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漢方薬局の新規開業の報告を受けて、久々に重たい腰を上げてブログを書いておこう。

 

薬系漢方では、アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患でよく使われる補中益気湯。

 

この方剤は医系漢方でも多用されているはず。

 

とにかくまぁ、有名な処方の1つであることは間違いない。

 

自分専用にまとめた補中益気湯の解説書の中から皮膚疾患への応用についてのまとめ記事の一部を転載してみると・・・

 

【補中益気湯の皮膚病応用】

補中益気湯を皮膚病に用いる場合がある。いずれも気虚を基本に持つもので、皮膚所見は赤みの弱いものから強いものまで様々である。

例えば・・・

○ アトピー性皮膚炎

○ ニキビ

○ 蕁麻疹

○ とびひ

○ 褥瘡

 

ここで皮膚病における補中益気湯の作用機序について考えてみる。

まず上述の皮膚病は、この場合、気虚を基本に持つものであるから、気の防御能力が低下していることは間違いない。したがってその治法は補気である。

ところが上記の皮膚疾患に、他の一般的な補気健脾剤(四君子湯、六君子湯、参苓白朮散、小建中湯、人参湯)を用いても、補中益気湯ほど効果が上がらないことを経験している。この差はどこに由来するのか?

配合薬物の差異から考察すると、補中益気湯にしか配合されていない薬物は黄耆・柴胡・升麻の三味である。つまり、これこそが補気剤における補中益気湯の特徴なのである。およそ黄耆は表を、人参は裏を補う。両者を同時に用いることにより、一身の気を補うことができる。(大補元気)この配合は補気においては最強の薬対であろう。

一方、柴胡と升麻、あるいはこれに黄耆を加えた薬対の作用は「昇提」と解釈され、「中気下陥」に用いられる。(昇陽挙陥)『脾胃論』の補中益気湯の薬物解説に、「升麻、胃の気を引き上騰してその本位に復す」「柴胡、清気を引き少陽の気を巡らし上昇す」とある。これが柴胡・升麻の昇提作用の典故である。この黄耆・人参と柴胡・升麻の組み合わせこそが補中益気湯の最重要骨格なのである。しかし皮膚病への有効性を考えたとき、大補元気、昇陽挙陥では説明できない。そこで今一度、柴胡・升麻に注目してみようと思う。

 

『臨床常用中薬手冊』によると柴胡の薬効は、散熱解表、昇陽挙陥、疏肝解鬱、截瘧大熱、清肝明目の5つ。升麻は、散熱解表、昇陽挙陥、疏風清上、宣毒透疹の4つ。「散熱解表」と「昇陽挙陥」とが共通している。つまり柴胡升麻の薬対は、昇陽挙陥作用と同時に、散熱解表作用を持っていることが分かる。「散熱解表」は体表部の熱を清すると広く解釈してよい。このことは、この両者がいずれも発散風熱薬に分類されていることからも理解できる。また同じ柴胡・升麻を配合する乙字湯の薬効について『勿誤薬室方函口訣』には、「・・・南陽は柴胡・升麻を昇提の意に用いれど、やはり湿熱清解の功に取るがよし・・・」。実際に、乙字湯は中気下陥の有無に関係なく、痔の腫脹・疼痛・脱出・陰部の瘙痒といった湿熱症状に有効である。昇提とは中気下陥を前提にいうものであり、その有無に関係なく乙字湯が痔の湿熱症状に有効であるという事実から考えると、浅田宗伯の説は間違っていない。

 

以上をまとめると、柴胡・升麻には昇提祛寒・散熱解表・湿熱清解の効果があるといえる。ここで再び黄耆・人参に柴胡・升麻の薬効を重ねると、「補中益気湯には気虚(脾虚)、およびこれから派生した中気下陥、表熱(実熱)、湿熱(実熱)のいずれにも用いることができる」と結論付けられる。これにより補中益気湯の上記の皮膚病への有効性が理解できる。つまり補中益気湯にはある種の清熱作用があり、これが皮膚病に有効なのである。実際の臨床においても、先にも述べたが、「幼児・小児期」のアトピーの本虚(脾虚)の治療には補中益気湯が好適である。軽度な発赤・瘙痒なら清熱剤を使わずとも、補中益気湯と食事管理だけでうまくいくこともある。

