こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

 

 

母は私が22歳の時に命を絶ってしまいました。

気が付けば私の長男はその年齢を超え、次男は22歳に。

 

今、この子たちを遺して私は死を考えることはできない。

母もそうであったでしょう。

決して喜んで命を絶ったわけではない。

 

苦しかっただろう・・・

悲しかっただろう・・・

もしかしたらそうした気持ちを感じることもできないほどに心が冷たく固まってしまったのだろうか・・・

 

 

 

夫が命を絶ったのは53歳の時でした。

私はあと3年半もすればその年齢になります。

 

まだ学生の子供がいる。

私自身だってまだやりたいことがある。

だから死を考えることなんてできない。

 

夫はどんなに悩んだだろうか・・・

何度も思い直したに違いない・・・

でも踏み切ってしまったのは自分を引き止める力すらなくなってしまったからだろうか・・・

 

 

 

私も「私なんかいなくたっていい。死んでしまいたい」

そう思ったことがあります。

 

お金が逼迫してどうにもならなくなったから。

家族が2人も自死して生きている意味を見いだせなくなったから。

自分が家族を殺してしまったと思ったから。

 

 

 

私の命を繋いでくれたのは

「幸せになるんだよ」という母の最期の言葉。

「お母さんが幸せになる番だよ」という夫が遺してくれた子どもからの言葉。

 

心が冷たく固まってしまう前に・自分を引き止める力がなくならないうちに、天国の母や夫が私に送ってくれた命のプレゼントだったように感じるのです。

 

 

 

そしてこれは誰にでも当てはまる言葉。

幸せになっていい。

私は幸せになっていい。

 

心の中でこだまし続ける大事なフレーズ。

 

 

 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 

 
誰にも相談できない、心の声をお聴かせください
いただいたメッセージは、1通1通、丁寧に目を通させていただきます


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