数年前、自分の犬が病気になったときに、病院が遠くて病院に着くまでに命を落とした苦い経験から獣医師をスタッフとして雇うことにした。
獣医師がいれば薬も手に入るし、技術さえ教えれば断耳手術もできる。
そうこうしているうちに近所は雑種が多いが、やはり病院が遠いので簡単な診察はうちでしてあげるようになった。

ある日のこと、軽トラに轢かれて瀕死の状態でうちに飼い主が雑種のマイクを連れてきた。
マイクは元気な2歳のオス。田舎はあまり繋いで飼う習慣がないのでいつも放し飼い状態。
ただ、マイクは気のいい奴で、他の犬に喧嘩を売ったりしない点では安心できた。
家の前をデンコロを連れて歩いていても 「いぬばかのおじちゃん、こんにちは」 という感じでひょっこり顔を覗かせる。

犬 「おぉ、マイクか。一人で遊んでんのか?車に気をつけろよ」


会うたびにそんなことを言って別れた。

うちにドッグフードを買いに来る度に飼い主には口を酸っぱくして「放し飼いは止めなさい」と言ってきたのに、「マイクは外に呼び出さない」だの、「交通量が少ない」だのと言って聞こうともしなかった。


そして悲劇は起きた。。。


飼 「犬バカさん!犬バカさん!マイクが車に轢かれた!」


犬 「何?!病院は?」

飼 「犬バカさん所が一番近いから」

犬 「馬鹿っ!うちは動物病院じゃねぇっ!よく考えろ!」

飼 「どうしよう、どうしよう」

犬 「とりあえず応急処置しよう。それから病院に行こう」




かくして私と獣医師とで応急処置が行われた。
骨折はしてるし、恐らく内臓もやられてる。呼吸がかなり乱れている。

うちには獣医師はいても医療器具がない。
獣医師は涙を浮かべながら

獣 「くっそー!マイク死ぬんじゃないぞ!」

と、もどかしさを隠し切れずに応急処置に当たった。
すぐさま病院へ直行。
通常30分はかかるところ、私のスーパー運転技術(スピードオーバーと言う名の)で15分ぐらいで着いた。

タオルに包まれたマイクを抱き、病院に入ろうとするとマイクが私の目を見た。

犬 「マイク、頑張れよ」

飼い主は泣きじゃくっている。

診察室に入ると私の胸がドキッとした。
マイクの顔を見るとマイクは息を引き取っていた。


犬 「ま、マイク・・・・死んじゃった」

飼 「え?マイクが?」


獣医師が瞳孔ライトや聴診器を当て、「亡くなりました」と一言。
無言の帰宅となった。




マイクと過ごした家に戻るのが辛いというので飼い主と一緒に犬舎に戻った。
タオルに包まれて亡骸を見て仕事中のスタッフが寄ってきて泣き崩れる者もいた。
デンは非常に空気の読める犬種で、飼い主が抱いているのは死んだ犬と判ってるのか、「何?何?パパが持ってるの見せてー」と言う者はいない。みんな寂しそうな顔をしてそれぞれのベッドでそれを遠くから見ている。

ロビーに飾ってある花を束にして、地下の霊堂から線香を持ってきて前に作った祭壇を持ってきてマイクを寝かせた。

みんな黙っている。

その後、荼毘に付すまでマイクはうちにいることになり、後に火葬され飼い主の元に帰った。








犬 「よし、医療器具を揃えよう!うちでも手術ができるようにしよう!」


思い立ったら動かずにはいられない。
もうひとつ動物のストックルームを作る予定だった建物を医療器具を揃えて手術もできるようにした。
できあがるまでに3ヶ月を要した。メーカーの人が来て獣医師に機械の使い方を教えたり、看護師を動因したり。(美人が来るまでの採用時間が長いという説あり・・・)

犬 「これで完璧だ!うちの犬たちもよろしくな」

獣 「はい。頑張ります!」



連日どこからか聞きつけて病気の犬や猫を連れて来る人が増えた。
満員御礼の状態が続いたある日のこと、17歳になるマルチーズが連れてこられた。
もう見るからにヨボヨボで、毛も禿散らかして誰が見ても老犬と判る風貌をしている。
飼い主はいかにもお金持ちそうな女性で、診察台にグッチのバッグを置いて獣医の話を聞いている。

私は犬舎の仕事がひと段落したのでひょっこり病院を覗いたのだった。

犬 「昼飯作ったから診察終わったらおいで~」

飼い主は「何この人?」という顔で私を見ている(ここのオーナーじゃ われぇ)

飼い主と獣医が話しているところに私がキョロキョロしていると、シャウカステン(レントゲンの写真を見る投影機)に目が行った。



犬 「あ~あ、すっげぇ腫瘍だなぁ。こりゃ大変な手術になるなぁ」

獣 「そうなんです。麻酔が年齢的に怖くて」

飼 「先生がそんなに怖がったら任せられませんわ」

犬 「じゃあ他行ったらいいじゃない。どこの病院もこの年齢でこの大きさの腫瘍なら怖いって言わない獣医なんかいないから」

飼 「あなた何?」

犬 「まぁ、獣医の知り合いだけど」(ここのオーナーじゃ われぇ 2回目)

