祈祷師の孫 ひろのりが紹介する神社巡りの記憶

  • 29Jun
    • 茅の輪くぐりの必勝法の画像

      茅の輪くぐりの必勝法

      こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。明日は、6月30日。2020年も、もう半年が過ぎようとしています。今年はコロナでの自粛要請があったせいなのか?いつもよりも月日が経つのが早いと感じています。府県を超えての移動も制限解除されましたので、私は、三重県にある椿大神社(つばきおおかみやしろ)に参拝してきました。さて、この時期は多くの神社で、茅の輪(ちのわ)が設置されています。6/30は夏越の大祓(なごしのおおはらえ)といって、半年間に知らず知らずのうちに付いてしまった身体の穢れを払うために行われる神事です。中でも、茅の輪くぐり神事は、無病息災や厄除け、家内安全を祈願する行事です。さて、茅の輪には、くぐり方があります。「水無月の夏越の払いする人は千年の命延ぶと云ふなり」(みなづきのなごしのはらいするひとはちとせのいのちのぶというなり)と唱えながら、図のように左回り、右回り、左回りと3回茅の輪をくぐります。でも、くぐり方はともかく、唱えなければならない句は、覚えられないですね(;^_^Aそれで、まじめに覚えてからやろうとすると、茅の輪が混雑してきたりするので焦ったりしますね。。。ではどうするか?紹介するのは、私の茅の輪くぐり必勝法です。それは・・・上の句だけを瞬間で覚え輪をくぐり、上の句を唱えながら半周この句の書いた看板をもう一度目にするタイミングで下の句を覚え唱えながら残り半周という感じを3回繰り返しました。これで、スムーズかつ早く、茅の輪をくぐることができます。多くは、茅の輪の近くにくぐり方と、唱える句が書いてあります。だから、十分看板を見ながらできるんですよ。そして、唱える句は時期や神社によって微妙に違うので、そこは神社の作法に合わせたいですね。言われてみれば当たり前なような気もしますが、手こずっている方を多く見かけます。茅の輪くぐりを行われる方は、一度お試しください^^

  • 16Jun
    • 【大阪府大阪市】神社の中で最も小さな神社 一寸法師大明神(いっすんぼうしだいみょうじん)の画像

      【大阪府大阪市】神社の中で最も小さな神社 一寸法師大明神(いっすんぼうしだいみょうじん)

      こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。今回は、神社の中でも最も小さいとされる一寸法師大明神(いっすんぼうしだいみょうじん)を紹介します。御祭神は、もちろん昔話でも有名なあの、一寸法師です。では、境内の様子…いや、神社のお姿を紹介します。はい!(^O^)これは、神棚ではないのですよ!ちゃんとおみくじも引けますよ!どこにあるか?〒542-0071 大阪府大阪市中央区道頓堀1丁目7近鉄日本橋駅または大阪難波駅から徒歩約5分大阪ミナミの戎橋近くにあり、浮世小路という細い通りがあります。ジャンカラの横に浮世小路はありますよ。この浮世小路に入っていきます。すると、一寸法師大明神があります。昔も今も道頓堀から…なんだそうです。由緒書きもありますよ!これによると御神徳は 商売繁盛 家内安全 縁結びとのことです。これが道頓堀川一寸法師は、この川から京都に向かったのですね。ちなみに行き着いた先は、京都の城南宮や鳥羽離宮あたりとのこと。写真は京都の城南宮です。ちなみに一寸法師には、モデルはいません。御伽草子に書かれているフィクションの物語です。桃太郎伝説のようにモデル(小人)がいたら、びっくりですよね。ただ、実在する場所は、物語にいくつか出てくるようです。それらの場所は、また紹介したいと思います。

  • 14Jun
    • 【奈良県宇陀市】道反之大神を祀る 屑神社の画像

      【奈良県宇陀市】道反之大神を祀る 屑神社

      こんにちは、祈祷師の孫 ひろのりです。今回は、奈良県宇陀市にある屑神社(くずじんじゃ)を紹介します。※参拝したのは2011年なので、写真は古い場合があります。境内の様子この神社の特徴といえば、この立派な御神木ですね。社殿御神体は、この岩のようですね。岩の周りには、小さな狛犬が何体かいますね。石灯籠には太神宮と書いてありました。確か夏に参拝したので、トンボに逢えましたよ。所感清浄とされる神社に「屑」って文字は、あまり似つかわしくないイメージですよね。でも、調べてみると、そうでもないのかも?漢字ペディアによると「屑」という字には、「潔い(いさぎよい)」という意味があるみたいですね。「屑い」で「いさぎよい」と読むのだそうです。さらに「いさぎよい」をgoo辞典で調べると「事物・風景などが清らかである。汚れがない。」という意味のほかに、「道に反するところがない。潔白である。」という意味があるそうです。「道に反しない」って、この神社の御祭神は「道反之大神(ちがえしのおおかみ)」っていうんですよ。偶然ですかねぇ。これ。私は、なかなかしっかり考えられて名付けされている気がするんですよ。ちなみに、「道反之大神」は、あの世とこの世を隔てる大きな岩の神様なのです。そういえば、この神社にもご神体らしき大きな岩がありましたね。古来、死は不浄なものと考えられてきました。どちらかというと、「不浄」という言葉の方が「屑」という文字のよく知られているイメージにしっくりくるというのが私の感想です。不浄な世界のあの世と清浄な世界のこの世を隔てる神様を祀る神社に、「屑」の一文字で清浄と不浄の両方を意味を持たせているような気がします。屑神社(くずじんじゃ)という名前は、あまり他では見ないし、また道反之大神を祀る神社も少ないです。くず神社といえば他には、 九頭神社(くずじんじゃ) 葛神社(くずじんじゃ)かな?これらの神社でお祭りしている御祭神は、道反之大神ではなく、神格も違う神様なので、同音異語の別神社と私は考えます。また、この神社にはもう一柱、衝立船戸神(つきたつふなとのかみ)という神様が祀られています。こちらの神様も結界をつかさどる神様です。昔、結界で防ぐものとしては、疫病が考えられます。ひょっとして、この辺りは疫病が流行り、多くの人が亡くなるような歴史があったのかもしれませんね。そこで疫病を防ぐ結界の神様と、あの世への穴を塞ぐ神様を祀ったとか。。。?実際のところは、どうなんでしょうね?屑神社データ所在地〒633-2107 奈良県宇陀市大宇陀嬉河原174 近鉄大阪線 大和朝倉駅より車で約15分御祭神 衝立船戸神 道反之大神

