こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

本日もブログに訪れていただきありがとうございます。

 

 

 

 

実は母の命日・夫の命日が未だにパッと出てこない時があります。

もちろんゆっくり考えれば出てきますが、とっさには「何日だっけ?」となってしまうのです。

 

他の人が「○回目の命日」と綴られているのを見るたび、「家族の命日すら出てこないって・・・なんて冷たい人間なんだろう」と思ってきました。

 

 

時が経ち、ゆっくり自分を見つめた時に・・・・

 

母が喜ぶことが嬉しくて、母が思い描く娘であろうとした私。

夫に余計な負担をかけまいと、理想の嫁であろうとした私。

自分がどうありたいのかを打ち消してまで頑張った日々。

 

 

冷たいだけではなかった。

喜んでほしいという思いがあった。

大切だからなお一層気分よくいてほしいと努めていた。

 

でも意に反して記憶がかき消されるほど衝撃的な家族の死。

 

 

 

 

頑張り方を少し間違えてしまったけれど・・・

母のため・夫のためだけに視点を向けるのではなく、〈私自身が喜びを感じるように〉母や夫とも喜びを共有すればよかったけれど・・・

 

でもあの時の私の全てが冷たく間違っている人間ではなかった・・・

 

 

 

だから許そう。

自分への責めを手放そう。

 

天国で再会した時に「よく生ききったね」と言葉をかけてもらえるように、私の核を理解し大切にしながらここからを生きていこうと思うのです。

 

 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 

誰にも相談できない、心の声をお聴かせください
いただいたメッセージは、1通1通、丁寧に目を通させていただきます


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