毎日光を生きる、光を走る!
  • 27Jun
    • ●森と水の音〜羊と鋼の森&神宮の森

      ◆映画『羊と鋼の森』音楽の大学に通う長女に勧められ、映画『羊と鋼の森』を観てきました。子供と一緒に観るファミリー向け映画も楽しかったけれど、次女が中学生になってから、主人や友人と映画を観に行く機会が増え、20年近く観ていなかった大人の映画を観に行けるのは本当に嬉しいことです。『羊と鋼の森』は、調律師が奏でるピアノの音に森の景色を感じた主人公が調律師の道を歩んで行く物語。2016年本屋大賞に輝いた小説を実写映画化した作品です。◆森と水の音この映画には「森と水の音」が静かに響き続けていました。実際にはピアノ演奏のシーンや主人公が森を歩くシーンでの音響がそう感じさせたのかもしれないけれど、今、目を閉じて思い浮かべても、感じるのは「森と水の音」。それは「ずっと探してきた音」に近づいたような、懐かしいを超えて、何か根源的な音に近づいているような、不思議な感覚でした。遠い昔、二人で「George Winston」を聴いた頃も、探していたのは「森と水の音」だったような気がします。そして、この映画を見て「森と水の音」にまた近づけたような気がしました。◆明治神宮を歩こう映画を観終わった翌日、どこかに出かけようと相談していた時、主人がふと「明治神宮を歩こう」と言いました。こういう唐突な提案は、これまでもハズレが少なく、今回も何か閃いたのだと思います。とてもお天気の良い休日だったので、久しぶりに明治神宮を二人でお散歩することになりました。久しぶりに表参道や渋谷までの通りもコースに入れて。◆明治神宮の森表参道のキラキラした通りを抜け、明治神宮の森に近づいた時、急にあたりが冷んやりした空気に包まれ、何かここから先は異なる世界だという感覚がありました。南門をくぐると、高く覆いかぶさるように巨木の緑が生い茂り、広い参道だけれども森の中を歩いている、森の中にいる、そう感じさせるものがありました。けれど、参道の途中にある「明治神宮御苑」に入り、地面の落ち葉を踏みしめ、木々の根元に茂る熊笹や、水滴が感じられるほど湿った木の幹に囲まれると、今度こそ本当に森の奥深くに分け入ったようでした。◆森と水の音が聴こえる睡蓮の咲く南池、花菖蒲田を抜け、更に森の奥へ歩いて言った時、ふと、「この森には音が響いている」「森と水の音」が聴こえる。突然、そんな風に感じました。それは『羊と鋼の森』の映画と同じ感覚でした。実際に音が聴こえるわけではなく、それはまるで自分の中に響いている「森と水の音」に共鳴しているような、そういう何かを感じたのです。下調べしないで出かけたので全く知らなかったのですが、その奥には、清正井(きよまさのいど)がありました。森の地下水による湧き水の井戸です。◆森が美しいのは井戸を隠してるから「ここに湧き水があるから、森と水の音を感じたのか・・・」と納得しました。静かに湧き出る井戸の、透明にゆれる水面に手を浸し、心まで透明になるような気持ちで森の道を引き返していると、ある言葉を思い出しました。「砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからだよ」『星の王子さま』(サン・テグジュペリ)「この森が美しいのは、森の奥に井戸を隠しているからなんだね」そんなことを話しながら、森の道を歩きました。◆永遠の森南門を出て「杜のテラス」でお茶をしながら、「よくこんな森が残せたよね、都会の真ん中に・・・」と話しつつ、二人とも「いや待てよ、この森は自然な森だっけ?」と「明治神宮 森の設計」で検索してみると、「神社の森は永遠に続くものでなければならない。それには自然林に近い状態をつくり上げることだ」という基本骨子のもと、今から90 年ほど前に、当時の日本の人々が、明確なデザイン意図と壮大な構想力をもってつくり上げた森であることが判明しました。参考)日本人がつくった自然の森――明治神宮「鎮守の杜に響く永遠の祈り」日本発の林学博士、公園の父と呼ばれる本多静六。その弟子の本郷高徳と上原敬二。林苑計画書を作ったのは、この3人。彼らが目指したのは、永遠の森。元々この地にあった太古の原生林だったそうです。参考)「明治神宮 不思議の森 ~100年の大実験~」◆本多静六氏の設計「本多静六」のお名前発見にびっくり。本多静六氏は、私のブログでもサイトでも紹介している方です。●公園の父〜夫婦愛の完成法【アメーバブログ】●公園の父〜夫婦愛の完成法【ミニブログ】確かに当時の名だたる公園を設計していた「公園の父」であり、日本発の林学博士である本多静六氏が、この明治神宮の森を設計するのは自然な流れだったのでしょう。でも私としては、こんなに素晴らしい豊かな森が、自然林ではなく人工林であり、しかも、よく存じ上げている本多静六氏の設計であったということに、衝撃を受けていました。日比谷公園のような明るく開けた公園だけでなく、100年後さらに永遠に続く奥深い静かな森を設計してしまう本多静六氏の仕事に、深く感銘を受けました。◆永遠を感じさせる音映画『羊と鋼の森』で感じた「森と水の音」は、明治神宮の森につながっていました。その森は「永遠の森」として設計されていました。