こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

 

 

私の母はある意味、完璧な母だったと思います。

 

和裁も洋裁も売ることが出来るのではと思うほど上手でした。

料理も得意でしたし、おやつも手作りしてくれました。

こまめに掃除をして、いつもどこもピカピカでした。

 

母親としてそんなことは当たり前であって、特別すごいことだと思っていませんでした。

 

 

 

気持ちがすれ違ったまま母は命を絶ってしまいました。

 

私は結婚をし、いざ家事をやろうとした時

「あっ、あの味はどうやって出していたんだろう?」

「糸を継ぎ足す時、母の手はどう動いていたんだろう?」

 

何も出来ない自分がそこにありました。

 

 

 

結婚してからは義母との同居が始まり。

自転車に乗ってどこまでも行くほど元気なのに、家のことは全く何もしない義母でした。

 

私は農作業から帰ってきて疲れた体で家事をすることに怒りを感じていました。

 

「私がやらないとこの家の家事は回らない」

それが梅干しを作るようになったり、子供の服も作るようになったり。

 

 

 

私にとって2人の「ハハ」

対照的な2人ですが、私に必要なことをちゃんと届けてくれていました。

 

感覚として家事を覚えさせてくれた母。

それを実践する場を作ってくれた義母。

 

 

その時は空気のようであっても

その時は目障りであっても

自分にとって無駄なことは何一つない。

いなくていい人なんていない。

 

全てが自分にとって大切な存在だったのだと「時」が教えてくれました。

 

 

 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 

 
誰にも相談できない、心の声をお聴かせください
いただいたメッセージは、1通1通、丁寧に目を通させていただきます


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