    • 岡山桃太郎伝説ツアー4 鬼ノ城の画像

      岡山桃太郎伝説ツアー4 鬼ノ城

      こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。今回、岡山桃太郎伝説ツアーの最終回です。前回までのあらすじユースホステルを出発し、吉備津彦神社、吉備津神社、楯築遺跡、鯉喰神社、矢喰神社と巡って、桃太郎伝説の謎を解いた。温羅が左目から血を流しながら逃れたという血吸川に沿って、最終目的地である鬼ノ城を目指す。しかし、鬼城山の勾配は、ママチャリで登るには予想以上にキツく、体力の限界が近づいてくる。。。岡山桃太郎伝説ツアーの最終目的地、鬼ノ城に向けて、急な坂道をママチャリ1号車で頑張って登りつづけます。すると、やっとこさ「鬼ノ城 500m」という看板が見えてきました。そして幸いなことに、道も緩やかになってきました。(^o^)ついに、「鬼ノ城」という看板が見えました!「・・・やった、遂にやったぞ!」なんとかママチャリで、鬼ノ城へ到着しましたよ。第7目的地:鬼ノ城(鬼城山:標高400m)14:30着 → 15:40発鬼ノ城の詳しい記事は下記をどうぞ。『鬼城山の山頂にある鬼の居城跡 鬼ノ城(きのじょう):岡山県総社市』こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。今回は、岡山桃太郎シリーズ第6弾、鬼の居城跡、鬼ノ城(きのじょう)を紹介します。まずは、鬼城山の紹介から。先日紹介…祈祷師の孫 ひろのりが紹介する神社巡りの記憶さぁ、噂の絶景を拝むぞ!o(^o^)oここは、公園のようになっているので、ぐるっと回って史跡を見て回る感じです。今は、もう少し整備されているらしいですね。所々に、温羅が築いた城の跡が残っています。この辺りは、鉄が採れるらしいのですが、それは当時、軍事力に繋がるわけですね。伝説の結末は、吉備津彦に成敗された温羅が、吉備津神社の釜の下に鎮まって終わりという感じでしたね。しかし、温羅の目線から見ると少し違ったストーリーが見えてきます。実は、温羅は成敗された悪者のように思われるかもしれませんが、吉備にとっては製鉄をもたらし文明の発展に一役かった英雄らしいのです。この城周辺の村人からは慕われていたという伝説もあります。さて、これが鬼ノ城からの景色です。天気が、曇っているのは許して(^^;1時間ばかりいて、この要塞を堪能しました。さて登りは30分かかった道のりだったが、たったの3分でキャンプ場まで戻ってきたよ。(^^;幸い、ブレーキが壊れることもなかった。砂川公園の警備員さんに再び会って、「君・・・ホントにその自転車で行ってきたのかい?」 と言われた。まぁ、辛く険しくも、楽しい登山だったよ。o(^o^)oあとは、ひたすら漕いで帰ってユースホステルに戻ってきたのは、16:50だった。帰ってからは何かしようにも。その元気がない。(´-ω-`)こうして風呂に入り、18:00に晩飯を食べ、そのあと、疲れを癒すように、部屋で横になった。(´ω` )zzZ最後に伝説巡りの部分だけ振り返ろう!ユースホステル8:00発1号にまたがり上機嫌で出発↓6km↓第1目的地:吉備津彦神社8:20着 → 8:50発吉備津彦の屋敷跡に建てられた神社↓2km↓第2目的地:吉備津神社9:00着 → 10:25発吉備津彦が陣を敷いた場所矢置石と御竈殿の鳴釜神事を知るデジカメがピンチに…↓3.4km↓第3目的地:楯築遺跡11:00着 → 11:15発石の楯がいっぱい並んだ遺跡吉備津彦が温羅の攻撃から身を守ったとされる↓1.2km↓第4目的地:鯉喰神社11:25着 → 11:35発鯉に化けた温羅を鵜に化けた吉備津彦が捕食して捕まえたとされる場所↓4km↓第5目的地:矢喰宮12:55着 → 13:15発鬼ノ城から温羅が投げた岩が、吉備津彦の放つ矢に撃ち落とされ、堕ちた場所↓0.3km↓第6目的地:血吸川13:20頃片眼を射ぬかれた温羅の血で紅く染まったとされる川↓8.9km↓第7目的地:鬼ノ城14:30着 → 15:40発温羅の居城跡ここまでママチャリ1号でなんとかやって来た↓20km↓ユースホステル16:50着総移動距離:45.8km1日みて廻るには適当な距離ですね。もし真似をしたい方にアドバイスするなら車がオススメです。授かったご利益 長寿×2 五穀豊穣 武運長久 慈愛 縁結び 安産育児 夫婦円満 金運 厄除け 必勝祈願 祈願成就今回は長寿のご利益が2つで、あとは1つずつ。にしても見事にバラバラですね(^o^)私がこの旅で得たことは、一人旅は面白いということでした。自分でテーマを決めて、そのテーマや謎に迫る旅は、見聞も深まるし思い出深いものになります。昔話はあくまで物語だし、伝説とは異なった部分もあれば、鬼の温羅に対する見方も変わりました。思い返せば、これが最初の一人旅でしたね。これを今後の自分自身の財産として、人生に活かしたいと思った旅でした。(^o^)終わり

  • 13Jun
    • 岡山桃太郎伝説ツアー3 矢喰宮~血吸川の画像

      岡山桃太郎伝説ツアー3 矢喰宮~血吸川

      こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。前回の投稿に引き続き、岡山桃太郎伝説ツアーの第3回です。前回までのあらすじユースホステルを出発し、吉備津彦神社、吉備津神社と巡って、桃太郎伝説の結末を知る。その後、吉備津彦が防戦のために石楯を築いた楯築遺跡と、吉備津彦が鵜となり、温羅を仕留めたとされる鯉喰神社を巡る。デジカメの電池は、残りわずか。。。そして、おなかも空いてきて・・・時間も12時になり、腹が減って、もうフラフラだ。早く飯を食わなければ・・・(*_*)そんな時、とあるラーメン屋さんが見えてきた。支那そば さんきゅう確か、国道180号線沿いにあった店なんだが、今は無いのかな?他の店舗は出てくるんだけれど、今は検索しても出てこないね。名物「ごまラーメン」の中盛り(1.5盛り)チャーシュー付で1000円。今見ても旨そうだな(^o^)ラーメンが出来あがるまでの間、何杯水やお茶をお代わりしたか?わからない。それだけ消耗してたんだなぁ。。。速攻で、出てきたラーメンを平らげた。これがまた美味かったんですよ!そして、水分の補給も十分出来たのでエネルギー全開!o(^o^)oラーメン屋を出た後、近くにカメラ屋があったので入りました。デジカメは充電池専用でしたが、物は試しで、普通のアルカリ電池を買ってみました。さらに!もしダメだった時の為に、保険で「写るんです」も買いましたよ。これで写真撮影に関しての心配は、緩和されましたかね。。。そして有難いことに、最終目的地である鬼ノ城までのルートと所要時間が判明しました。カメラ屋さんが教えてくれたのです。ありがとうカメラ屋さん(^o^)所要時間は、ずばりカメラ屋さんから自転車で1時間だという。そして、その途中に、今回の目的地である矢喰宮と血吸川があるらしい。目指すのは、矢喰宮 → 血吸川 → 鬼ノ城というルートになりました。自転車1号にまたがり、西に向います。すると、ちょっとした公園のようなものを見つけた。その場所こそが、矢喰宮(「やぐいのみや」と読みます。)だったんですよ。ラーメン屋さんの場所がわからなくなったので、鯉喰神社から矢喰神社までの道筋を。。。第5目的地:矢喰宮12:55着 → 13:15発矢喰宮の詳しい紹介は、下記の記事をどうぞ。『桃太郎と鬼の戦いの跡が残る? 矢喰神社(やぐいじんじゃ):岡山県岡山市』こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。今日は、桃太郎伝説第3弾として、岡山県岡山市の矢喰神社(やぐいじんじゃ)を紹介します。なんと!この神社には、大吉備津彦命…祈祷師の孫 ひろのりが紹介する神社巡りの記憶矢喰岩と言われる巨石群。大小4つあります。吉備津彦命が吉備津神社付近から射った矢に対し、温羅は鬼城山から岩を投げ応戦します。その矢と岩が、空中で激突し、岩が落下した場所が、ここです。矢を防ぐ=矢を食べるというような意味合いから、「矢喰」という名前になりました。面白いのが、楯築遺跡と鬼ノ城を直線で結ぶと、ほぼ中央に矢喰神社があることです。伝説を裏付けるかのような配置ですね!そして!当時この辺りが海であった事実が判明しました!鬼ノ城が、島ではなく山の上にあるのに、昔話では海を渡ったことになっているのは、こういうところに理由があったんだなぁ。(^o^)ちなみに、当時の海岸線はこんな感じだったらしい。吉備の穴海といって、矢喰宮の辺りは海ですね。出典:日本古代史 シロウト講義吉備津神社や楯築遺跡から鬼ノ城へは、海を渡る必要がありますね。これで、最後の謎も解けました。(^O^)あとは、鬼ノ城を目指せば、今回の旅は終わります!矢喰宮を後にして、少し行ったところに血吸川が流れていました。第6目的地:血吸川13:20頃そんなに大きくない川です。伝説では、温羅が鯉になって逃げ込んだ場所ですね。名前の由来は、矢を左目に受けた温羅の血が、川を赤く染めたことから来ています。写真の川の上に写っている山が鬼ノ城のある鬼城山です。つまり、この川の上流を目指すと、鬼ノ城に着くというわけです。o(^o^)o血吸川に沿った道を、上流目指して走り、案内の看板に従い、遂に、鬼城山の入り口までやってきました。※残念ながら写真はない。坂道をしばらく走ると、「砂川公園」というキャンプ場が見えてきました。道を確認するために、そのキャンプ場の駐車場の警備員さんに確認すると・・・「そんな自転車(ママチャリ)では無理だ。この先は、とんでもなく急な坂道なんだ。」と言われた。私は、「大丈夫ですよ。何故なら僕はチャリダーですから!!」(^_-)と、自身満々に答え、再び1号で走り出した。いや、ホント。当時は若かったなぁ、私。きっと警備員さんは、意味不明だったことでしょう。。。しばらくすると、「鬼ノ城 3000m」という看板を見つけました。道はそんなに急じゃない、と思っていたのですが・・・「鬼ノ城 2500m」という看板が見えてくる頃、なんとなく坂が急になっていく。車が、私を追いぬいていくんだけど、見えなくなった先で、車のギアをローに切り替えた時のエンジン音の変化が聞こえるんですよ。つまり、この先はかなり急な登り坂だという事だ。((゜□゜;))覚悟して望むが、やはり手強い!ママチャリだからか?なかなか登れない。加えて、途中降りて押したりしましたが、自転車そのものが重く感じる。。。まるで、重いものを載せているか、進行方向とは逆に引っ張られている感じなんですよ。体力を消耗しすぎているのだろうか?「鬼ノ城 2000m」の看板を過ぎた辺りで、今度は頭痛までしてきました。(*_*)ま、まさか、熱中症か!?(まぁ、確かに鬼ノ城に登ることに熱中しているわけですが・・・)加えて道幅の狭さにも原因があります。車1台がようやく通れる道幅。車が私を追い抜く時、フラフラと自転車を漕いでいると危険なので、車が来るたびに自転車から降りる。このことが、私の体力を余計に奪ってゆきました。(>_<)広くなったところがあって、そこでしばらく休憩することにしました。すると、頂上から下山してくるハイキング客が話しかけてきます。そのおじさんが言うには、「登れるかどうか?ではなくて、むしろ下山時が心配だ。その自転車のブレーキじゃあ、もたないんじゃないかな?この先も、「鬼ノ城」まで、こんな感じに急な坂が続くからね。」という事らしい。((゜□゜;))しかし、ここまで来て、へこたれるわけにはいかない!押したり乗ったり、自分自身と戦いながら、坂を登り続けます。何故急に1号は、重くなったんだ?鬼に邪魔されているのか?坂道がなんだ!熱中症がなんだ!!怪奇現象がどうした!!!今こそ、チャリダーとしての真価が問われる時だ!と自分を鼓舞して、根性で鬼ノ城を目指しました。次回、岡山桃太郎伝説ツアー、感動のフィナーレ!

