こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

 
 

「こうしなくては」と決めたことができない自分を

「こういう意見もあるんだ」ということを受け入れられない自分を

「普通はこうでしょ」と思ってしまう自分を

責めずにはいられなくなる私。

 

 

その責めは家族にも向けられていました。

 

 

「母親はこういう存在でいるものでしょ」

「夫はこうあるべきでしょ」と。

 

母も「こうしてあげたい!」という精一杯の思いを傾けてくれていたのに。

夫も「家族を守るために!」と頑張り続けてくれていたのに。

 

自分の表面的な薄っぺらい思いにしか目も耳も傾けられなかった私。

 

 

今も自分や他者を責めたくなることは多々あります。

 

「何でよ!どうしていつもこうなってしまうのよ!」

一人になると葛藤しています。

 

怒りをメモ帳にぶつけてぶつけてぶつけて・・・・・

 

 

しばらくすると

「私はこうしたかったんだ」

「私はこの部分が嫌だったんだ」

そんな気持ちが湧いてきて、同時に燃え盛っていた怒りが下火になっていく感覚を味わうようになったのです。

 

 

 

決めたことができなくても、受け入れられなくても

こうあるべきと思ってしまっても、怒り狂ってしまっても

 

それをダメなこととせずに怒ったり悲しんだりしてみること。

 

 

ご飯もゆっくり噛み締めて味わうように

自分の感情もマルバツと判定を下さずに味わうことで

初めて自分の中にある本当の気持ちに触れることができるということを体験しつつあるのです。

 
 
 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 
 
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