こんばんは。

 

悲しみを乗り越え、生きてて良かったと思える日をお届けします大友智子です。

 

 喪失感の中にある方、自分に価値を見出せない方、泣くことすら出来ずに一人で悩まれている方に対するカウンセリングと講演を承っております。

 

 

本日もブログに訪れていただきありがとうございます。

 

 

 

私は決して母が嫌いなわけではなかったのです。

 

母の器用さ、マメなところ、みんなに親切なところ・・・

大好きでした。

そうなりたいと思いました。

目標の人でした。

 

 

けれど「こうあってほしい!」という母の思いが重すぎました。

監視されているようにしか感じなくなっていきました。

 

いつしか私の心は母から離れ、母のことが見えなくなり、母の声が聞こえなくなっていきました。

 

 

まだ庭の梅の花が咲いている頃、母は命を絶ってしまいました。

その時は「勝手なことをして!!」と、私の中には怒りが渦巻いていました。

 

 

時が経ち、思い返してみた時、元々細かった母は一層痩せていました。

笑うことがなくなっていました。

多趣味だったのに、何もしなくなっていました。

 

 

「なぜあの時、私は然るべき行動を取らなかったのか」

「どうして治療方法を見つけようとしなかったのか」

 

自分の存在をなくしてしまいたいほどに自分を責め、自分を恨みました。

 

 

母を喜ばせようといい子でいることを頑張った。

母の期待に応えようといい子でいることを頑張った。

母が「この子の母でよかった」と思えるように頑張った。

 

その頑張った私を認めてあげた時、とめどなく涙が溢れました。

そして自分を責めること・恨むことも薄らいでいきました。

 

 

自分を責めることは、目標だった母を更に責めることになる。

母の分身である自分をなくしてしまうのは、母を二度消し去ることになる。

 

だから大好きだった母が喜んでくれていた私自身を大切にしようと思ったのです。

 

 

 

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本日もお付き合いいただきましてありがとうございました。

ゆっくりおやすみください。

 

 

死別・喪失感専門カウンセラー

大友智子

 
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