「永遠の祈り」は森の中に今も響いています。私の中にある「森と水の音」も「永遠」を感じさせる音だ・・・でも、私の中に響く音は、永遠を感じさせるほど遠い昔に聴いたことのある音だ・・・そんなことに気づかされました。映画で、森で、内にある「森と水の音」が共鳴し、生きた音として響き渡ったようでした。またどこかで「森と水の音」に共鳴する音に出会ったら、さらに深い発見があるかもしれない・・・そんな日を楽しみにしていようと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。愛と光と感謝をこめてインナーウィッシュ●天皇皇后両陛下が『羊と鋼の森』をご鑑賞。2018年5月24日 livedoorNEWS山崎賢人「とても緊張しました」会見に現れた山崎はまだ緊張が解けない様子で、硬い表情。「皇后陛下とお話をさせていただいて『とてもよい、美しい映画でした』と言っていただいた」と懇談を振り返り、「皇后陛下は原作の小説も読まれていたので、『その外村のイメージにぴったりだった』と言ってもらえてすごくうれしかったです」とようやく笑顔を見せた。●映画『羊と鋼の森』が608倍感動できる(もう一度観たくなる)公開記念特別番組

      23
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  • 13Jun
    • ●結婚記念日26回目に思うこと〜最愛の喧嘩相手

      ◆今日は結婚記念日今日は26回目の結婚記念日。出会ってからは31年目になります。私たちは両親とよりも長く一緒に暮らしています。◆最も仲が良く最も喧嘩する相手よく考えて見ると、地球上で一番長く一緒にいる相手です。そしてたぶん、最も仲がよく、最も沢山喧嘩した相手だと思います。よく友人たちに「本当に仲がいいよね〜」と言われるのですが、そんなとき、20年近い長いつきあいの親友は、「しょっちゅう喧嘩してるんだけど、本当に仲がいいんだよね〜」と一言付け加えてくれます。どのくらい喧嘩しているかといえば、つい先日の日曜日も喧嘩したばかりです。まるで季節の変わり目ごとの行事のようです。◆喧嘩のルール昔は喧嘩するたびに、「もう別れる」「そんなこというなら一緒にいられない」と「別れる切れる」がお互い必ず切り札のセリフになっていたけれど、ある頃から二人で決めた、「別れる、切れるは言わない」「翌日には仲直りする」というのが喧嘩のルールとなりました。だから、お互いますます安心して喧嘩できるようになったのかもしれないです。◆本音を相手に説明しているだけ殴り合ったり暴言を吐いたりはしないですが、けっこう激しく言いたいことを言い合っています。というより、お互いに自分の意見や考えや気持ちを相手に説明しているだけなのですが、触れられたくない内容だったり、深い感情に触れる部分だったりすると、ヒートアップしてきて、周囲から見ると喧嘩に見える激しいレベルということです。◆落ち着いて文章で伝えると伝わるヒートアップしてくると、疲れ果てて「もうどうでもいいや」と戦線離脱してしまうのですが、何となく腹の虫が収まらず、本当に伝えたかったことを文章で伝え始めます。だいたいお互いに、ちょっと落ち着いてから、本当に伝えたかったことを文章で伝えるようになって、気が収まり仲直りができるようです。文章に書き起こしているうちに、なぜそんなに激しく反応したのか、本当はどんな気持ちだったのか、など、自分のことを冷静に客観的に見えるようになり、相手を思いやる気持ちが湧いてくるのですよね。◆季節ごとの気分転換じゃあ、最初から文章で伝え会えば?と思うかもしれませんが、何となく季節の変わり目には、お互い言いたいことが溜まっていて、でも、最初に「本当に伝えたいこと」を整理することなく、全力で言いたことの説明を始めてしまうのです。たぶん、ガス抜きの効果があるのではないでしょうか。季節ごとの模様替えと同じような気分転換ではないかと思います。◆娘たちの反応こんな調子なのですが、二人の娘はいつも、「パパとママのラブラブぶりは信じられない」「友達に話すとみんなびっくりする」「私もこんなに長い期間仲良くできる人見つかるかなあ」などと驚愕したり、呆れたり、羨ましがったりしています。だから娘たちは、二人が喧嘩してても、また始まったか(でも明日にはまたラブラブなんだよなあ)と知らん顔でスルーしています。◆調和している相手との不調和こんなに長く30年も一緒にいると、「相手のことが自分のことのように感じられる」ようで、(それは私だけでなく、相手も先日そんなことを言ってました。)そのいつもはとても調和している、自分のような相手と、何か不調和を感じたときに、お互いその不調和を調整したくなって、何か言いはじめるのだと思います。もちろん考え方や趣味・嗜好の違いなど、異なる点は沢山ありますが、それは単なる違いとしてお互い受け入れられます。そういう単なる違いではなく、調和したいのに調和できないと感じる部分が表面化する時に、何かを伝えたいと感じるのだと思います。◆お互い気持ちを整理してからこういうことを長い年月二人でずっと繰り返してきました。きっとこれからも繰り返すのだろうと思います。喧嘩しながら「喧嘩したいわけじゃない」と言いながら。