伊勢 正三(いせ しょうぞう/1951年11月13日~)は、

日本のシンガーソングライター、ギタリスト。あだ名は「正やん」。かぐや姫、風のメンバー。

 

 

大分県津久見市出身。

 

高校時代に、先輩だった南高節(南こうせつ)に誘われてコーラス部でバンドを結成する。

大分県立大分舞鶴高等学校卒業。

 

1971年、大学に合格し上京。

先に上京して、前年にソロや「南高節とかぐや姫」としてデビューしていたこうせつが、大学入学間もない伊勢を再び勧誘、カレッジフォークグループ「シュリークス」を脱退したばかりの山田パンダとともに新生「南こうせつとかぐや姫」(第2期かぐや姫)を結成した。

メンバーは、リーダーの南こうせつ(本名:南 高節[読み同じ]/1949年2月13日~/Vo、G)、山田パンダ(本名:山田嗣人/別名:山田つぐと/1945年5月13日~/Vo、B)、伊勢正三(1951年11月13日~/Vo、G)の3人。

同年、正三は千葉工業大学工学部工業化学科を中退(在籍期間は3ヶ月ほど)。

9月25日、シングル“青春”(作詞:伊勢正三/作曲:南こうせつ/編曲:小山恭弘)で南こうせつとかぐや姫が再デビュー。

 

1972年2月25日、シングル“田中君じゃないか”(作詞:伊勢正三/作曲:南こうせつ/編曲:小山恭弘)を発売。

3月、朝日放送・TBS系テレビアニメ『海のトリトン』の主題歌として、シングル“海のトリトン”(作詞:伊勢正三 / 作曲:南こうせつ)を「須藤リカ/南こうせつとかぐや姫」名義で発売。番組のオープニング(最初の6回まで)またはエンディング(7回以降)で、須藤リカとかぐや姫がこの曲を歌う実写映像が使われた。7回以降のオープニングは“GO! GO! トリトン”が使用された。

4月20日、アルバム『はじめまして』発売。吉田拓郎らの協力を得て制作され、5万枚を売り上げる。

6月20日、シングル“僕は何をやってもだめな男です”(作詞:伊勢正三/作・編曲:よしだたくろう)を発売。

 

1973年7月1日、シングル“僕の胸でおやすみ”(作詞・曲:山田つぐと/編曲:石川鷹彦)を発売。B面は“アビーロードの街”(作詞:伊勢正三/作曲:南こうせつ/編曲:石川鷹彦)。オリコン72位。

 

7月20日、アルバム『かぐや姫さあど』をリリース。大ヒットした“神田川”や“僕の胸でおやすみ”などを収録。オリコン週間ランキング1位、年間ランキング8位を記録した。

 

9月20日、シングル“神田川”(作詞:喜多条忠/作曲:南こうせつ/編曲:木田高介)を発売。『かぐや姫さあど』に収録されていた本曲がシングルカットされたのは、深夜放送のリスナーから支持を得てのこと。最終的に160万枚を売り上げる自己最大のヒット曲となる。この年NHK紅白歌合戦に出場の話が来るも、歌詞の中の「クレパス」が商標なので「クレヨン」へ変更するよう依頼されたが拒否。このため出場を辞退した。“神田川”は後に東宝により映画化されるが、主役のイメージが歌と大きく違いすぎたとこうせつは話している。

 

1974年1月10日、「かぐや姫」名義で初のシングル“赤ちょうちん”(作詞:喜多条忠/作曲:南こうせつ/編曲:石川鷹彦)を発売。“神田川”に続く「四畳半三部作」の第二弾。オリコン週間チャート4位、年間チャート32位、累計売上は70万枚。こうせつは“22歳の別れ”か“なごり雪”をシングルにしたかったが、秋吉久美子の主演で既に映画化が決まっていたためレコード会社側が一方的に“赤ちょうちん”をシングルに決めたと語っている。当時、日本でシングルレコードの価格は一般的に1枚500円だったが、本シングルは初めて1枚600円で発売された。こうせつは、商業主義に自分達の音楽が汚されつつあると感じたことも、かぐや姫解散を早めた一因だと語っている。

