小林秀雄は、中原中也と暮らす長谷川泰子に惚れて、自分ならこの女を幸せにできると思ったのではないか。それは思い上がりだった。一緒に暮らすことで、女を幸せにするどころか、心中するか俺が逃げ出すかだ、と言うまでに追い込まれる。
結局、些細なことで怒りを爆発させた泰子から「出て行け」と言われ、小林は自ら借りて家賃を払っている家を出て、着の身着のままで、東京から奈良へと向かう。こうして自分の能力だけで他人を変えることはできない、と身をもって知る。
二人が別れたことで中原は喜び、泰子への愛情を募らせるが、これも拒絶される。中原もまた、自分ではどうにもならないことがこの世にあるのを知る。
泰子は小林との復縁を望んでいた。しかし小林は泰子を避け、二人が寄りを戻すことはなかった。
後に泰子が語ったことによると、京都での三歳年下の中原は優しい叔父さんみたいだったし、小林とも恋愛ではなかった。男には常に父親の代わりを求めていたようである。
