の記憶が呼び起こされます。
今の生活と比べてしまうからですが
その記憶や感情が重いかな、と感じます。
だから今の生活がずっと続けばいいのに〜なんて思ってしまうこともあります。
ただ、人の人生はそれぞれだなって思うと、再開後も元気に過ごせそうな気がするので
今は私自身がまた予定などこなしていけるように気持ちをシフトしていかねば、と思っています。
↑関係ないですが
この自粛生活中にワンチャン欲しい熱が高まりすぎて困ってます(笑)