けれど体力・気力を消耗しますので、願わくはお互い「本当に伝えたいこと」「本当にわかってほしい気持ち」を整理してからにしたいものです。でも年々、お互い気づきが少しずつ早くなっているような気がします。◆長い日々による大きな変化昔、つきあっていた頃や結婚したばかりの頃は、「どう思ってるの?」と気持ちを聞いただけでブチ切れ、自分の気持ちに全く触れられなかった人が、今では、自分の気持ちを全力で説明し、さらに「どう思ってるの?」と質問してくるようになったことを思えば、これまでの長い戦いの日々はけっして無駄ではなかったと思います。◆夫婦で参加したワークショップそういう私自身も結婚3年目ぐらいまでは、本当に言いたいことが言えず、しくしく泣くしかなかったような可愛らしい時期もあったのですよ、いやほんとに(笑)でも、あるワークショップに夫婦で参加したとき、ブラジル人の男性セラピストが私の様子を見て「相手に対して無力になってはいけない」と注意してくれました。「どんなに好きな相手でもNOと言える必要はある」というような説明でした。そのワークショップで出会った年上の女性が、「私はまだ結婚もしていないけど、結婚相手との関係が宇宙にまで広がるイメージってすごいと思う」というようなことを言っていたのが印象に残っています。そのときは全くピンとこなかったけれど、長い結婚生活の中で、宇宙のつながりを感じられるようになり、何度かその女性の言葉を思い出しました。◆結婚生活を支えてくれた本そんな結婚生活を手探りで何とかしようともがいていた時に見つけた本があります。ちょうど3年前2015年の6月に書いたブログ『公園の父〜夫婦愛の完成法』で、「夫婦が一つになる」という表現は、20年以上前に読んだ本にも書かれていた覚えがあるのですが、本のタイトルも著者も思い出せず、参照できませんでした。と書いたのですが、先日その本を本棚の奥から見つけたのです。読み返してみると、これまでの結婚生活で、あきらめず投げ出さすにやってこれたのは、この本のおかげだったことがよくわかりました。タイトルも作者の名前も覚えていなかったのに、書かれていた内容をよく覚えていて、しかも、そこに書かれている方法を長年使っていることに気づいたのです。そしておそらく、この本のおかげで私は結婚生活を幸せな方向に育てることができたのだと感じました。◆何十年たっても感謝できる本本や記事の真価は、何十年という月日が経った後でも、「あの本のおかげで」「あの記事のおかげで」と感謝できるかどうかだと思います。この本はまさしく、そういう本です。穏やかで喧嘩ひとつせず何の問題もない夫婦や、適度な距離感で幸せな夫婦には必要ないかもしれないけれど、大好きなのに喧嘩してしまう夫婦や、もっと深く理解し合いたいという夫婦、またこれから結婚するけど不安な人や結婚生活に迷ってるような夫婦には、とても役立つ本だと思います。◆それぞれの形で幸せにこれが理想の形というわけではありませんが、困っている人には役立つかなあというところです。そこで結婚記念日を祝して、この本の紹介を記事にまとめてみることにしました。もし興味がありましたら読んでみてください。みなさまの結婚生活が、それぞれの形で幸せに暮らせますように。これから結婚する人が、それぞれの形で幸せに暮らせますように。◆本の紹介記事以下の紹介内容は、すべて下記より引用しています。【参考】『男女のスピリチュアルな旅』魂を育てる愛のパートナーシップジョン・ウェルウッド/著島田啓介/訳日本教文社/出版●二人の衝突を道にする●二人が一つになる●結びつき方のレベル●男女の情熱●結婚の次元と創造◆インナーウィッシュ最後までお読みいただき、ありがとうございました。愛と光と感謝をこめてインナーウィッシュ

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  • 19Apr
    • ●呼吸を合わせる癖〜エンパス体質との関係

      (1)幼少期から無意識に続く癖ふと気づいたのですが、私は無意識のうちに相手に呼吸を合わせているようです。思い返せば幼少時代からずっとですね。もしかすると私のエンパス体質は、それが原因ではないかと思うようになりました。幼少期、けっこう暴れん坊な父親が、今どんな感情で、次にどうなりそうかを予測することは、私にとって非常に重要なことでした。また、父親の感情が荒れている時に、どうすれば静まるのかを知ることも重要でした。幼少期に習得したそれらの方法は、「気を読む」ようなイメージだったのですが、具体的にどうやって気を読んでいるのかは上手く説明できませんでした。(2)無意識に呼吸を合わせていた今朝、長女がパソコンに苦戦している時、息苦しさを感じで私が窒息しそうになったのですが、これもよくあることで、家族は苦手なことに集中している時、息を止めるまたは呼吸が浅くなる癖があるのです。私は「お願いだから息をして」と毎回家族に頼んでいました。それは、エンパス体質の私も同時に息が苦しくなっていたからです。いつもその繰り返しでした。でも今朝は、ふと気づくことがありました。「もしかして、私が呼吸を合わせているからでは?」これは人生何十年も生きてきて、しかもエンパス体質で非常に苦労してきた中で、初めての気づきでした。