こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

 

「どうしてこんなに怒りを手放せなかったんだろう?」

「怒りを手放せない私はクズなのだろうか?」

「こんなに怒っている人なんかいないのに」

 

 

長い間、悶々と考え続けていました。

 

 

信頼できる人に相談しても

本を読んでも

忘れようとしても

別人として生きなおそうとしても

 

決してなくなることがなかった怒り。

 

「どうして勝手に自死なんていう道を選んだの!」

「どうしてあんなに見下されなくてはならなかったの!」

 

ずーっとずーっとくすぶり続けていたけれど・・・

 

 

「今、私が生きているのは、あの怒りが生きる力になっていたのかもしれない」

そんなことを感じるようになったのです。

 

 

「全部私がいけなかったからだ」

そんな悲しみにだけ支配されてしまっていたら、生きる意味も何も見出せなかったでしょう。

 

「どうしてなの!」

そんな怒りの答えを探したくて、生きてきたような気がするのです。

なぞなぞだって答えが分からないままだと気持ち悪いから。

 

 

結果、私は自分の命を守ってきた。

母から・父からもらった命を、夫が守ってくれた命を、自分でも守ることができたのは、あの怒りだったのかもしれない。

 

 

 

怒りを抱えているのはいけないこと

怒りを持っているなんてクズだ

 

そんな風に思っていたけれど、そんなことはない。

大小はあれど怒りのない人生は有り得ないし、怒りですら自分の命を守るために必要な要素のひとつであると思えるのです。

 
 

 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 
 
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