こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

 

昨日、医療系のお話が伺える市民講座に参加してきました。

市民講座ですので難しかったり専門的すぎたりせず、「そういうことなのか」というお話を伺うことができました。

 

その中でふと私が思ったことを。

 

 

 

江戸時代頃は農作物を育てる際の肥料として人糞を畑に撒いていた。

そこで育った野菜を食べることで、どうしても寄生虫がお腹に宿ることになってしまう。

 

寄生虫を持たない人はいないというのが当たり前だった時代。

 

その当時の人々は寄生虫のことを「ハラノムシ」と呼んでいた。

そしてよろしくないことは「ハラノムシ」のせいにしていた。

 

 

自分が短気なのは「ハラノムシ」のせい。

隣の人が意地悪なのは「ハラノムシ」のせい。

あいつが聞き分けないのは「ハラノムシ」のせい。

 

 

 

非科学的なことだし、寄生虫を宿しっぱなしの方がおかしい、というのが現代の当たり前でしょう。

 

 

けれど私は思ったのです。

 

「短気な自分は悪い」

「意地悪な隣人は悪い」

「聞き分けのないあいつは悪い」

 

そうやって人格否定をしてしまうのなら、【自分】や【相手】と切り離した【ハラノムシ】の悪さにすることによって、唯一無二の【自分】や【相手】の存在を守れると。

 

 

決して【自分】や【相手】を駆除してはならない。

けれど【ハラノムシ】の駆除はできる。

駆除方法だっていろいろある。

 

 

心のどこかにつかえていたものがスッと落ちていったような時間でした。

 

 
 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 
 
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