 

 

 

確かこの文章は東医学研究という機関誌からの解説の一部を抜粋したものと記憶しているが、なにぶんまとめたのがだいぶ前で自分で使うだけのつもりであったので引用文献を正確にとどめていないことはご容赦願いたい。

 

ここでは補中益気湯を皮膚疾患に応用できる根拠とどのような病態に応用できるのかについて様々な視点から解説していただいており、非常に参考になる資料である。

 

ここまで詳しく解説してくれている書籍もなかなかないので勉強になるのだが、いざ臨床に応用しようとすると・・・、いやはや難しい。

 

実際の相談者を目の前にして、「これは補中益気湯の適応だ!」と自信をもって言えるようになるかといえばそうは問屋が卸さない。。。

 

各生薬の薬効、薬対、作用点などを知ったとしても、皮膚疾患に応用できるとわかったとしても、実際目の前の皮膚の状態に補中益気湯が使えるか否か、自信をもって「これこそが補中益気湯証だ!補中益気湯以外にはない!」と言えるようになるには、どんな知識が必要なのか?

 

ちょっと冷静に考えてみてほしい。

 

印刷技術も発展していなかった昔と、スマホをいじればすぐに色々な文章・画像・映像がみられる現代と比べると、漢方を臨床応用する上で、決定的に低下したしてしまった能力があると僕は思う。

 

それはイメージ力だ。

 

現代では調べようと思えば、すぐに調べられ、文章・画像・映像というものを視覚を通じて直接視ることができる。

 

直接視ることができるようになると、見えないものを視ようとするイメージ力を養い、発展させることができない。だから方剤理解における柔軟性や発展性が乏しくなり、字面通りにしか物事を受け止められなくなる。

 

これこそが漢方方剤の臨床応用を困難にしている決定的な要因の1つだと僕は考えている。

 

たとえば上述の補中益気湯内の各生薬の働きを字面で読んで理解しても、実際目の前にいる相談者の身体に補中益気湯が入り、それらが消化吸収代謝排泄される過程の中で胃腸から腸間膜リンパや血管を通じて体内に取り込まれてから各種内臓を通り過ぎて、それぞれの臓器でも代赭と吸収を受けながら、ようやくそれらがターゲットとなる皮膚表面に到達する。

皮膚表面にたどり着くといっても全身の皮膚は面積が広い。その中でも患部となる皮膚にどれくらいの薬効成分が到達しさらにそれらが毛細血管内から血管外に薬剤成分が漏出し、それが細胞外から細胞外に取り込まれ作用し、皮膚所見を改善に導くのか?

 

これは何も補中益気湯だけの話ではなく、あらゆる方剤に言えることだが、こういうことをどこまでイメージしながら漢方を使えているのかというのを僕は深く考える。

 

複数方剤を使うことを邪道だとか言われることもあるが、いや患部に薬効成分が届かないことには効かないでしょ。この消化吸収代謝排泄の過程の中で瘀血や水滞があって薬効成分が届かなければ意味がない。そういうことを考えていけば、瘀血所見や水滞所見に乏しくても、それらを併用しないと効率が悪くなるでしょというのが僕の言い分。

 

補中益気湯を皮膚疾患に応用する場合には、とにかく切経にて患部をフェザータッチで触れ、皮膚の弾力性、皮膚構造の粗雑さ、この粗雑さの中に瘀血や陰虚、気滞など他の病因が潜んでないかの確認(皮膚の色調、粟粒疹などの皮膚変化、乾燥感など)、傷の治りやすさ、掻破したときに皮膚が壊れやすいかどうか、オーバーターンの程度等から脾肺の気虚、つまり皮毛肌肉層の気の不足から角質層のオーバーターン不良に陥っており、質の良い皮膚が形成されないため、皮膚構造が粗雑になってバリア機能が低下し、そこから外的刺激に過敏反応するようになって痒み等の症状を作り出していると判断したときに補中益気湯が適応となる。

 

