●色々な友達

テーマ:
 
今日のテーマは『●色々な友達』です。
 
 

 

色々な友達
 

 

私は小学校時代、5年生まで京都に住んでいて、

6年生になる春、滋賀県に引っ越しました。

 

京都と滋賀県の両方で過ごした小学校生活の中で、

本当に色々な友達に出会ったなあ・・・

ということを最近になって何度も思い出します。

 

色々な友達には、色々な違いがありました。
 

 

 
 
 

 

 

ある男の子はおそらく性同一障害で、

女の子の心を持っていました。

オネエ言葉を話す、端整な顔の優しい子。

彼は繊細な心遣いができる子で女友達として

とても仲良くしていました。

当時はまだオネエ芸人が活躍していなかったけれど、

クラス中、その子はそれでOKな雰囲気でした。

 

 
 

 

暴力団の家の女の子は、怒ると怖かったけど、

とっても我慢強くて、泣きたい時もぐっとこらえる子でした。

ほっとした顔で笑うと花が咲いたようだったのを覚えています。

 

 

 

 
 

 

 

被差別地域に生まれた女の子は、

そのことを「まあ、しょうがないねえ」と受けとめていて、

うちに遊びに来ると「いいなあ、普通の地域で」と

言ったりしていたけど、でも「しっかり生きていく」

という強い意志を感じる子でした。

 

 

 

 
 

 

 

一緒に学級委員をやっていた男の子は、

外交官のお父さんとイランに滞在していた時、

イラン革命の銃撃戦に出くわしたという話をしていました。

とても頭のいい男の子で、

何をやってもかなわなかったのを覚えています。

 

 

 

 
 

 

 

大きな布団家さんの息子でダウン症だった子は、

パニックを起こすと椅子を振り回して暴れるから、

みんなで「大丈夫だよ」と落ち着かせていました。

布団屋のお母さんが「みんなありがとう」と

子供達によくお礼を言ってくれました。

その子は心が柔らかくて、友達が悲しんでいる時、

一緒に涙を流す子でした。

 

 

 

 
 

 

 

薬局の息子で在日韓国人の男の子は、

大変な物知りで、責任感が強く、小学生の時から

日本と祖国の役に立ちたいって言っていました。

彼のお父さんは薬局に行くと自分の子供のように、

色々教えてくれたり叱ってくれたり面倒をみてくれました。

 

 

 

 
 

 

 

お母さんがいなくて、お父さんが遠くで働いているため、

孤児院から学校に通っている子がいました。

とても悪戯っ子で虫を持って追いかけられたりしたけど、

先生に相談すると「男の子は好きな子をいじめるのよ」

と言われたのを覚えています。

 

 

 

 
 

 

 

両親がいなくて、おじいさんと二人暮らしの男の子は、

おじいさんがリヤカーでゴミ回収をして暮らしをたてていたので、

フランダースの犬をよく思い出しました。

ある日「新幹線は、窓からの風が気持ちよかった」と

うっかり嘘をついてしまい、バツの悪い思いをした彼を、

今も自分のことのように思い出します。

 

 

 

 
 

 

 

当時そのあたりではまだめずらしかった、

両親が共働きでカギっ子だった友達は家に遊びに行くと、

「階段の上から名前を呼ぶ声が聞こえる」と怖がっていて、

確かにその声を一緒に聞いた気がします。

 

 

 

 
 

 

 

とても仲良しだった幼馴染の男の子は、

よく一緒に色々な冒険をして楽しく遊んでいたのですが、

私が引っ越した後に受験した中学校に馴染めず、

自殺してしまったそうです。

 

 

 

 
 

 

 

そのことを知ったのは、引っ越して10年後の20歳ごろ、

京都の当時住んでいたあたりを訪れた時。

近所の女の子が教えてくれました。

 

 

 

 
 

 

 

その女の子は、小さい頃にお母さんが亡くなって、

当時後妻の新しいお母さんと仲良く暮らしていました。

汲取り車が来た時に鼻をつまんだら、そのお母さんが、

「みんなのために働いてくれてるんだよ」と

優しく教えてくれたことを懐かしく思い出します。

 

 

 

 
 

 

 

その子の話では、近所のガキ大将だった男の子が

喫茶店をやっていて、そこに昔からの友達が

今でも沢山集まっているということでした。

当時、そのあたりには同い年の子が沢山住んでいたのです。

 

 

 

 
 

 

 

旧家で大きな敷地にある
薄暗い日本家屋に住んでいた一人っ子の女の子は、

いつもとても派手な服を着ていました。

ちょっぴりワガママでしたが仲良くて、

うちに遊びに来ると、よく机の上に乗って、

二人でマイクを片手にコンサートごっこをしたものです。

 