(3)無意識に呼吸を合わせていた理由そしてよくよく思い返してみると、私は無意識のうちに、近くにいる人に呼吸を合わせているのです。それはいつからか?と遡って思い出してみると、最初に書いたように、幼少期からなのでした。理由は気を読むためだと思います。一方で大人になって気づいたエンパス体質は、何が原因でどのように起こっているのかわからず、避けられない体質のように感じていて、予防したり対策を練ったりするしかないという感じでした。私はまったく気付かないうちに、本当に無意識に自動的に、周囲の人に呼吸を合わせていました。それは幼少期においては危険を予防する目的で「気を読む」ためでしたが、長じて大人になった今は、「周囲と調和したい」という願いがあるからです。周囲と調和するためには、周囲と呼吸を合わせるのが一番簡単です。新しい環境にすぐ馴染めるのも、知らない人とすぐに打ち解けるのも、この「呼吸を合わせる」方法によるものでした。しかし、それがあまりにも無意識で第二の天性のようになっていたので、人に呼吸をあわせていることなど、自分でも気がついていませんでした。(4)呼吸を合わせる癖とエンパス体質の関係そして結果どうなったか。「呼吸を合わせて気を読む」という無意識の癖のために、私はエンパス体質で苦労することになったのです。周囲の人と呼吸を合わせ、周波数を合わせることで、周囲の人の感情や体感や苦しみなどを一切合切、自分の体内で感じることになりました。これはあまりにも自動的で無意識だったので、自分がきっかけ(呼吸を合わせる)を作っていることなど、全く思い至りませんでした。先日、母が電話で、「(私の次女の)息遣いが聞こえるようだ」と話していましたが、そうなのです。呼吸を合わせるというのは、近くにいるかどうかに関係なく、意識の問題なので、離れた人とでも呼吸を合わせることで、相手の感情や体感を読み取ってしまう場合があるのです。親しい人が死にそうな状況や、出産のタイミングなどで、(私が呼吸を合わせるのではなく)遠方に住む相手から一方的に送られてくる情報もあります。しかしそのような場合でも、こちらが周波数を合わせ続けない、つまり自分の呼吸に集中することで、体感のスイッチを切れるのではないかと思いました。このような危険な状態の場合、誰の体感なのか心配になり、意識を集中して、送られてきた情報を読み取ろうとしてしまいがちなので、そこは自分の気持ちと折り合いをつける必要がありますが。(5)自分の呼吸に集中する今日は、エンパス体質について解決の糸口をつかんだように思えました。「無意識に呼吸を合わせる癖」をやめて、「自分の呼吸に集中」すればよいのでは?ということです。いずれにしても、自動的に無意識に呼吸を合わせてしまうのではなく、調和したい時には呼吸を合わせ、体感を受け取りたくない時には自分の呼吸に集中する・・・というように、呼吸で調節ができるということが、ようやく今日実感できました。あまりにも自動的で無意識な癖というのは、自分の気質のようになかなか気付かないものなので、今日は気づけてよかったなと思います。関連記事●呼吸と周波数【日常生活の変容2】呼吸による周波数の大まかな調整について。エンパス関連記事●HSC(HSP)&エンパス【自己変容の道2】●人との距離感〜シンクロ・間合い・パーソナルスペース【ミニブログ】●感情移入と思いやり【アメーバブログ】●ほっとする~体共感との関係【アメーバブログ】●体共感を詳細に調整できるようになりたい。【アメーバブログ】最後までお読みいただきありがとうございます。愛と光と感謝をこめてインナーウィッシュインナーウィッシュHP

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  • 10Apr
    • ●人との距離感〜シンクロ・間合い・パーソナルスペース

      パーソナルスペースを心地よく保ちながら、人と適切な距離を保つ方法について。文末に関連記事『パーソナルスペースの違い』を追加しました。(1)シンクロの心地よさ先日、ある友人と一緒に行動している時、それまで感じたことのないシンクロした動きを感じて大変驚きました。何気ない行動だったのですが、私が動くと、同じ距離感、同じ方向に心地よく自然に動いていて、息もピッタリ。まるで一緒にダンスしているかのように心地よい調和が感じられたのです。その時思い出したのは、平昌オリンピックで金メダルをとった、スピードスケート女子団体パシュートの動きでした。3人のスケーターが、同じ距離感でシンクロしながら、一つの生命体のように美しく動く様子は、観ているだけでも心地よさを感じました。シンクロといえば、その友人の娘さんは、長女の合唱部の友人でもあるのですが、歌声をシンクロさせるのが上手く、その子が歌っていると自然に周囲の声が調和していき、まるで一人の歌声のように聞こえるのだそうです。シンクロしたり、調和したりすることが、親子で上手なことに感心しました。そういえば、次女が幼い頃、「ママの足音に合わせて歩くと気持ちいいよ」と笑っていたことも、主人と歩調を合わせてランニングして心地よかったことも思い出しました。