もちろんその裏には、もしかしたら胃腸が弱くアトニー体質で食事からの栄養の消化吸収不良の併発がある場合には皮膚の新陳代謝に必要な栄養剤系サプリを使って、代謝が円滑に回転するようにする必要がある。

 

栄養状態には問題な場合、結果的には皮毛肌肉層の気の不足なのだが、そこには皮膚表面に到達する毛細血管系の血流不足という問題が絡んでいる場合もあるし、逆に毛細血管系の血滞で新鮮な血液供給不利が絡んでいる場合もある。こういう場合には前者に対しては当帰飲子、四物湯加減製剤を使うし、後者では桂枝茯苓丸や桃核承気湯、冠心Ⅱ号方などを併用する。

 

ここで気になるのが、血流障害系を併発しているときに、では脾肺の補気と血滞に対する生薬が配合された人参養栄湯や十全大補湯は使えないのかということを考えるのだが、実際、臨床でこれらの方剤を使っても切れ味が悪い。

 

人参養栄湯や十全大補湯は皮膚表面にまで到達する濃度が低く、そこに応用するには結局併用方剤が必要だったり、より高濃度に使う必要があったりとなるので、それだったら補中益気湯ベースで当帰飲子や桂枝茯苓丸でいいではないかという結論になるのだ。

 

臨床の経験上、唯一、脾肺の気虚ベースで明らかに補中益気湯よりも切れ味が良いパターンがあるなと思うのは帰脾湯だ。

 

帰脾湯は使い方のピントがあると非常に切れ味よく、軽く補中益気湯を超える働きを見せてくれる時がある。

 

十全大補湯・人参養栄湯と帰脾湯は両者ともに気血両虚に使う。

 

気血両虚のうち、気虚は脾肺の虚であることは間違いない。

 

異なるのは血虚だ。十全大補湯には四物湯、人参養栄湯には当帰・芍薬・地黄の四物湯加減が配合されていることからこの血虚は肝血虚を意識している。一方、帰脾湯の血虚は心血虚で酸棗仁や竜眼肉が配合されている。

 

皮膚病に肝血虚や心血虚の病態を重ね合わせるとしたとき、どういう病態に使え、さらに脾肺の気虚があった場合、補中益気湯よりも切れ味鋭く応用することが可能か否か。。。

 

ということで帰脾湯の皮膚疾患への応用に必要な知識につながっていくのだが、話がとてもとても長くなるので、この話はまた気が向いたときに覚えていたらすることにしよう。。。

 

 

数年前まで遠方にもかかわらずこちらに通ってくれていた同年代の薬剤師がついに念願の漢方薬局を開業されたそうだ。

 

薬剤師系の仲間の開業は結局、調剤薬局になることが多かったのだが、久々の漢方薬局の開業とのことで嬉しい限り。

 

一言に漢方薬局と言っても色んな業務形態があるのだが、専門性の高い漢方相談業務がしたいとのことで、またとんでもなくしんどい世界に飛び込もうとしているな~と昔の自分を思い出す。

 

何だかんだ言いながらも明るい未来が待っていると想像しながら日々漢方相談に打ち込んでいる時期が一番しんどいけれど、一番楽しい時間だと思うので挫けずトライ&エラーを繰り返しながらも一歩ずつ前に進んでいけばよいと思う。

 

うまくいくこと、いかないこと、どうすればいいのか分からずに悶々とすることも少なからずあると思うし、その思いは誰とも共有できるものでないので自分で克服しつつ前進するしかない。

 

コロナ禍になってからは、全くと言っていいほど同業他社の方々との交流を断ち、ブログを通じて自身の考えを述べるということに対しての興味を失い、ネット社会から脱落して朽ち果てていくだけの我が漢方薬局とはえらい違いだ(苦笑)

 

何をもって成功というのか、人それぞれの価値観や判断基準が異なるので一概には言えないが、とにかく自分の描く薬局が実現できるように頑張ってくださいm(__)m

常日頃、漢方相談をやっていて感じること。

 

それは「現代人は、非日常を味わい、その中で大爆笑したり、体が震えるくらいの興奮を覚えたりする機会がかなり少なくなってきているのではないのか?」ということ。

 

端的に言うなら刺激不足。

 

