こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

 

かつてこんな場面がありました。

 

一対一で話をしているのに、しょっちゅうスマホに目を落とす。

当人は聞いているつもりだろうけれど、聞いてもらえた感じにはならない。

 

 

話したいことがあっても話す気がなくなりました。

私はどうでもいい人で、スマホの方が大事なんだと悲しくなりました。

どうしてわざわざ指定してきたこの時間を大切にしないのかと苛立ちました。

 

 

けれどふと思ったのです。

 

これは自分自身に対してもやってしまっていないだろうかと。

 

「本当はこうしたい!」という思いがあるのに

「相手に嫌われないように」という方に目を向けてしまう。

 

「本当はヤダ!」と思っているのに

「みんながやっているから」と同意してしまう。

 

「それは違うと思う」という意見を持っているのに

「面倒だと思われたくないから」と自分の意見を揉み消してしまう。

 

 

私は自分の中にいるもう一人の私と、しっかり向き合って話を聞いていなかった。

聞こうともしていなかった。

 

 

もう一人の私はどんなに悲しかっただろう。

もみ消される度、どんなに怒りを抱えたであろう。

 

だから・・・

 

本当はどう思っているかが自分ですら分からなくなってしまいました。

本当はどうしたいのかが自分でも見えなくなってしまいました。

 

 

人と話をするとき、スマホを見ながら話をしないように

自分の気持ちを確かめるときも

「みんながこうだから」とか「普通はこうするから」とか

多数決や一般論に逃げてしまわずに、「私はどうしたいの?」という声を聴き取ることに力を注いていこうと思ったのです。

 
 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 
 
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