    • 岡山桃太郎伝説ツアー2 吉備津神社~楯築遺跡~鯉喰神社の画像

      岡山桃太郎伝説ツアー2 吉備津神社~楯築遺跡~鯉喰神社

      こんばんわ、祈祷師の孫 ひろのりです。さて、岡山桃太郎伝説ツアーの2話目です。前回までのあらすじユースホステルを出発し、吉備津彦神社を経て、吉備津神社に到着。矢置岩を見た後、犬に連れられてとある場所にたどり着き、写真を撮ろうとすると電池の不調でデジカメのシャッターが押せなかったが、なんとか復活。では、話の続きを。吉備津神社続き吉備津神社境内の見所を、他にも探してみました。御竈殿では、「鳴釜の神事」なるものが行われます。残念ながら見る事が出来ませんでしたが。そして、この「鳴釜の神事」こそ、桃太郎伝説のクライマックスに関係するのです!大吉備津彦命は捕らえた温羅の首をはねましたが、その後も温羅の首は、大声をあげ続けたため、地中に首を埋めました。それでも温羅の唸り声は止まなかったそうです。そんな時、大吉備津彦命の夢枕に、温羅が立ち、こう言ったとか。「自分の首の埋まっている所の上に釜を置いて、わが妻の阿曽女に、私に供える食事を炊かせてほしい。そうすれば、幸いある時は釜を豊かに鳴らして、災いある時は釜を荒々しく鳴らして吉凶を告げる」と。温羅の言う通りにすると、首はおとなしくなり、声が止んだそうです。2拠点目にして、早くも伝説の結末にたどり着いてしまいました。。。温羅は吉備津彦に討ち取られ、その首は吉備津神社に鎮まっているのですね。桃太郎の登場人物のモデル、そして伝説も結末、だんだんと伝説の内容がわかってきました。これで、今回の目的とする謎は、「桃太郎は海を渡ったのか?」だけになりました。残る謎を追いかけて、吉備津神社をあとにし、次の目的地である楯築遺跡を目指します。てか、またしても道に迷うというか、ホント看板が少ないんだな・・・。(´-ω-`)もっとも不安に感じたのは・・・その辺りの民家の人に聞いても「楯築なんて、知らない」と言われたこと。何故だ??色々さ迷い、そして道を尋ねて3人目。ようやく楯築を知っている人に巡り合え、道を教えてもらえた。第3目的地:楯築遺跡11:00着 → 11:15楯築遺跡の詳しい紹介は、下記の記事をどうぞ。『鬼との戦いに桃太郎が防戦準備をしたとされる 楯築遺跡(たてつきいせき):岡山県倉敷市』こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。今日は、桃太郎シリーズ第5弾。岡山県倉敷市 楯築遺跡(たてつきいせき)を紹介します。楯築。確かに石で出来た楯のようだ。…祈祷師の孫 ひろのりが紹介する神社巡りの記憶ここは弥生時代の墳丘墓なのですが、大吉備津彦命が温羅の矢を防ぐために岩を楯にしたと言われているところです。確かに石で出来た楯のようですね。伝説では、温羅との戦いに備えて、片岡山に、石楯を築いたといわれています。大正時代までは神社があったようですね。石の楯に囲まれた祠がありますが、これが神社の名残だろうか?そして、ここで再びアクシデントに見まわれる。吉備津神社で入れ替えた予備電池が電源レベルに早くも警告サインを出している!もともと、この予備電池は古いので持続時間が短くなっていた。まさか、もう無くなるとは思ってもみなかった。(;-Д-)景色を色々撮りたい私にとって、デジカメの電池が無くなるのは、かなり辛い。電池残量に不安を抱えつつ、次の目的地に。。。第4目的地:鯉喰神社11:25着 → 11:35発鯉喰神社の詳しい紹介は、下記の記事をどうぞ。『桃太郎と鬼が決着をつけた場所 鯉喰神社(こいぐいじんじゃ):岡山県倉敷市』こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。今回は、桃太郎伝説第四弾、岡山県倉敷市の鯉喰神社(こいぐいじんじゃ)を紹介します。前回の矢喰神社が、桃太郎の矢と鬼…祈祷師の孫 ひろのりが紹介する神社巡りの記憶伝説では、矢で片目を射抜かれた温羅が、鯉になって川に逃げ込み、それを吉備津彦が鵜になって追いかけます。そして、鯉の温羅を追い詰め、鵜の吉備津彦が食らいつきます。この神社のある場所は、鯉になって逃げた温羅を鵜に化けた吉備津彦が食べたといわれるところです。てか、矢と岩による迎撃戦から、急に妖術染みた話になるんだな(^^;そういえば、近くに川が流れていたなぁ。その川を温羅が逃げたのだろうか?ちなみに、ここの御祭神「楽々森荒魂(ささもりのあらみたま)」です。「楽々森」は吉備津彦の家来で猿のモデルです。さぁ写真撮るぞ・・・と言いたいが、遂に電源レベルがレッドに!((゜□゜;))これで、残る電池は1組となってしまった。…が、それも心もとない。時刻も12:00近いため、めちゃめちゃ腹も減ってきた。どうやらそれほどまでに、体力を消耗していたらしい…次回に続く