便利とか快適とか言う言葉にかこつけて、どんどんナマケモノになる現代人。

 

ナマケモノになって、本来あるべき頭の使い方とか身体の使い方ができず、結果的にそのしっぺ返しをくらうという悪循環。

 

その悪循環の中で、昔にはなかった病気が増える一方。

 

同業他者の専門家は、食品添加物とか農薬とか、食事が病気を作っているという風に言うが、それはごく一部だと僕は思う。

 

僕自身はナマケモノになるのはまっぴら御免なので、山歩き、空手、筋トレなど、無駄に身体を動かす趣味をいくつも持って、とにかく自分を非日常に置く機会をたくさん作るように心がけている。

 

つい先日、突然の胃の痛みが久しぶりに出た。

 

痛みの質は刺し込むような鋭痛で激痛に近い。寝ようにも痛みのせいでなかなか寝れないほどだ。

 

こんなときにはすぐに薬に頼って、痛みをコントロールしようとするのだが、その時はちょうど翌日が休みで、非日常を体験する予定があったので、この痛みがその刺激でどうなるのかと思い、何もせずに様子を見ることにしてみた。

 

初めはストレスで胃酸分泌過多となり、胃痛が生じているのかと思ったが、よくよく痛みを観察していると面白いことがわかった。

 

それは痛みは大体2分程度続き、そこから緩解して5~10分程度、痛みが軽くなり、再び痛くなってくるという「周期性」があるということ。

 

食事を摂ろうが、水分を摂ろうが痛みは不変。そのほか、ゲップ、胸焼け、胃もたれ、消化不良、膨満感などの症状は一切なし。二便もいつも通り。

 

この時点で、この痛みは「周期的痙攣性の胃痛」と判断。

 

痙攣し始めた原因は分からないが、とにかく胃の筋肉が周期的に痙攣しているのはほぼ間違いない。

 

問題は、この胃痙攣が非日常の刺激を体験することによる笑いと興奮によってどうなるかだ。

 

翌日、胃の痛みは相変わらず。かなり痛みが強く、これが勉強会などの座学で、ほとんど動かない環境下の予定なら絶対にキャンセルして横になっているレベル。しかし幸運なことに1日中走り回り、適度に休憩を取りながら、自分の人生の中で最高に楽しく、笑い、ドキドキしながら大興奮できる遊びの予定だったので、痛みを我慢して参加。

 

最初の方は、楽しくてドキドキしながらも、「やっぱり胃の痛みは続いてるな~」と思いながら遊んでいたが、遊びも終盤に差し掛かり、メインイベントを迎えた。

 

そのイベントでは、過去になかなか体験したことのない、とにかく滅茶苦茶、面白く、心臓の鼓動が高まり、精神的に大興奮して、雄たけびを上げまくって幕を閉じた。

 

頭だけで遊ぶのではなく、身体を使って走り回り、心身ともに心地よい疲労感を感じていた。そしてそのまま痛みが消えていることに気づいた。

 

不快症状があったとしても、とにかく自分を非日常に置いて、日常では決して味わえない興奮のるつぼに身を置き、頭だけでなく、身体も全部使って遊び倒したら、身体はそれに反応し、痛みを軽減させるばかりでなく、時にはこのときのように痛み自体が消えることがある。

 

痛みやそのほかの不快症状に悩みまくって、ふさぎ込んで、自分の身体所見に過敏になり、視野がどんどん狭くなっていくならば、逆にそんな症状があったって、人生楽しんでやるという意気込みで、どんどん表に出て行って、非日常を体験し、ナマケモノから脱出することで薬を使わずとも治る病気がたくさんあるのではないかとつくづく思う。

 

便利で快適な世の中になって、都会では「頭だけで生きている人」がどんどん増加しているが、人間本来の姿を取り戻すために、頭と体を大いに使い、非日常を作ってやることが健康的な生活の土台になってくれると勝手に想像している。

 

薬なんていらん。

 

とにかく外に出て、自分が心底、面白いと思えることを見つけて遊びつくせ!

 

笑え!興奮して胸躍らせて、生きているという実感を感じて、人生を心底楽しむこと!

 

これこそが最高の疾病予防となる。