こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

 

 

私は宮城県の北部寄りに位置する町で育ちました。

今、仙台で桜が満開でも、実家がある町はようやく三部咲きという感じです。

 

 

昨日は母の二十七回忌で実家近くのお寺へ行きました。

私と姉夫婦・3人だけで静かにお参りをしてきました。

 

とても暖かい陽気でしたので、お墓の前で3人で話をしてきました。

 

「母親が亡くなった年は暖かかったんだよね。

川沿いの桜が見事に満開で、すっごくきれいだったことを覚えてる」と姉が言いました。

 

 

 

実は私には母が亡くなっている姿を発見したところから記憶が途切れ、どのようにお葬式をしたか、火葬場では何をしたのか、そのとき周りの景色はどうであったか・・・・

何も思い出せないのです。

 

けれど姉が「あの時は桜がすっごくきれいだった」という言葉を聞いて、涙があふれてきました。

 

「あぁ、母は美しい桜に包まれて旅立てたんだ。いつもはそんなに早く満開にならないのに」

 

 

 

自分の中で固定されてしまった苦しい思い出。

実はそれはある一面だけであって、他から見ると違う側面があるもの。

違う側面を知ることによって、苦しみが和らぎ、生きやすくなること。

 

それを知ることができた母の命日。

母がつらさを和らげてくれたのかもしれない。

 

 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。