  • 07Jun
    • 岡山桃太郎伝説ツアー1 吉備津彦神社~吉備津神社の画像

      岡山桃太郎伝説ツアー1 吉備津彦神社~吉備津神社

      こんにちは、祈祷師の孫 ひろのりです。今回は、桃太郎の伝説を追って、岡山の所縁のあるところを巡る旅そのものを紹介します。行ったのは、2003年8月なので、かれこれ17年前ですね。基本的には、神社めぐりになるのですが、そもそも、桃太郎の伝説って、何だっけ?昔話「桃太郎」は、海を渡り、鬼ヶ島へ鬼を退治しに行きます。しかし、桃太郎の伝説では、鬼は鬼城山(現在の地名)の頂上にある鬼ノ城に住んでいます。じゃ、どうして昔話では海を渡ったことになっているのか?そして伝説の結末は?桃太郎と鬼のモデルとは?そもそも、この昔話にはモデルがいて、話自体も元ネタがあるんですよ。元ネタのあらすじは、こんな感じです。百済の王子、温羅が吉備国に住みついた。温羅は、大きな身体に、紅い髪で凶暴。鬼ノ城に城を築き、暴挙を繰り返していた。その討伐に朝廷から吉備津彦が派遣された。激戦の末に、吉備津彦が温羅を退治した。つまり、今回の旅は吉備津彦(=桃太郎)と温羅(=鬼)にまつわる場所を巡る旅になります。じゃ、はりきって行ってみよう!宿泊した岡山青年会館ユースホステルでチャリを借りました。(所在地:岡山県岡山市津倉町1丁目7-6 でしたが、現在は閉館)1号車1号!なんとも良い響きです。それだけで、やる気100%でした。o(^o^)oよぉ~し!1号で発進だぁ!!o(^o^)oこうして、私は180号線を西に向かって、走り出しました。けどちょっと迷ったかな。。。17年前だからね、スマホとかGoogleマップなんて、便利なものはなかったしね。途中で道を尋ね、言われたとおりしばらく行くと、神社が見えてきました。今ならこんな感じで調べられるのにね。第1目的地:吉備津彦神社8:20着 → 8:50発この神社には、桃太郎のモデルとなった「大吉備津彦命」が祀られています。吉備津彦神社の紹介は、下記の記事をどうぞ。『日本一の大燈籠があり、桃太郎を祀る神社 吉備津彦神社(きびつひこじんじゃ):岡山県岡山市』こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。今日は、祈年祭でしたね。秋の豊作を祈る日でした。私も諸事情あって、今年の秋は豊作(収入)に恵まれたい。(^^)そん…祈祷師の孫 ひろのりが紹介する神社巡りの記憶時間的に早すぎた所為か、神社に人があまりいません。社務所も開いてなさそうだったけど、境内を清掃している宮司さんに、「由緒書欲しい」って話したら、ちゃんと売ってくれました。宮司さん、ありがとー!(^O^)次の目的地である吉備津神社は、道しるべによると道なりに行けば着くらしい。そして、吉備津彦神社から自転車で向うこと10分。吉備津神社に到着しました。第2目的地:吉備津神社9:00着 → 10:25発吉備津神社の詳しい紹介は、下記をどうぞ。『鬼と戦う桃太郎が陣を敷いた場所 吉備津神社(きびつじんじゃ):岡山県岡山市』こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。今回も桃太郎伝説が残る神社を紹介します。岡山県岡山市にある吉備津神社(きびつじんじゃ)です。前回紹介した吉備津彦神社と名…祈祷師の孫 ひろのりが紹介する神社巡りの記憶この神社は、先ほどの「吉備津彦神社」とは2kmぐらいしか離れていません。名前も似ていて、祀られている神様も「大吉備津彦命」と同じですが、全く別の神社です。この吉備津神社は、吉備津彦が陣を敷いた場所とされています。敷地面積は日本最大と言われています。それだけに見所はいっぱい。伝説に関係のある所だと、鳥居横にあるこの矢置石吉備津彦が矢を置いたという伝説の石で、鬼ノ城にいる温羅が投げてくる石に対して、吉備津彦は矢で応戦したというのです。ちなみに鬼城山から吉備津神社は、直線にして10kmほど離れています。伝説の通りの文面で受け取ると、吉備津彦と温羅の戦いは、長距離射程兵器での決戦だっということになりますね。さて、吉備津神社の境内を探索して、とある社(末社の一つ)に辿りつきました。そして、写真を撮ったりしていると・・・。社の裏から犬が突然現れたんです。かわいい顔してますね。(^O^)もしや、桃太郎の家来の犬だったりして。なんか、「ついて来い」って感じに、こっちをチラチラ見ているので、私はこの犬に導かれるまま、ついて行くことにしました。犬についてゆくと、ある場所につきました。なんとなく、その場の風景を撮りたくて、カメラを手に取ったのですが・・・カメラ:カシャ・・・ジー・・・ザ・・・ザザー・・・なんと!デジカメが被写体を書きこまず、固まっている。(´-ω-`)しかも確認画面が砂嵐で、さらに電源が切れない!!電池を抜いて強制的に電源を落したりしたが何度やってもダメだ。これって、テレビでよく見る「シャッターが押せない」って現象なんじゃないのか!?これは怪奇現象か?またはカメラの故障か!?((゜□゜;))一か八か、デジカメの電池を交換すると・・・カメラ:カシャ!や、やったぞ!直った!試しで、再び今の電池を入れてみる。すると誤動作が、再発する。どうやら原因は、電池にあるらしい・・・。(;-Д-)この旅は、写真をいっぱい撮りたいから、デジカメが故障すると結構ショックだったんだが。。。良かった^^次回に続きます。

  • 30May
    • 虎を神使とする神社、神様、仏様の画像

      虎を神使とする神社、神様、仏様

      こんにちは、祈祷師の孫 ひろのりです。今回は、虎を神使とする神社や神様、仏様を紹介します。大阪府 大江神社 狛虎京都府 鞍馬寺 狛虎奈良県 朝護孫子寺 虎奈良県 朝護孫子寺 張子の福寅干支が神使になっているシリーズの第3弾です。写真で紹介した神社仏閣に共通しているのは毘沙門天です。大江神社には、毘沙門天を祀っていた名残りがあり、鞍馬寺と朝護孫子寺には毘沙門天を祀っています。虎は毘沙門天と関係があるようです。その由来は、聖徳太子が信貴山朝護孫子寺で物部守屋討伐の為に祈願したところ、寅の年の寅の日、寅の刻に毘沙門天が出現して勝利の秘宝を授けたとの伝承が有名です。でも…毘沙門天の本当の眷属は、百足(ムカデ)なんだそうです。額の横に、ムカデがあしらわれていますね。詳しい由来はわかりませんが、こういう説があります。ムカデはたくさん足があっても、1つでも歩調が変わるとうまく進めません。運動会のムカデ競争を想像するとわかりますね。^^そこで、困難に立ち向かうみんなが心を一つにして同じ方向に進むという仏教的な教えがあるようです。毘沙門天は武神なので、困難に立ち向かう強い気持ちの象徴がムカデなのかもしれませんね。本当のところはわかりませんが。ありゃ?虎じゃなくてムカデの話に変わってきちゃったよ。。。大江神社所在地〒543-0075 大阪府大阪市天王寺区夕陽丘町5大阪メトロ谷町線 四天王寺夕陽丘駅 徒歩約4分鞍馬寺データ〒601-1111 京都府京都市左京区鞍馬本町1074番地比叡電鉄鞍馬線 貴船口駅 徒歩約44分朝護孫子寺データ〒636-0923 奈良県生駒郡平群町大字信貴山2280−1近鉄生駒線 信貴山下駅からバスで約10分 信貴山下車 徒歩約10分

