こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

 

「私はこんなに痛みを感じていたんだ」

「私はこんなに悔しかったんだ」

 

そうやって自分の気持ちを整理してきたつもりでした。

 

けれどふとしたことでかさぶたが剥がれ、ぶり返す痛み。

 

 

そうなると「あんなことがなければ」「違った対応をしてくれていれば」

自分以外に怒りが向いてしまうのです。

 

 

〈人のせいにしてしまう自分〉にもまた怒りを感じ

整理整頓したものがガラガラと音を立てながら崩れ

呆然としてしまう自分。

 

 

 

ある意味、私は未熟でダメダメな人間。

奥底にある自分の怒りすら自分で消すことも出来ない。

いっそのこと怒りなんかないものにして見なければいいと。

 

 

かつてはないものに出来ていました。

自分ではこの怒りは人にバレていないと。

名女優に匹敵する演技力だと。

 

 

でも一度「私は痛みを感じ、悔しさを感じ、怒りを持っているんだ」と認めてしまったら無視することの方が苦しくて。

 

 

何より痛みも悔しさも、大きな大きな怒りを抱えている私のことですら、大事に思い守ってくださる方々の存在を知ってしまったから・・・・

 

演技なんかしなくてもいいと分かりました。

痛いけれど、苦しくないわけではないけれど、

それでも「守られているんだ!」という温かさの方が上回っているから。

 

 

何度かさぶたが剥がれたとしても、自分を大切に思いたいのです。

私を大切に思ってくださる人がいるのだから。

その恩を踏みにじらないように。

 
 

 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 
 
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