このように、親しい人とシンクロして動くことは、心地よい喜びに満ちています。(2)間合いを取る剣道では「間合い」が非常に重要です。「一足一刀の間合い」つまり、一歩踏み込めば打突ができ、一歩退けば打突を避けられる距離を基本として、相手と向かい合います。この間合いを剣先で測りながら、前後左右に動き、勝負のタイミングを見極めるのです。剣道では、相手に間合いを測らせず、こちらが間合いを詰める好機を伺うことで、戦いを有利に進めることができます。このような「間合い」の考え方は、戦いを目的としない日常生活でも上手に使うことができます。つまり人との適切な距離感をキープするために「間合い」の考え方を使うのです。心理的な間合いを意識するだけでなく、物理的な間合いを意識することで、親しい相手とは近めの間合いでシンクロしたり、不用意に接近する危険な相手からは間合いを開けることもできます。心の距離だけでなく、立ち位置を足さばきで変化できるということです。(3)パーソナルスペース人にはそれぞれ快適なパーソナルスペースがあります。パーソナルスペースとは、人が自分に近づくことを許せる自分の周囲の空間のことです。パーソナルスペースは、男女・国・地域・生育歴によっても異なります。つまり人によって自分の空間の広さや、人との距離感は異なるということです。私はパーソナルスペースが広く、いつも広々した心地よい空間を保ちたいという欲求が強いのですが、その分、他者の体感を拾ってしまうエンパス体質で苦労することが多かったように思います。でも最近では、パーソナルスペースを広げたり、体にピッタリ引き寄せたりと自由に調節できるようになり、状況は改善していました。ですが昔から困っていたのは、急にパーソナルスペースに踏み込んでくる危険な相手に対して、とっさに対応できず固まって身動きが取れなくなることでした。これは、パーソナルスペースの認識を、心理的空間や、エネルギー空間としてとらえていたからだと思います。このパーソナルスペースを守るために、あらゆる方法を試したけれど、「自分の足で動けばパーソナルスペースも動く」ということを、すっかり見落としていました。もっとも簡単な「物理的な距離」というのが最後に理解できたというのもおかしな話ですが、シンクロしてくれた友人との経験や、剣道での間合いの経験と、心理的・エネルギー的なパーソナルスペースという認識が結びついた結果だと思います。(4)人との距離感の自由人との距離感を相手に任せていた時期が長かったので、自分が動けるということを忘れていたような気がして可笑しかったけれど、「自分で自由に間合いをとれる」ことに気づき、あらためて「足さばきの自由」を得られたような、清々しい気持ちになりましたので、忘れないうちに書いておこうと思いました。私は「自己の境界が守れない」という問題を抱えて転生していて、そのことが原因で色々派生した問題を生み出しているようです。ですから、この「自分の境界を守る」ことが自然にできるようになれれば嬉しいなあと心から思っています。親しい人とは近い距離でシンクロしたり調和しながら過ごし、そうでない人とは適切な距離や間合いをとり、パーソナルスペースを心地よく保つ、そんな自然な動きを日常生活に取り入れることができるといいなあと思います。また、同様のことでお悩みの方に何か少しでもお役に立てればと思います。自由に適切な距離を保ちながら、毎日を楽しく心地よく過ごせますように。関連記事●パーソナルスペースの違いパーソナルスペースが国や地域や生活環境によってどのように異なっているのかについてバーバラ・アン・ブレナンの著書より紹介しています。最後までお読みいただきありがとうございます。愛と光と感謝をこめてインナーウィッシュインナーウィッシュHP

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  • 10Jan
    • ●死んでもいいという父の言葉

      今日のテーマは『死んでもいいという父の言葉』です。ミニブログ『死んでもいいという父の言葉』に掲載した内容です。【目次】◆小学生の頃、父に言われた言葉◆反抗期の私と主夫の父◆本当に死にそうになった日◆反抗期から自分の責任へ◆父の病いを見守り応援する◆魂のチャレンジャーと見守る人へ◆小学生の頃、父に言われた言葉私が小学校高学年になった頃、父から言われた言葉。「死んでもいいと思うことにした」この言葉は当時の私にとって衝撃的な言葉でしたが、子育てをするようになって益々心に沁みる言葉となりました。これは、やんちゃで冒険好きだった私が一人自転車で遠出をするようになった時に、言われた言葉です。◆反抗期の私と主夫の父キモノの図案家をしながら主夫もしていた父は、幼稚園の先生をしていた母親が預かり知らぬ時に、私の反抗期の始まりを一人で受け止めてくれていました。当時の私は、とにかく「チャレンジしてみたい」「一人でやってみたい」「いろんな冒険がしたい」と男の子顔負けに「危ないこと」の限界にチャレンジするのが大好きでした。自転車で遠い街まで一人出かけることもしばしばで、幼い頃に自転車の乗り方を教えてくれた父は気が気ではなかったことでしょう。