    • 久々に神社に行ったら…コロナの影響で変わったことの画像

      久々に神社に行ったら…コロナの影響で変わったこと

      こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。今日、奈良県天理市にある石上神宮に行きました。緊急事態宣言も解除されたので、久しぶりの参拝に行きました。コロナで影響で、手水舎が変わっていました。いつもなら水が出ている所からは出てなく、そのため水も溜まっていません。代わりに手水舎の周りには竹が張り巡らされていて、手前の竹の数ヶ所から水が滴り落ちていました。これ、意外と便利でした。(^^)何故そう思ったかって?まず1点目は、水を汲むのに順番待ちになりにくい点です。多分、溜まっている水を汲む人は、あまりいませんよね?となると、例えば2人で参拝したとしてですよ、水が出ているところから柄杓に汲めるのは1人ですよね?すると、もう1人は待つわけですよ。結局、柄杓はたくさんあるものの汲めるのが1人なので、待つしかない。思い返せば、これまでの私の神社巡りにおいても、こうしたシーンは多かった気がします。結局、手水舎が混むので、諦める人も多い気がします。しかし、この方法なら、複数人が手を洗うような感覚で手水を済ますことができ、混雑緩和に繋がっています。(^^)2点目、素早く手水を終えられる点です。並ぶ時間以外にもこんなメリットがありました。柄杓に水を汲む場合は、右手に柄杓を持ち左手に水をかけて、次は持つ手を替えて…となります。しかし、滴る水で直接手を浄めるため、柄杓を持ち替える必要がなく、口を浄めるのも楽でした。また水が足りなくなって、汲み直す必要もないんですよ。(^^)3点目は、水の量が少なくエコな感じがすることですね。まぁ、私が気にすることでもないのですが、手水舎の水の出方って、多いところは多いですよね。神社によっては、ジェット水流のように激しく吹き出しているところも…それに比べて、水の量は少なくエコな気がします。水道代にもやさしい感じが良かったです。いやぁ、久しぶりに神社に行きましたが、神域の雰囲気に癒されました。(^O^)

    • コロナに負けるな!八坂神社摂社 疫神社の茅の輪くぐりの画像

      コロナに負けるな!八坂神社摂社 疫神社の茅の輪くぐり

      こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。今年の5月も、もう終わりますね。そして来週から6月です。6月といえば、神社では夏越しの大祓(なごしのおおはらえ)が行われます。また、神社によっては茅の輪(ちのわ)が設置されます。ですが…今回紹介するのは、夏越しの大祓による茅の輪ではなくて、季節はずれの3月に設置された茅の輪です。写真は、京都市東山区にある八坂神社の摂社 疫神社(えきじんじゃ)の茅の輪です。鳥居の中に藁で作った大きな輪がありますね。これが茅の輪です。何故設置されたのか?そもそも茅の輪って何だ?今回は、その点について書こうと思います。本来、疫神社で茅の輪が設置される時期は、6月30日の大祓式(おおはらえしき)7月31日の疫神社夏越祭(えきじんじゃなごしさい)です。この疫神社夏越祭は、祇園祭の締めくくりともいわれています。そして、茅の輪が特別設置された理由ですが、今回は新型コロナウイルスが蔓延したことを受けて、無病息災の願いを込めて、急遽設置されました。では何故、コロナが流行ることで茅の輪が特別設置されたのでしょう?それは、疫病(新型コロナウイルス)を鎮める目的です。疫神社の御祭神である蘇民将来命(そみんしょうらいのみこと)と、八坂神社の御祭神である素戔嗚命(すさのをのみこと)との間には、こんなエピソードがあります。それは、旅の途中で宿を乞うた素戔嗚命に対して、蘇民将来命は貧しいながらも手厚く迎えました。これに感謝した素戔嗚命が蘇民将来命に茅の輪を授け、「茅の輪をつけて、『蘇民将来の子孫なり』と言えば、蘇民将来命の子孫は疫病から免れる。」と約束した。という言い伝えのことです。つまり、茅の輪には疫病除けの意味があるんですよ。今回は、八坂神社の本殿近くにも、茅の輪が設置されていました。「蘇民将来の子孫なり」と唱えながら、茅の輪をくぐると、疫病除けの御神徳が得られるようですよ。さて、緊急事態宣言は解除されたものの、第二波がくるとも言われています。今回の疫病が、私たちの生活に与えた影響は大きいです。新しい生活様式を取り入れることもそうですが、元通りではなく、様々な場面で変化していく部分もあるでしょう。今回の件は、色々と考えさせられることが多いです。収束ではなく、本当の意味で終息する頃には、新しい制度や常識、価値観ができているかもしれないですね。それが、今を生きる人達みんなに優しいものであると良いですね。

  • 06May
    • 祇園祭の本義

      こんばんは、祈祷師の孫 浩典です。以前、祇園祭に参加した際に書いた記事です。このブログでも書きましたが、祇園祭は、平安時代に都で疫病が流行った時に、その原因である怨霊を鎮めるために御霊会(ごりょうえ)という儀式を行ったのが由来とされています。今、皆さんを悩ませている新型コロナウイルスは、まさに疫病!だから、↓の記事にあるように、そんな時こそやるのが本義という意見もあれば、このご時世やる前提で考えるのはどうか?という意見もある。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200505-00000508-san-life結果、今年の祇園祭は、山鉾巡行と神輿渡御は中止となり、他に予定されていた神事は、感染防止対策仕様に形を変えて粛々と執り行うのだそうです。私は見に行ってみたい人間の一人です。だから山鉾巡業の中止はとても残念なのですが、人が集まる山鉾巡業と神輿渡御は中止で良かった気がします。だって、祇園祭の本義が、疫病退散のために行うというなら、人に見せること自体が目的ではないのだとも思います。山鉾巡業や神輿渡御は、祇園祭のハイライトです。だから、見物に集まる人も半端なく多いです。けど、祇園祭は、中止になる2つの神事以外も含めて祇園祭です。残された神事を粛々と行うのであれば、疫病退散の本義も保たれている気がします。なかなか良い決断だったと思います。こうした大々的なお祭りは、見世物を見に行くことが目的になりがち。だから多くの人は、由来や本義などは、あまり意識していないのかも?祇園祭の本義とは何か?私も改めて考えさせられました。

    • 【茨城県つくば市】でかい鈴が印象的 筑波山神社(つくばさんじんじゃ)の画像

      【茨城県つくば市】でかい鈴が印象的 筑波山神社(つくばさんじんじゃ)

      こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。参拝日:2001/10/19だから、私がこの筑波山神社に訪れたのは、もうかれこれ19年も前の話。以前勤めていた会社の仕事の関係で、茨城に訪れて、その道中に見つけた神社です。で、仕事も終えて、休憩がてら立ち寄ったのです。実は、まだ本格的に神社巡りを始める前に訪問しているので、写真が少ないです。。。が、ご紹介を。(^-^)/境内の様子なんといっても特徴は、鈴。でかい( ̄□ ̄;)!!でも、鳴らせるわけじゃない。紐ついてないしね。階段の下からも目立つ。本当にでかい。随神門徳川家光寄進らしい。歴史を感じさせますね(^-^)/大杉樹齢700年の老杉。立派な杉ですねo(^o^)o宇宙の卵つくば博の展示物を引き取ったようです。ここにこれがある理由はわかりません。おそらくですが、祭神二柱にまつわる神話の「国生み」にちなんでいるのではないかと。なぜなら、日本の歴史はそこから始まります。卵はまさに始まりの象徴。今の私にはそう思えますが、19年前は、ただ、驚きました(^^;おみくじ吉だ。(^O^)そしてシールが付いているw(゜o゜)w本来、お守り代わりに身近なものに貼るものと思うが・・・なんで皆、街灯の柱に貼るんだ?(-ω- ?)拝殿うん、やはり鈴がでかい!所感さて、筑波山神社は、筑波山を御神体としている神社です。筑波山とは、西側の男体山(871m)と東側の女体山(877m)からなります。男体山山頂には筑波男大神を祀り、女体山山頂には筑波女大神を祀るそれぞれの神社があります。今度機会があれば、参拝したいですね。筑波山は、筑波嶺(つくばね)とも表現され、百人一首にも詠まれています。筑波嶺の峰より落つる男女川恋ぞつもりて淵となりぬる陽成院の句で、意味は「筑波の山頂から流れ落ちてくる男女川は、次第に水かさを増して深い淵となる。私の恋心も次第につのって今では淵のように深くなっている…」かな。ご利益に縁結びがあるこの神社に相応しい、恋愛の句ですね。陽成院の恋は成就したのか?!それは、謎だ。はたして…筑波山神社データ所在地茨城県つくば市 筑波1番地つくばエクスプレス「つくば駅」より筑波山シャトルバス約40分ご祭神 筑波男大神(つくばおのおおかみ=伊弉諾尊) 筑波女大神(つくばめのおおかみ=伊弉冊尊)御神徳 縁結び 夫婦和合 家内安全 子授け・子育て・安産 開拓リンク公式サイト

  • 05May
    • 今日はこどもの日の画像

      今日はこどもの日

      こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。今日は、こどもの日ですね。五月人形に柏餅を備えました。早くコロナが解消されたらいいですね。過去に書いた記事も、よろしければどうぞ。

  • 04May
    • 【三重県熊野市】巨大な磐座を御神体とする日本最古の神社の1つ 花の窟神社(はなのいわやじんじゃ)の画像

      【三重県熊野市】巨大な磐座を御神体とする日本最古の神社の1つ 花の窟神社(はなのいわやじんじゃ)

      こんにちは、祈祷師の孫 ひろのりです。今回は、花の窟神社を紹介します。まずはこの写真を見てください。まぁ、ただのデカい岩にしか見えませんよね。これは、何なのか?順番に見ていきましょう。境内の様子社標と鳥居花の窟神社は、伊弉冊尊の墓所とされています。つまりは御陵です。また、日本書紀にも記されている日本最古の神社です。社標にも「日本最古」と彫られていますね。手水舎と社務所参道を通り、社務所の通路を抜けると…他に拝殿や社殿はない!∑(゜Д゜)門の向こうは、御神体があるだけです。冒頭で紹介した、この写真に入りきらない巨大な磐座は、御神体なんですね。でかい!Σ(゜д゜lll)この岩も自然のものでしょうから、昔からの信仰の形が残っているような感じですね。さて、この御神体の大きさに圧倒されて、最初どう拝んでいいか、悩んでしまった。いや、門からの距離が御神体の大きさに対して近いから、見上げちゃうんですよね。でも賽銭箱があるから、通常の神社と同じく参拝できました。賽銭箱がらなかったら、見物して終わるところでした。御神体から伸びている2本の縄日本一長いといわれている約170メートルの大綱。岩窟上45メートル程の高さの御神体から境内南隅の松の御神木まで掛けられています。所感本殿がなく拝殿のみという神社はあります。例えば、奈良県の大神神社は三輪山を御神体としていて、山を拝むための拝殿があります。しかし、花の窟神社には拝殿すらなかった!御神体に近くまで接近するのは、色々な意味で緊張しました。間違って傷つけたらどうしよう…とか、間近すぎて圧倒される感じとか。けど圧倒されるのは、御神体からの距離が近いからなんですよね。見上げますから。つまり、御神体の近くで参拝できる有り難みを感じる反面、近いから大きさに圧倒される…これが、遠目で参拝したり、拝殿があったりしたら、有り難みは薄く、圧倒もされない気がします。この神社は、自然の造形物である御神体の存在感を感じられる造りになっているんだなぁ、と感じました。そういえば、伊邪那美大神といえば、滋賀県の比婆神社も磐座だったな。伊邪那美大神は、岩と縁があるのだろうか?花の窟神社データ所在地三重県熊野市有馬町上地130 JR紀勢線「熊野市駅」から徒歩約20分 JR紀勢線「有井駅」から徒歩約15分ご祭神 伊弉冊尊(いざなみのみこと) 軻遇突智尊(かぐつちのみこと)御神徳 新しい自分に生まれ変わるリンク公式サイト

    • 【奈良県桜井市】乙巳の変計画の語らいが行われた場所 談山神社(だんざんじんじゃ)の画像

      【奈良県桜井市】乙巳の変計画の語らいが行われた場所 談山神社(だんざんじんじゃ)

      こんにちは、祈祷師の孫 ひろのりです。今回は、紅葉の名所でもある奈良県桜井市にある談山神社を紹介します。参拝日:2008/8/16、2014/11/1祭神の藤原鎌足といえば、中大兄皇子と一緒に乙巳の変(いっしのへん)で蘇我入鹿(そがのいるか)を倒した中臣鎌足(なかとみのかまたり)のことです。「かたまり」じゃなくて「かまたり」ね。(;^_^A私が子供の頃は、乙巳の変(いっしのへん)って言葉自体出てきたかなぁ?大化の改新とだけと習いましたが、今は違うんですかね?まぁ、わかりやすく言うとクーデター計画ですよ。そんなもの、誰かに聞かれたら大変!で、山に籠ってヒソヒソと話した…らしい。その場所こそこの神社のある山で、以来、談山(かたらいやま)と言うようになり、それが神社の名前の由来になっています。さて、中臣鎌足はその後、藤原姓を天智天皇よりいただくこととなり、大職冠という歴史上鎌足以外なれなかった役職まであがります。ということから、出世の御利益もあるのかな?と思います。境内の様子十三重塔夏バージョン秋バージョン談山神社といえば、この十三重塔ですよ。神仏習合、わかりやすくいうと、神道と仏教が混ざってた時代があって、この塔はその名残です。そういえば、これと同じアングルのポスターが駅に貼ってあったな。みんな撮影するポイントは同じなんですねぇ。。。手水舎この鳥は、なんだ?わからん。そういえば、キグナスの聖衣ってこんな感じじゃなかったかな?(;^_^A拝殿を下から拝殿の廊下から神廟拝所(しんびょうはいしょ)ここには、神社としては珍しく神像もあります。藤原鎌足像です。勝軍地蔵小さい鎌足公の像ですね。総社拝殿総社拝殿には、福禄寿様がいらっしゃいました。所感談山神社は、桜と紅葉の名所。でも、桜の季節に行ったことがないから、桜の写真はない。残念!紅葉は、ちょっと色づきが甘かったなぁ。。。しかし、私個人的な見所としては…神社から談山に行く途中にある、この看板。大化改新相談所って・・・こんな感じ?中臣鎌足「はい、次の方どうぞ!」中大兄皇子「すみません、最近、蘇我入鹿がムカつくので、そろそろしばこうかと考えています。」…という相談に乗ってくれる店があったわけじゃないからねf^_^;とか、古代のロマン感じませんか?え、感じる場所が変?!ちなみに鎌足の墓所がある御破裂山は、国家に不祥事が起きると鳴動するといわれています。今でも鎌足は、日本を見つめているんでしょうかね…談山神社データ所在地〒633-0032 奈良県桜井市多武峰319近鉄大阪線・JR桜井線にて桜井駅下車 車で約25分祭神藤原鎌足御利益 国家鎮護 子孫繁栄リンク公式サイト

