こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

本日もブログに訪れていただきありがとうございます。

 

 

 

思い起こすと・・・・

 

「親がケンカするのを見るのは嫌だ」

「私もお古じゃなくて新しいのを使いたい」

「もっと自由にさせて」

「美容院に行くとき子供の面倒を見てて欲しい」

「子供の行事に参加して欲しい」

「今日は外食がしたい」

 

たくさんたくさん〈私の思い〉はありました。

 

 

1個1個は小さな〈私の思い〉

小さいが故に「このくらいのこといいか」

「今ちょっと我慢すれば」

「私がやってしまえば」

 

そうやって〈私の思い〉は奥へ奥へと押しやられ、最初からなかったもののようにされてきました。

 

 

 

 

「母が命を絶ってしまった」

「夫まで自死を選んでしまった」

 

そんな人生で起こることを予想もできない事態に対しても、私の心は誤作動を起こしました。

 

「私が殺してしまったんだ」と思う反面「そんなことを出したらダメだ」

「母や夫が私の気持ちを汲まなかったからだ」と思う反面「家族を悪く思ったらダメだ」

「悲しいしつらいし苦しい」と思う反面「笑顔でいなきゃダメなんだ」

 

幸せだと思わなければならない・・・・

心は悲しみで・怒りで・悔しさであふれ返っているのに。

 

 

 

内外不一致がもたらすもの。

どんなに小さいものでも・これくらい大丈夫と思っても・今までやってこれたからと思っても、ズレが大きくなればなるほど苦しく、修復にも時間がかかってしまうのだと実感しているのです。

 

 

今も私が頭で考え行動していることは、心と一致しているのだろうかと思いを馳せます。

怒りだってある。

恐怖もある。

癒えない悲しみもある。

 

出してもいい場所で出すことで、内外一致を図っています。

 

 

 

深くに押し込められてしまった〈私の思い〉

どんなものが出てきたとしても大事に労わってあげよう、そう思っているのです。

 

 

 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 

 
誰にも相談できない、心の声をお聴かせください
いただいたメッセージは、1通1通、丁寧に目を通させていただきます


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