最初は色々な注意を伝え、「気をつけて」を繰り返していたのですが、ある日最後に出てきた言葉が、「死んでもいいと思うことにした」という父なりに腹をくくった言葉だったのです。◆本当に死にそうになった日「死んでもいいと思うことにした」と言われた日、私は自転車で本当に死にそうになりました。今でもよく覚えているのですが、T字路の坂道をブレーキもかけずに猛スピードで降りていて、突き当たりの道を横切ったトラックと衝突しそうになったのです。トラックの運転手が急停車してくれて、私も寸前で急ブレーキをかけ、トラックの若い運転手に怒鳴られただけで助かったという出来事でした。この時、「死んでもいいと思うことにした」という父の言葉が、本当にリアルに心に響き渡ったのです。「お父さんは私に死んでほしくないんだ」その時、突然、父の思いが実感として伝わってきて泣きそうになりました。◆反抗期から自分の責任へその日から、私は、自分の命を守ることに真剣になりました。「死んでもいいと思うことにした」という父の言葉の決断の重みを実感し、「反抗期」から「自分の責任」に切り替わった記念日となりました。反抗期の入り口にいた小学生の私にとって、父の言葉は大きな愛情と大人の決断を感じる重要なキーワードとなったのです。その後も父は、私の様々なチャレンジを見守り応援してくれました。重要なタイミングでは有難いアドヴァイスや忠告もありましたが、それ以外は失敗も黙って見守っていてくれたことが本当にありがたかったです。だから、長女の反抗期の時も、反抗期の入り口にいる今の次女に対しても、私はそのような決意をもって接しています。今日、このブログを書こうと思ったのも、次女が夕方一人自転車で遠出しているからだったりします。◆父の病いを見守り応援するさらに現在、父が難しい病気で入院しているのですが、父はお医者様と相談しながら、自分の力で乗り越えようと頑張っています。「何も口出ししないで欲しい。自分で乗り越えたい」と父の気持ちが伝わってきます。本当は色々なことを伝えたいけれど、父が私の自由とチャレンジを認めてくれたように、私も父の自由とチャレンジを認め、黙って見守り応援していたいと思っています。「死んでもいいと思うことにした」これは決して「死んでもいい」と思っているわけではありません。「死んでしまったらどうしよう」という自分の「恐れ」を手放すための言葉です。◆魂のチャレンジャーと見守る人へ父が私の魂のチャレンジを見守り応援してくれていたように、私も父の魂のチャレンジを見守り応援したいと思っています。魂のチャレンジャーである全ての子どもと大人たちへ魂のチャレンジャーを見守り応援している全ての人へ愛と光と感謝をこめてインナーウィッシュインナーウィッシュHP

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  • 15Oct
    • ●母という存在〜母の誕生日に

      写真:花屋まるよし(母の誕生日2017-アレンジメント)今日のテーマは『母という存在〜母の誕生日に』です。ミニブログ『母という存在〜母の誕生日に』に掲載した内容です。【目次】◆長女とのバトル◆母は大変ですよね◆幸せな母親になるために◆母親の祈り◆祈りの効果◆母という存在◆母の誕生日に◆父親の母親への愛情◆多くの母親のために◆長女とのバトル昨年のブログ『●家事は思いやり〜母の誕生日に』に引き続き、今年も長女とのバトルからスタートです。1年が経過して、長女にも成長は見られるようになりました。家事を手伝う時に多少の思いやりを込めらるようになったことと、自分の部屋を綺麗に保てるようになったことです。でも、自分担当の家事(1つのみ)が、毎日継続できないのですよね(涙)やるときは以前のように腹を立てたりふてくされたりせず、「思いやりをこめて」できるようにはなったのです。でも続かない。やったり、やらなかったり。そして「忙しそうだね、手伝うよ」といった類の思いやりは皆無です。部活も終わり、受験は控えているものの、ずいぶん時間もあるのですが。今朝は久しぶりに頭にきて、「お母さんになった時、思い知ることになるよ!」と言ってしまいました。◆母は大変ですよね色々なご家庭があるので一概には言えないですが、多くのご家庭では、家事のメインは母親が行なっているようですね。もちろんイクメンパパや主夫の頑張りも、あちこちで掲載されていますが、毎年のアンケートや統計をみても、全体的に大きな変化はないようです。ちなみにうちの実家は父が家で仕事をしていたので、そんな言葉がなかった時代から主夫・イクメンを続けていました。それでも、そんな家であっても、娘から見て、家事も仕事も頑張っている母親は、本当に大変そうで、4人子どもがいて実家が遠かったのもあるとは思いますが、時間があれば、疲労回復のため横になっている印象でした。でも、子ども時代には母親との楽しい思い出が沢山あって、手作りのケーキやパンを作ってくれたり、可愛い服を作ってくれたり、編み物を教えてくれたり、一緒に散歩して色々な自然を味わわせてくれたり、部屋の模様替えや飾り付けを一緒に楽しんだり、色々な話をしたり・・・本当に、いつ時間を見つけて関わってくれたのだろう?と今更ながら思います。たぶん、できる時に心をこめてしてくれたことが、母の思いやりと共に、良い記憶となって残っているのでしょうね。