こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

 

 

口うるさくない母親であれば私は優しくできたと思っていた。

夫が家事をやってくれたら歩み寄れたのにと思っていた。

父や義母が介護の必要がないくらい元気であれば楽しめたのにと思っていた。

 

 

いろいろなことが「誰かのせい」になっていた私。

「誰かのせい」だから足元に咲いている小さな「花」にも、頬を優しく撫でる温かい「風」にも、休むための木陰を作ってくれる「木」にも気づけませんでした。

 

 

 

あの時から失ってしまった大事な家族。

母も夫も父も姿を見ることは疎か、声を思い出すことも困難になりつつあります。

義母は何をするにも1人では出来なくなりました。

 

けれど私はあの時のように「不幸だ!」と思わなくなりました。

それは「小さな居る・在る」に目を向けられるようになったから。

 

 

 

話を聞いてくださる人が居る。

話をしてくれる相手が居る。

今という時間が在る。

 

あの時もあったものだけれど、気づけなかったもの。

もう決して忘れまい。

「小さな居る・在る」こそが幸せであることを。

 

 

 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 
 
誰にも相談できない、心の声をお聴かせください
いただいたメッセージは、1通1通、丁寧に目を通させていただきます


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