こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

 喪失感の中にある方、自分に価値を見出せない方、泣くことすら出来ずに一人で悩まれている方に対するカウンセリングと講演を承っております。

 

 

本日もブログに訪れていただきありがとうございます。

 

 

時折思うことがありました。

「私には愛情というものが欠落しているのではないか」と。

 

 

母の死後50日ほどで当初の予定通り、私は結婚しました。

そこから母の月命日ということを考えたことがありませんでした。

そもそも「母が亡くなった日」があやふやな時期が長く続きました。

 

 

ところが私の姉は違っていた。

月命日の度にお墓参りを。

 

世間を見渡すと、何年経っても悲しみが癒えない・また会いたいという声がたくさんあり。

 

 

けれど私は命日という感覚、会いたいという感覚が湧いてくることはありませんでした。

 

 

「私は母の命を奪ったばかりではなく、母のことを想ってあげることもできない冷たい人間なんだ」と。

 

 

 

 

『新年おめでとうございます。

最良の年ですネ。くれぐれも健康に注意して・・・

過ごし来し二十余年の想い出を 宝に吾娘は嫁ぎてゆきぬ』

 

母が亡くなった年に、仕事のために別のところに住んでいた母から届いた年賀状です。

 

まさかこの後に母が命を絶ってしまうなどとは予想もしていませんでした。

 

 

 

長い年月が経って、私が引越しをすることになった時、引き出しの奥からこのハガキが出てきました。

たった一枚。

 

 

母が私を想い、その想いを私は大切に持っていた。

 

愛情って誰もが同じ形で現れるわけではなく、どう表すかも人それぞれであり。

だから自分の愛情の形を大切に信じていこうと、たった一枚のハガキが思わせてくれたのです。

 

 

 

本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 

 

死別・喪失感専門カウンセラー

大友智子

 
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