こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

 

「母は過干渉だった」

「母は自分の考えを押し付けてきた」

「挙げ句の果てに母は勝手に命を絶ってしまった」

 

そんな思いで頭の中がパンパンだった時、次に出てくる言葉は

「だから私には自由がなかった」

「だから私はかわいそうだった」

「そして私はとても苦労した」

 

 

その後にも先にも何もないと思って生きてきました。

 

 

 

けれど、もっと奥底にあるものを見てみようと勇気を出して思いを集中させた時、明るい映像が浮かび上がってきました。

 

 

母と一緒に買い物に行った時、里芋の葉っぱの上で転がる水滴を見て笑ったこと。

母が一針一針縫ってくれたフランス刺繍のバッグが嬉しかったこと。

母が満面の笑みで「娘の存在が喜びなんです」とよく言っていたこと。

 

 

 

私が嫌だと感じていたことだけを上書きしていただけだったんだ。

深掘りすると益々自分の嫌な部分まで出てきそうで怖かっただけなんだ。

本当は、本当は、母にも私の中にも愛や光がちゃんと入っていたんだ!

 

 

 

影があるのは光があるから。

光があるから影もできる。

 

光だけでは暑すぎて、影だけでは寒すぎる。

どちらもあるから、それぞれの出来事を血肉にする事ができ、

どちらもあるから、ほどよい加減で生きられるのかもしれない。

 

 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 

 
誰にも相談できない、心の声をお聴かせください
いただいたメッセージは、1通1通、丁寧に目を通させていただきます


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