こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

 

私がいつも座っている席からは木が見えます。

植樹してまだ日も浅いので、幹は細く頼りなげです。

 

横倒しになってしまうのではという強風の日もありました。

この夏はジリジリと日が照りつけ、夜になっても蒸し風呂状態でした。

いつの間にか虫によって根元に大きな穴を開けられたりもしました。

 

それでも立ち続ける木。

緑の葉をお日さまに向けて光合成をしている木。

条件に悩むより、与えられたこの場所で生きることを楽しんでいるかのような木。

 

 

 

こんな過干渉な母だったから・・・

そんなに仲良くない両親だったから・・・

言わなくても分かる夫だったら・・・

義母との同居さえなければ・・・

 

私が思っていた「これがなければ」がなかったとしても

きっと別の「これがなければ」という不満を持ち出していたことでしょう。

 

 

本当に母が・夫が・父がこの世からさえもいなくなってしまった今。

木の生き方が心にしみるようになりました。

 

 

もっといい土のところだったら・・・

もっと静かな環境だったら・・・

 

そんなことを微塵も思わずに

「木陰ができるよ」

「さらさら葉の擦れる音で涼しくなるよ」

「散った葉は次の栄養にするよ」

今生きていることに満足している。

 

 

 

両親や夫や義母とのあの時間があったからこそ見えてきた木の生き方。

 

なくていい時間などなくて

いなくてもいい人などいなくて

どうでもいい自分も存在しない。

 

全てが大切な宝。

 
 
 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 
 
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