  • 03May
    • 【兵庫県淡路市】各地のパワースポットと関係が深い? 伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)の画像

      【兵庫県淡路市】各地のパワースポットと関係が深い? 伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)

      こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。今回は、淡路島の一宮 伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)を紹介します。2006/5/2参拝紹介する内容が、濃いですよ。今回は(^o^)なぜなら、この神社はパワースポットの中心ともいうべき神社です。その理由についても紹介しますね。境内の様子拝殿夫婦大楠この神社の祭神、伊弉諾大神と伊弉冉大神は、日本列島や多くの神様を産み出した夫婦神です。だから御利益は、縁結び。夫婦大楠は、その御利益を感じさせますね。^_^陽の道しるべこの神社には、「陽の道しるべ」という日時計のようなモニュメントがあります。この神社から見た太陽の運行を示したものですが、線で繋ぐと凄いんですよ。石碑があったんだけど、写真取り忘れたから、MAPアプリで再現。(;^_^A春分と秋分同緯度の伊勢神宮(内宮)の方角から陽が昇り、対馬の海神神社の方角に陽が沈む。夏至長野県の諏訪大社の方角から陽が昇り、島根県の出雲大社や日御碕神社の方角に陽が沈む。冬至和歌山県の熊野那智大社の方角から陽が昇り、宮崎県の高千穂神社や天岩戸神社の方角に陽が沈む。ね?日本の中心というべき場所でしょ?すごいなぁ。o(^▽^)o多くの神様の親ともいうべき祭神を祀るこの神社にはふさわしいモニュメントですね。このそれぞれの場所も、パワースポットと言われていたり、由緒が興味深かったりしますよ♪( ´▽`)絵馬伊弉諾大神の伝説に…亡くなった伊弉冉大神を追いかけ黄泉の国まで来た伊弉諾大神。しかし、既に伊弉冉大神は醜い姿に。その姿に驚いた伊弉諾大神は逃げ、醜い姿を見られたことに怒った伊奘冉大神は追いかけた。この世とあの世の境目に来たとき、伊弉諾大神は大きな岩で境目を塞ぎます。伊弉冉大神は、1日に1000人の人間を殺すと言い、伊弉諾大神は、1日に1500の産屋を作ると言った。という神話があります。この時、伊弉諾大神は、逃げる途中に伊奘冉大神の差し向けた黄泉の軍勢を追い払うために、桃を投げます。桃には破邪の力があるらしい。その故事に基づいてか?絵馬が桃なんですよ。(^O^)そういえば、桃太郎も鬼退治しますよね?破邪だから桃太郎なのかなぁ。所感パワースポットの中心といいましたが、もう一つ。近畿の五芒星って知ってますか?こんなの↓伊弉諾神宮、伊勢内宮、元伊勢、熊野本宮、伊吹山を結ぶ線です。これぞまさにパワースポットのラインですね。また、この五芒星の中心に平城京、そのさらに北で五芒星のラインが交わるところに平安京。昔の都は、こうしたラインによる結界に護られていたんですかね?…とまぁ、今後の神社巡りを考察するにあたり、重要なポイントであることを感じさせるとともに、ラインの読み方を気づかせてくれた場所でもありました。(≧∇≦)伊弉諾神宮データ所在地兵庫県淡路市多賀740淡路島には、船か高速バスを利用する必要があります。ご祭神 伊弉諾大神(いざなぎおおかみ) 伊弉冉大神(いざなみおおかみ)御利益 延命長寿 縁結びリンク公式サイト

  • 02May
    • 牛を神使とする神社、神様の画像

      牛を神使とする神社、神様

      こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。久々に神使について書こうと思います。今回は、牛を神使とする神社、神様です。北野天満宮 なで牛大阪天満宮 牛像菅原天満宮 狛牛菅大臣神社 手水舎牛といえば、天満宮。天満宮といえば菅原道真公ですね。別名、天神さん(てんじんさん)ですね。さて、菅原道真公の神使が牛である理由は何でしょうか?菅原道真と牛の関係1番有名なのは、菅原道真公が亡くなられた際に、その亡骸を運んだのが牛というお話。他には、菅原道真公が丑年生まれということ亡くなったのが丑の日ということ大宰府に左遷されるときに牛に乗っていた命を狙う刺客から牛が命を守ってくれたなどなど、牛に関わるエピソードが多いですね。にしても多すぎるΣ(゚Д゚)そんなこともあり、道真公を祀る神社の神使は牛になっています。所感神使なら、狛ねずみや狛鹿のように、拝殿のそばに狛牛があるのかと思いきや、案外、そうではない!狛犬が普通にあって、牛は対ではなく1体のみで、参道に何体か設置されていて、中には撫で牛になっているようなケースが多い。なんでなんだろうか?金属製の撫で牛は、特にテカテカで色が変色しているのをよく見かけます。それだけよく撫でられているということですね。(^^)特にテカテカしているのは、頭。これは道真公が知恵の神様だから、その知恵にあやかりたいからでしょうね。

  • 01May
    • 【京都府京都市】平安京の南を守護する 城南宮(じょうなんぐう)の画像

      【京都府京都市】平安京の南を守護する 城南宮(じょうなんぐう)

      こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。今回は、京都府京都市にある城南宮を紹介します。これまでも、このブログで御守りや行事などを紹介している神社ですが、神社そのものにクローズアップしようと思います。この神社、注目すべき点が多いですよ。名前の由来平安京遷都に伴い、その南の位置。つまり王城の南に位置するので城南宮です。また、京都御所からみて裏鬼門、つまり南西にあるため方除けの神様として、御利益があります。境内の様子鳥居この赤い鳥居。よく見ると神紋がついてます。鳥居に神紋がついてるのも珍しいですが、神紋自体も珍しいです。この神紋、いわゆる三光(さんこう)と呼ばれるものです。三光とは、太陽、月、星のことです。神紋の由来は、由緒書によると神功皇后が新羅遠征の際、軍船に立てた旗にこの紋章があったのだそうです。その旗をこの神社に納めたのが由来のようですね。他ではあまり見ないタイプの神紋です。手水舎この手水舎の水は、福井県と奈良県に繋がっているのだそうです。奈良の東大寺にある二月堂をご存知ですか?お水取りで有名ですね。菊水若水というこの水は、福井県の遠敷神社と繋がっていて、そして城南宮の手水舎を通って東大寺の二月堂に行くといわれています。ちなみに、この水は、延命長寿の効果があるといわれ、伏見名水百選に選ばれています。社殿周りに高い建物もなく、空が開けている感じがすごくいい(^O^)一寸法師との関連一寸法師の最初のあらすじは…子供が欲しいと住吉大神に祈った老夫婦に一寸法師が授かった。一寸法師は都を目指してお椀の船に乗り、鳥羽の港に着きます。…と、こんな感じ。住吉大神は、大阪の住吉大社。老夫婦が、住んでいたのは難波あたり。そして鳥羽とは、この城南宮周辺のことです。鳥羽って三重の鳥羽だとずっと思ってたけど違うんですね。確かに近鉄の駅にも上鳥羽口ってあるしなぁ。もっとも、一寸法師は、御伽草子によるフィクションのようですね。方除けと車のお祓い方除けの神様は、旅行、引越しなどに関する御利益があります。わかりやすくいうと、行先で吉となるように…。そのためか、車の祈祷も、他の神社より多い気がします。城南宮もそうです。私の車の祈祷は、いつも城南宮です。三光の入ったステッカーを授かりますが、これがかっこいい。また、年末には車内用注連縄が送られてきます。これがまた、小さくかわいいが御利益いただけそうな感じで^_^で、祈祷をすると、庭の拝観券と茶室でお茶券をいただけます。庭園拝観券がない人は有料ですが、誰でも入れます。四季折々の景色が楽しめます。私のオススメは、紅葉の季節ですね。ちなみに、この庭は曲水の宴が催されます。茶室もありますよ。(^^)体験したい方は拝観券と一緒にお茶券も買いましょう。季節ごとの神楽神楽殿で、巫女さんが季節の花を持って神楽を舞います。 梅が枝神楽:2月~3月 藤の巫女神楽:5月 菊の巫女神楽:9月これも城南宮に足を運びたくなる理由の一つですね。(^O^)菊の巫女神楽所感1年のうちに何度か足を運ぶ神社の1つです。方除けということもあり、進む方向に迷ったときなどにも参拝して、おみくじを引いたりします。なんというか・・・御神徳しかり、見どころしかり、見たいものしかり、雰囲気しかりと、そろっている気がします。藤の巫女神楽だけ見たことがないのですよ。(;^_^A次期としては、ちょうど今。コロナ自粛だと行きにくいしなぁ。。。まぁ、来年の楽しみに取っておくことにしましょう。城南宮データ所在地〒612-8459 京都市伏見区中島鳥羽離宮町7近鉄・京都市営地下鉄 竹田駅 徒歩約15分御祭神 国常立尊(くにのとこたちのみこと) 八千矛神(=大国主命)(やちほこのかみ=おおくにぬしのみこと) 息長帯日売命(=神功皇后)(おきながたらしひめのみこと=じんぐうこうごう)御神徳 方除け 厄除け 車のお祓いリンク公式サイト