 

 

 
 

 

 

一軒屋ばかりが並ぶ住宅地に3階建てのマンションがあり、

宿題でオリオン座の観察をした時は、

そこに住む友達とマンションの屋上で夜中に行ないました。

寒くなって部屋に入ると、お母さんが温かい飲み物を

出してくれて嬉しかったのを覚えています。

 

 

 

 
 

 

 

すぐ近くの友達の家が、ある夜火事で燃えているのを見ました。

全焼してしまい、しばらく近くの借家住んだ後、引っ越して行きました。

その跡地に新築された家には幸せそうな家族が住み、

やはり友達になったその家の女の子が、

よくお母さんに抱きついている姿を思い出します。

 

 

 

 
 

 

 

近所で一番仲良しだった女の子の家には、

身体が麻痺して寝たきりのおばさんが、

いつも居間のベッドに寝ていました。

私たちは「寝てるおねえちゃん」と呼び、

彼女の側でよく遊んでいました。

いつも沢山ほめてくれる優しい人で大好きでした。

 

 

 

 
 

 

 

私は関西を離れてしまい、

東京で勤めて結婚したのですが、
実家に里帰りしていたある日、

 

京都の当時住んでいたあたりを
主人と一緒に 
20年ぶりに訪ねてみました。
 

 

 

 


 
 

 

 

勇気を出して自殺してしまった友達の家を訪ねると、

彼のお母さんがとても懐かしがって喜んでくれました。

仏壇に手を合わせ、彼のお母さんと共に話し、

遺書を見せていただき、20年の悲しみを共に分かち合いました。

 

 

 

 
 

 

 

彼のお母さんが嬉しそうに話してくれたのは、

阪神大震災後に、当時同じクラスだった男の子が

わざわざ神戸から訪ねてきてくれたいうことでした。

 

 

 

 
 

 

 

その男の子は、社長の息子で、

明るくひょうきんな面白い子でした。

よくみんなで彼の大きな家に遊びに行ったのを覚えています。

 

 

 

 
 

 

 

彼は神戸で震災に遭った後、

自殺してしまった友達のことが思い出されてしかたなかったので

訪ねたのだと話していたそうです。

 

 
 
 

 

まだまだ他にも仲のよかった沢山の友達がいますが、

最近よく思い出すのは、色々な違いをもつ友達が

沢山揃っていたなあ・・・ということです。

 

 
 
 

 

うちも、お父さんが着物の図案家でいつも家にいて、

(腕に障害がある件は、前回ブログで書きました)

母は幼稚園の先生で働いていましたので、

当時はまだめずらしい父親が主夫をする家でした。

(お母さんが主婦の時期もありましたが)

また、その辺りではめずらしいクリスチャンでしたし、

他のうちと少し違うなあと思っていました。

 

 
 
 

 

それぞれに異なる何かがあり、ごく当たり前に、

自然にそれを受けとめていていて、

みんなとても仲が良かったように思います。

 

 

 

時々、からかって泣かしてしまったり・・・

というようなこともありましたが、

子供なりにみんなお互いの違いを自然に受けとめていて、

 

お互いに特別扱いもせず、当たり前の友達同士でした。
 

 

 

 
 

 

また、それぞれのご両親や祖父母の方々が、

みんな優しく、時に厳しく、

近所の子供達を可愛がってくれていたなあ・・・

ということも合わせて思い出します。

 

 
 
 

 

引っ越した先はニュータウンだったので、

数年後にはニュータウン内に小学校ができてしまい、

地元の色々な友達と小学校で一緒になることは

なくなってしまっただろうなと思います。

 

 
 
 

 

色々な友達との思い出は、私にとって、

小学校時代の大切な宝物です。

 

色々な友達の存在感は、今でもありありと思い出せます。

また時々、その当時の夢を見たりします。

 

 
 
 

 

ここ数日、当時の友達について

一度まとめて書きたい気持ちが募り、

ここで一度、区切りをつけたくなりました。

 

書いてみて気づいたのは、

およそ10年ごとに、当時の思い出を整理し、

消化しているのだなあということ。

 

30年目は少し過ぎましたが、

この場をお借りして、まとめさせていただきました。

たぶん、こうして少しづつ消化しながら

手放しているのだと思います。

 

 
 
 

 

私にとっては小学生という短い期間に

とても貴重な経験をさせていただいたように思います。

 

「みんなちがって、みんないい。」という

金子みすゞさんの言葉を、

自然に感じながら生きた時期でした。

 

 

 
 

 

色々な友達は、色々な経験を与えてくれますね。

 

色々な友達に感謝です。

 

愛と光と感謝をこめて