 

1974年3月5日、アルバム『三階建の詩』をリリース。“神田川”の大ヒットによりかぐや姫が大ブレイクし、リーダーのこうせつが「メンバー全員に平等に印税が入るよう」平等な曲作りを提案し、

伊勢、山田の二人にも曲作りのノルマを課した。シングル“赤ちょうちん”や同曲のB面“この季節が変われば”(作詞:伊勢正三/作曲:山田つぐと/編曲:木田高介)の他、“22才の別れ”、

“なごり雪”(ともに作詞・曲:伊勢正三/編曲:瀬尾一三)、“うちのお父さん”(作詞・作曲・編曲:南こうせつ)などの代表曲を収録。アルバムはオリコンの週間ランキング1位、1974年度年間5位、

1975年度年間27位。

 

 

 

 

5月20日、“妹”(作詞:喜多条忠/作曲:南こうせつ/編曲:瀬尾一三)を発売。「四畳半三部作」第三弾。本作も映画化の話が絡みシングル化が決定された。このようにアーティストの意思が無視されることが続き、それが原因で解散が早まったという。作詞の喜多条の実体験を元に書かれ、イントロなしでいきなり歌から入るアレンジは、瀬尾アイデアである。オリコン16位、累計で60万枚を売り上げた。解散前最後のシングル。

9月15日、ライヴアルバム『かぐや姫LIVE』を発売。オリコンアルバムチャートで週間1位、1975年度年間5位、1976年度年間33位。

 

1975年、伊勢はかぐや姫の解散前に、フォークグループ「猫」の大久保一久と新たにフォークデュオ「風」を結成。デュオ名は「空気のように留まらず、音楽的に常に進化していくことを目指す」という意味を込めて伊勢が名付けた。

2月5日、風のシングルとして、 “22才の別れ”(作詞・曲:伊勢正三/編曲:石川鷹彦。以下、特記がなければ作詞・曲は伊勢正三)を発売、累計売上はミリオンセラーに達し、オリコン集計でも売上70.8万枚、週間ランキング1位、年間ランキング7位と、いきなり大ヒット。かぐや姫時代とはアレンジャーが異なっている。

 

3月5日、かぐや姫の2枚組ベストアルバム『かぐや姫フォーエバー』を発売。オリコンチャートで週間1位、トップ100に186週ランクインを記録した。

 

1975年4月12日、東京神田共立講堂で行われた解散コンサートを最後にかぐや姫は解散。

南こうせつと山田パンダは各々ソロ、伊勢は風として、音楽活動を継続する。

6月5日、アルバム『風ファーストアルバム』を発売。後年イルカのカヴァーでもヒットした“海岸通”を収録。

 

12月10日、風のセカンドシングル“あの唄はもう唄わないのですか”(編曲:石川鷹彦)を発売、オリコン24位。

 

1976年1月25日、アルバム『時は流れて…』を発売、シングルとはアレンジを変えた“あの唄はもう唄わないのですか”(編曲:瀬尾一三)や“北国列車”などを収録。2作連続でオリコン1位。

6月25日、シングル“ささやかなこの人生”(編曲:瀬尾一三)を発売。オリコン16位。

 

 

11月25日、アルバム『WINDLESS BLUE』を発売。“君と歩いた青春”(編曲:萩田光雄)を収録。同曲は太田裕美などによってカヴァーされた。オリコン3位。

 

12月5日、シングル“ほおづえをつく女”(編曲:瀬尾一三)40位。

 

1977年5月10日、シングル“夜汽車は南へ”(編曲:佐藤準)発売。オリコン30位。

 

10月25日、アルバム『海風』をリリース。オリコン1位。

 

12月6日、「風」が武道館公演を開催。

 