一日中家事や仕事をして、さらに子どもたちと関わってくれていた母は、今でも現役で仕事をしながらボランティア活動まで続けています。そして子育て時代よりも体力があるかのように元気なのです。もちろん年をとった分は体がつらいと話していますが。子どもの頃はよくわからなかったけれど、母親が、家族のためや人のために頑張れるのは、「思いやり」や「愛情」の力だと、自分が母親になって分かってくるようになりました。そうは言っても、毎日毎日の家事が365日一生続くと思うと、母親は大変だなあとつくづく感じます。◆幸せな母親になるために長女は、「家事を手伝ってくれる人と結婚するから大丈夫」と豪語していますが、子どもを産むことは母親しかできませんし、子どもが母親に求める愛情やお世話というのもあります。また「すべき」ではなく「やってあげたい」という気持ちも母親にはあるのです。つまり、子どもに手をかけてあげたいという気持ちが出てくるのです。長女が母親になって、「やってあげたい」のに「できない」と、経験不足、体力不足、仕事の過剰、などから後悔しても、子どもと関われる時期は限られているため、後の祭りです。幸せな育児生活を過ごすためには、それ以外の部分、毎日の家事や仕事やプライベートの「時間やエネルギーの使い方」を学び、生活の組み立て方などについて、少しでも知識や経験を積んでおいた方がいいと思います。このようなことは、実家にいるころ、母がよく話して聞かせてくれました。母がよく教えてくれたことは、「母親は外で力を全部使い切ってはいけない。子どもや家庭のための力を残して帰る必要がある」ということです。大学時代に、よく母と長々話をしていた記憶がありますが、思い返せば、母はいろんなことを教えてくれていたのだろうと思います。◆母親の祈り母はいつもいつも、長い年月、私たち子どものために、そして多くの人々のために祈る人でした。私は母の祈りを感じて感謝したり、泣けてきたりすることが何度もありました。「祈ってくれている」という安心感は、「心配されている」などとは異なり、とてもリラックスした気持ちになれます。私は、母の祈りにいつも感謝しています。◆祈りの効果祈りの効果について、昔本で読んだ大好きな話があります。ある人が高速道路で走っていると、数台前を走っていた車が事故に会い、救急車で搬送されたそうです。その事故から救急車で搬送されるまでの時間、数台後ろの車から、無事を祈り続けていたそうです。祈っていた人は、しばらくしたある日、電話で驚く話を聞きました。その時事故に会った車の運転手が、「死にかけて、車から上空に意識が昇っている時に、数台後ろの車から光の輪が次々と上がっているのを見かけた。その光を見ているうちに、意識が体に戻って助かった。警察にお願いしてカメラに映っていた数台後ろの車のナンバーから電話番号を調べ、電話をかけているのですが、あの時、あなたは何をしていたのですか?」と尋ねたのでした。そこで、「あなたの無事を祈っていました」と伝えたところ、「あなたの祈りによって救われました」と大変感謝されたそうです。この祈っていた本人も、祈りが形になって見えたことや、それによって意識が戻って助かったという祈りの効果に感動したそうです。次に私の体験ですが、私がうつ病で苦しんでいた時、何人もの友人から本が送られて来ました。でも以下のような体験は、その友達の時だけです。ある日、大学時代の友人が、お父さんが出版した詩集を送ってくれたのです。それを宅配便で受け取り、手に取った瞬間、その友人の顔が光輝くビジョンで観えました。びっくりして、彼女に電話し、「ねえ、もしかして私のために祈ってくれていない?」と尋ねたのです。すると友人は大変驚き、「どうしてわかったの?」と聞きました。そして、「祈ってる祈ってる」「集中的な祈りの期間で、1日に何時間も祈ってる。名前を書いた紙を置いて祈ってるよ」と驚きの事実を教えてくれたのです。これは本当に涙が出るほど嬉しい体験でした。彼女にとっても嬉しい体験になったようで、「祈りは伝わる」と皆んなに伝えたそうです。(ちなみに友人と私は共に魂の成長を支え合う大切な親友です)このように、祈りとは物理的な効果のある行動です。それは、祈りが周波数をともなって伝わるということなのです。呪いも念の一種ですが、これは人を殺す力もあります。心配は祈りではなく悪い引き寄せに繋がるので手放す方がいい感情です。また、自分に都合の良いエゴイスティックな祈りは、自分にも相手にもよくない結果をもたらします。ですから、祈りの質は非常に大切で、純粋な祈りに近づけることで、良い効果につながるのだろうと思います。自分の祈りや念がいつか必ず自分に戻ってくるということを念頭に置いておけば、より純粋な祈りに近づくのではないかと思います。私は他者のために祈る時は、「神の御心のままに。良い方向に向かいますように。」というような気持ちで祈るようにしています。なぜなら、最善のことは私の小さな視野ではわからないだろうと思うからです。◆母という存在母という存在はみんな、子どものために多かれ少なかれ祈っているものです。子どもの無事や幸せをどこかで祈り願ってくれています。