飼 「私、この子が死んだら生きて行けません」

犬 「飼い主がそんな気持ちでは犬も頑張れませんよ。まずは一度信じたならどんな結果が出ようと自分の気持ちに正直になったほうがいいですよ」

飼 「分かりました。いずれにしてもこのままではこの子の命は無いのですものね」

獣 「そうです」

犬 「今やるのかな?じゃあ終わったら飯おいでね。じゃあね」

飼い主は重大な命に関わる話をしているのに、獣医の昼飯の心配をしている私が気に入らないのか、終始不貞腐れていた。(何回も言わせんじゃねぇーよ。ここの・・・・飽きました?)




かくして手術が行われた。
かなり大きな腫瘍で、色んな臓器に癒着してしまい、剥離に時間がかかり3時間という格闘の末無事手術は成功した。



マルチーズは3日ほど入院した後に退院し、菓子折りまで持ってきて律儀な態度でお別れした。
しかし一週間後にマルチーズは死んだ。それだけで終われば良かったのだが・・・・



マルチーズが死んだという話を朝、獣医師が朝食の際に話してくれた。
昨晩眠るように死んだと。それは良かったねと話していたのだが、午後になってマルチーズの飼い主がやってきて、怒声を上げている。


私は家でテレビを見て爆笑していたら、看護師が息を切らしてやってきた。


看 「犬バカさん!いらしてくれませんか?」

犬 「どーしたの?そろそろ昼飯だよ」

看 「それよりもマルチーズの飼い主が・・・」

犬 「んっだよー飯なのにぃ」





急いで救護室に向かった。
おベンツを横付けしている。そとから大きな声が聞こえる。ただ事ではない。

犬 「どーしたの?」

またあなた?というような顔で飼い主は私の顔を見ると鬼の形相で

飼 「医療ミスでしょ」

と言い放った。

飼 「あなた、手術して一週間で死んだのよ。これは医療ミスに違いないわ」

犬 「医療ミスと言い切るには確たる証拠があるのでしょうね?」

飼 「あなたとお話する必要はありません。私は先生とお話があるんです」

犬 「俺はここのオーナーだ!」(はい、ハッキリ言いましたー)

飼 「オーナー?」

犬 「そうだ。だからその話に加担する必要はある」

獣 「僕は成功したと思ってます。だから元気に帰ったじゃないですか」

飼 「でも死んじゃったじゃない。一週間で」

獣 「・・・・。」




飼い主にやりこまれている獣医を見過ごすことはできなかった。
これは皆さんも肝に銘じて欲しい話しである。考えのスイッチを入れ替えてもらいたい。



犬 「この子は一週間で死んだ。紛れも無い事実。しかし放っておけば必ず癌で死んだのも事実。そこで手術に踏み切ったあなたの行動は、愛犬への紛れも無い大きな愛情です。その愛情に応えたのが彼です。
彼は獣医師としてこの病気に立ち向かいました。もしかしたら死んでしまうリスクも抱えて。」


飼 「実際死んだじゃない」


犬 「そう、死んだ。元気に死んだ」


飼 「元気に?死ぬのに元気も何もあるわけ無いじゃない」


犬 「いや、それがあるんだな。眠るように死んだんでしょ?大往生じゃない。これをするために獣医は手術を行ったんです」


飼 「死ぬために手術させたつもりはないわっ!」


犬 「いや、元気に死ぬために。手術してなかったらきっと苦しんで死んだはず。それが手術をしたことで苦しまずに死んでいった。死ぬ準備のために苦しまないで死んで欲しいと思うのは飼い主は誰でも思うんじゃないかな?この子はもう死ぬ期限があったんだよ。あったんだけど、このままの状態で苦しんで死んだか、そうでなく死んだかは大きく違うと思うけど。実際様態が急変して死んだんじゃなくて眠るように死んだんでしょ?良かったじゃない」


飼 「・・・・・。」


犬 「この獣医はそうやって苦しまずに元気に死んで行って欲しいと思って手術したと思うんだな。そりゃ元気いっぱいで、あと2年も3年も生きればもっと良いけれど、命はみんな期限があるから。いつ死ぬかは誰も分からないけど、どうせ死ぬならポックリのほうが良いに決まってるでしょ」


飼 「そうねぇ・・・」


犬 「こんなことで喧嘩しても死んだ犬は戻ってこないし、自分のために飼い主が喧嘩をして犬が喜ぶと思うかな?」


飼 「私が悪かったわ。ごめんなさい」


犬 「それが分かったら帰ってお線香あげて手を合わせてあげなさい」


飼 「本当にごめんなさい。私、あの子が死んで少し取り乱しちゃったみたい」


犬 「じゃあ気をつけて」

飼 「失礼します」


飼い主は一例して帰った。
そして私は口パクで


(ひーるーめーしーでーきーたーかーら おいでー)

良いこと言ったんだか、こんな奴に説教された飼い主が可哀相というか・・・・