こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

本日もブログに訪れていただきありがとうございます。

 

 

私がず~っと「これは正しいことなんだ」と思ってきたことがありました。

 

それは相手に合わせる。

もっと言えば相手の意のままになるといった感じでしょうか。

 

どこかで「おかしいな?」と思っても「黙っていればいい」

「あれは私のものなのに」と思っても「私が我慢していればいい」

「どうしてそんなこと言われたりされたりするんだろう?」と思っても「我慢しよう」

 

 

 

最初は2~3日もすれば治るような擦り傷程度だったのに、「どうせ私なんか取るに足らない人間だから」という呪文が傷口を押し広げていきました。

 

「ほら、やっぱり私はダメなんだ」と、開いた傷口にさらに塩を塗り込んでいきました。

 

 

「こんな傷を負わせたのは、私を取り巻く人のせいだ!」

 

そんな風に私に傷を負わせたと私が勝手に思っていた母が亡くなっても、夫が亡くなっても傷は癒えませんでした。

むしろもっと酷い人間関係の渦にのみ込まれていきました。

 

 

 

クリスマス・・・・私が高校の時に習った聖歌

『ごらんよ 空の鳥 野の白百合を 

蒔きもせず紡ぎもせずに 安らかに生きる

こんなに小さな いのちにでさえ 心をかける父がいる』

 

鳥や野の花でさえ大切にしてくださる神さまは、あなたのことをも大切に大切に思ってくださっている。

 

 

それなのに勝手に取るに足らない人間だとか、ダメな人間だとか思い込み、自らを傷つけていた。

 

 

クリスマスの今日、ふと心に浮かんできた聖歌。

大切にされている自分を否定したりせずにちゃんと受け取って、自分の中に湧く感情も大切に扱って、生き直していこうと思うのです。

 

 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 
 
誰にも相談できない、心の声をお聴かせください
いただいたメッセージは、1通1通、丁寧に目を通させていただきます


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