1978年10月5日、 “Bye Bye” (編曲:佐藤準)を同時発売のアルバム『MOONY NIGHT』よりシングルカット。オリコン52位。アルバムはオリコン2位。

 

 

1978年、かぐや姫の再結成に参加。

 

1979年、風が活動休止。

伊勢はソロ活動を開始。

 

1980年4月25日、ソロ1stソロアルバム『北斗七星』を発売。

 

 

 

1981年、南こうせつとともに日本クラウンからポニーキャニオンへ移籍。

3月21日、2ndアルバム『渚ゆく』を発売。

 

 

9月21日、アルバム『スモークドガラス越しの景色』を発売。

 

1983年5月21日、アルバム『ORANGE』発売。

 

 

1984年、日本テレビ系列で放送した倉本聰脚本のドラマ『昨日、悲別で』のエンディングテーマにかぐや姫ヴァージョンの“22才の別れ”が使用され、シングルカットされた。

11月5日、アルバム『HEART BEAT』を発売。

 

1985年から伊勢は表立った活動を控える。

 

1987年9月25日、日本フォノグラム / シックスティレコードからアルバム『OUT of TOWN』を発売。

 

1990年、南こうせつのライブ・イベント「第10回 サマーピクニック ファイナル」で大久保一久と共演。一夜夜限りの「風」復活となった。

 

1993年、フォーライフへ移籍し、ソロ活動を再開した。

6月18日、アルバム『海がここに来るまで』を発売。

 

 

1994年5月20日、アルバム『メガロポリスの錯覚』を発売。

 

 

1995年、池田聡と期間限定ユニット「IS」を結成。

 

 

1996年10月23日、アルバム『時のしずく』を発売。

 

1999年、山本潤子とのコラボレーションを実施。

同年、かぐや姫の再結成に参加。

 

その後、伊勢、太田裕美、大野真澄の3人で全国を回る『アコースティックナイト』コンサートを開催。この3人は「なごみーず」と呼ばれるユニットを組んでおり、2007年12月2日コンサート会場と通販のみの限定リリースでライブ・アルバムの『アコースティックナイト』を発売した。

 

2003年10月22日、アルバム『garden』を発売。

 

2004年10月22日、静岡県富士市で伊勢と太田裕美がジョイントコンサートを実施。

同年11月19日、島根県多伎町での公演から元ガロの大野真澄が加わり、自然発生的に3人組が結成された。この3人で全国をまわっている「アコースティックナイト」コンサートの中で活動し、2010年5月15日に公演150回を数えた。当初ユニット名はなく「伊勢正三・太田裕美・大野真澄」と個人名を列記していただけだったが、ある日の公演中のステージ上で太田が「なごみーず」と命名した。他の命名候補には「ピンク唐揚げ」「喜び組」などがあったという。

 

2007年5月6日、品川プリンス ステラボールで行われた伊勢のコンサートに大久保が飛び入り参加、28年ぶりに風が復活を果たす。

同年7月21日、5月の共演がきっかけになり、「伊勢正三ライブinべるが2007」において二人によるコンサートが開催された。

 

2008年4月1日、伊勢のコンサートにゲスト出演する予定だった大久保がリハーサル後に倒れ、都内の病院に搬送。脳血管障害との診断で、緊急手術を受けた。大久保がゲスト出演する予定だった伊勢のコンサートツアーは中止。

大久保の手術は成功し、7月に退院した。

 

その後「風ひとり旅」コンサートを企画し、全国をゆっくり行脚している。

 

2013年、南こうせつと新しいユニット「ひめ風」を結成。

 

2015年10月28日、娘の伊勢未知花が「MICHIKA」名義でリリースした童話CDアルバム『あからんくん』の表題曲にて、父娘でデュエットした。

 

2019年2月20日、ソロアルバム『Re-born』を発売。

 

 

 

 

(参照)

Wikipedia「伊勢正三」「かぐや姫(フォークグループ)」「風(歌手)」

伊勢正三公式サイト

ise-shozo.com