夜、突然娘が帰って来た。

私は階段の照明だけを点し、何となく横になっていた。


「母、大丈夫?」

「何が?」

「隣の住人、少し頭おかしいみたいやけん気を付けたほうがいいよ」

普段冷静で素っ気ない我が娘が、珍しく私を案じるかのように話す。


先週末、娘と娘のパートナーが泊まりに来た時の事。

ロフトで寝ていると、大音響で音楽を流す音が聴こえてきたという。


私はその日遅番で、仕事を終えた後に友人のバースディ・パーティにあいさつがてら顔を出していた。
誕生日の主役である友人と、パーティに来た女の子と、少しお酒を飲んだ後歩いて帰ってきたのだ。

私が帰ってきた時に、既に音楽は聴こえてこなくなっていた。

ところが翌朝には、テレビの音をかき消す程の大音量でビートのきいた音楽が流れた。

隣と言えば、濃い水色のワンピースを着た女性を見かけた事があったきりで、男性が住んでいる気配を感じた事は、これまでなかったように思う。

ひょっとして住人が変わったのかな…
地方とは言え、都会のコミュニティーの希薄さを思った。


娘たちが休んでいた前日の夜中、あまりに音がうるさく眠れなかったので、娘はつい、壁をドンドンと叩いたそうだ。

すると、怒り狂ったかのような怒鳴り声とともに壁を叩き返す音が聴こえてきたという。



娘が立ち寄ってくれたのは、実質的にはひとりで住んでいる私に対し、隣人男性からの逆恨みによる報復が行われはしないかと、心配しての事だった。


「母のことを心配してくれたったい。ありがとうね。」

パートナーの元へ帰る娘の背中に声をかけた。

娘は安心したように、メゾネットの階段を降りると、ドアロックの音とともに再び消えていった。