    • 【奈良県宇陀市】5万パワー!奇跡のご神水がある日本最古の健康の神社 墨坂神社(すみさかじんじゃ)の画像

      【奈良県宇陀市】5万パワー!奇跡のご神水がある日本最古の健康の神社 墨坂神社(すみさかじんじゃ)

      こんにちは、祈祷師の孫 ひろのりです。今日から5月。本当なら、旅行を計画して新たな神社との出会いを求めているところなのでしょうけど、自粛しています。早く、新型コロナが解消されてほしいですね。さて今回は、新型コロナの解消を祈って、「健康」にご利益がある神社を紹介します。奈良県宇陀市にある墨坂神社(すみさかじんじゃ)です。参拝日:2010/8/9神社の由来この神社は、古事記ゆかりの健康の神様といわれます。話は、崇神天皇の時代に疫病が流行った時に遡ります。「墨坂の神に赤い矛と楯、大坂の神に黒い矛と楯を祀るとよい」というご神託を受け、実践したところ疫病が収まったそうです。この故事にちなみ、日本最古の健康の神様といわれています。ちなみに「大坂の神」とは、大坂山口神社(香芝市逢坂)のことのようです。この2つの神社は、大和の東西の入り口を守る神として、陰陽として対になっているようですね。東にある墨坂神社が赤で陽西にある大坂山口神社が黒で陰ということらしいですよ。境内の様子拝殿と赤い矛拝殿の周りに赤い矛が、何本か立っているのわかりますか?う~ん、写真が小さい(^^;ちょっと拡大しました。わかるかな?赤い矛。ちなみに赤い矛と盾は、8つ祀られています。(そういや盾の写真って無いなぁ・・・)なお、拝殿の奥には本殿があります。写真では見えませんが、春日大社からの移築らしいです。5万パワーの波動水この神社が「健康」に御神徳があるのは、なにもその由来だけが理由じゃない!この神社には、5万パワーの波動水があるのです!( ̄□ ̄;)!!5万パワーと言われても、よくわかりませんね^^;とにかくすごい自信・・・いやパワーだというのはわかりましたが。Σ(゚Д゚)その奇跡の水は、墨坂神社内の摂社である龍王宮で飲めます。龍王宮のご祭神は、罔象女神(ミツハノメノカミ) という水の神です。この龍の口や、隣の蛇口から波動水が出ています。(^-^)この御神水は、やまとの水36選にも選ばれています。一口飲んだ感想は…スッキリして美味しい記憶があります。(10年ほど前だから記憶が(^^;)ペットボトルに汲んで帰る方も多いようです。(^o^)これが龍王宮の社殿。池の奥に鎮座している様は、まさに水の守り神という感じです。o(^o^)o…この龍王宮、その後、台風で倒壊したと聞いたが、今は復興したのだろうか?私が参拝したのは10年ほど前だから、気になります。(´・ω・`; )所感周りが緑に囲まれた中に、朱色の鳥居や社殿が映えます。境内も広く、おだやかな時間が流れているかのような、優しい雰囲気でした。健康のご利益があるこの神社。波動水だけでなく、その雰囲気にも癒されるような素敵な神社でした。(^-^)/今も疫病(新型コロナ)が流行っているので、これらの神社に赤と黒の矛盾を祀ると鎮まるのだろうか・・・?または別の神社に別のものを祀るか?誰か神託を受け取っている人はいませんか?墨坂神社データ所在地奈良県宇陀市榛原萩原703近鉄大阪線 榛原駅から徒歩約10分ご祭神墨坂大神(すみさかおおかみ)・天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)・高皇産霊神(たかむすびのかみ)・神皇産霊神(かみむすびのかみ)・伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)・大物主神(おおものぬしのかみ)の6柱の総称御神徳 日本最古の健康の神 厄除け 地鎮 方位除け 病気平癒 交通安全リンク公式サイト

  • 30Apr
    • 【東京都渋谷区】境内に縄文時代の住居跡 代々木八幡宮(よよぎはちまんぐう)の画像

      【東京都渋谷区】境内に縄文時代の住居跡 代々木八幡宮(よよぎはちまんぐう)

      こんばんは、祈祷師の孫 ひろのりです。本日も続投です。今回は、刀剣巡りスタンプラリーから離れて、東京都の代々木八幡宮(よよぎまちまんぐう)を紹介します。参拝日:2016/8/19これ、すごいですよね?この写真の住居は、約5000年前の縄文時代の住居を復元したものです。境内で、住居の柱跡が見つかり復元に至りました。とはいっても、神社の歴史が5000年あるわけではなく、創始は鎌倉時代。(^^;神社に定めた場所から、住居跡が見つかったというわけですね(^o^)では紹介を。境内の様子一の鳥居狛犬がね、なんとも力強くたくましいですね!二の鳥居このあたりの雰囲気は、都会の中のオアシスという感じ。緑が多い(^o^)参道に沿って灯っている灯りに風情を感じます。拝殿立派な造りだ!拝殿前の狛犬も彫刻の彫りが深く特徴的です。左の狛犬は、毬を手にしていて、台座には虎。右の狛犬は、子供の狛犬と戯れていて、台座には龍。龍虎が揃ってますね。o(^o^)oご神木見ているだけで心が和みますね。o(^o^)o境内には猫が何匹かいましたね。居着いているのだろうか?所感縄文時代の竪穴式住居を間近で見たのは初めてではないかな。策で囲われていて中には入れませんでしたが、復元とはいえ中も見てみたかったですね。一の鳥居の前には、それなりに交通量の多い広い道路があります。しかし、境内にはいると、車の音は聞こえず静かで穏やか。※もっとも、私が参拝したのは夏なので、この時期は蝉の鳴き声は多少うるさかったですが、それもあまり気にならなかったですね。境内を進むと、気持ちのいい空気を感じられました。都会の喧騒の中に感じる静けさは、まさに神域!境内の緑は、かつて武蔵国と呼ばれた頃から残されていようです。創建当時より、大切にされてきたのでしょう。そんな緑と境内の雰囲気に癒され、居心地の良さを感じました(^-^)/代々木八幡宮データ所在地東京都渋谷区代々木5-1-1 小田急線「代々木八幡駅」から徒歩5分 東京メトロ千代田線「代々木公園駅」から徒歩約5分ご祭神 応神天皇御神徳 厄除開運 家内安全 仕事成就 金運招福 安産・子育て 縁結びリンク公式サイト