その表れ方は、子どもの思い通りでないかもしれず、言葉や態度が気に入らないものかもしれないですが、それでも、深い部分で子どものことを思いやってくれているのです。自分は男だからとか、自分には子どもがいないからという方も、世界中の全ての人は、母という存在のお腹から生まれてきました。その意味で、「母という存在」に無縁の人はいないと思います。子どもを殺してしまったり、虐待してしまったりというニュースもありますが、必ずどこかで、それは死んでしまってからかもしれないですが、必ず子どものことを思う時がくると思います。「母という存在」とはそういうものだと思います。◆母の誕生日に今日は母の誕生日です。これまで育ててくれて、見守ってくれて、ずっと祈ってくれている母に感謝をこめて書きました。「秋の実り」をテーマにした花のアレンジメントを、花屋まるよしさん(大好きなお花屋さんです)が心をこめて贈ってくださいました。写真:花屋まるよし(母の誕生日2017-アレンジメント)これまで頑張って生きてきた母に沢山の実りがありますように♪◆父親の母親への愛情先日電話で、父親がいいことを話してました。うちの母は、天然でマイペースで、人が理解できない言動も多いのですが、(私は娘なので母の深い理由や目的は大体わかります。)そんな母親について人からとやかく言われても、父は、『短い余生、夫婦守り合って、仲良く生きるのが一番大事だとしみじみ思う』と母を守って行くつもりだということを話していたのです。金婚式を過ぎても仲のよい二人に驚かされると共に、これからも末長く、夫婦仲良く暮らしてほしいなと思います。◆多くの母親のために朝、ランニング&ウォーキングをしていると、小さな女の子の手をつないで幼稚園に歩いて連れて行く、疲れた表情の若いお母さんを毎日見かけます。私も12年間、娘の手をつないで保育園に通ったので、昔の自分を思い出し、毎朝毎朝、心の中で「お母さんがんばって。今はつらい時かもしれないけど、きっと楽しい時もくるよ」とお母さんの幸せを祈っています。私も「娘さんと歩いているのを見てたよ」と後から聞くことが多かったので、沢山の人が祈っていてくださったのだろうなと思います。子育てを楽しみつつも、人知れず苦労を重ねている多くのお母さんのために、心からお祈りしています。また、そんなお母さんたちを見守り助けているお父さんや、職場や周囲のみなさまには、心から感謝いたします。私たちを生み出してくれた母という存在が幸せでありますように。また、母のように全ての人を思いやる心優しき人々が幸せでありますように。という祈りをこめて。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。みなさまの幸せをお祈りしています。愛と光と感謝をこめてインナーウィッシュ日常生活の変容【インナーウィッシュ】

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  • 05Sep
    • ●キリストに出会うということ

      ドリーン・バーチュー氏に関するニュースがきっかけで本ブログを書くことになりました。文末に2017年11月11日の追記があります。ドリーン・バーチュー氏のニュースドリーン・バーチュー氏のニュースは下記の内容でした。『ドリーン氏が、イエスキリストに出会い、カード占いやアセンデッドマスター、タロットカード、占い、書籍発行を全てやめたそうです。このビデオですよ!ドリーンバーチュー自らがメッセージしています。』https://www.youtube.com/watch?v=6qVnUxdXhkUドリーン・バーチューが2017年1月7日にイエスに出会い、同月に洗礼を受けてクリスチャンとなり、占いもエンジェルヒーリングもアセンデッドマスターもオラクルカードも天使のチャネリングも全て止めました!本やカードの印刷も停止するようにと出版社に依頼したそうです。(2017年8月28日に公開された上記動画の概要より引用)私はインナーウィッシュのサイトで、ドリーン・バーチュー氏のオラクルカードや、エンジェルナンバーを紹介していますが、同時にキリストの言葉なども紹介しています。そんなこともあり、この方はメッセージを送ってくださったのかもしれません。理由はともかく、私はこのニュースと動画に少し驚いてしまいました。なぜなら、ドリーン氏は、すでにキリストに出会っていたものと思い込んでいたからです。その上で今までお仕事をされていたのかと勘違いしていました。彼女の信仰告白を聴いて、今回が生まれて初めてイエスキリストとの出会いだったのだということがわかりました。そして彼女の救いの実感が非常によく伝わってまいりました。ドリーン・バーチュー氏は動画の中で次のように伝えています。『イエスの存在をただ「信じる」のではなく「知る」ようになったのです』『裁きではなく憐れみを持っており各自に託した使命を果たしてほしいと願っているようでした。』『そのような体験の後、人生が爆発したようでした』『何で本当のイエスだとわかるのか?と聞いてくる人がいます。イエスの振りをする存在もいるからです。私もそのことは知っています。』『本当にイエスと会ったと言えるのは、御言葉には「実によって彼らを見分けることができます」と書いてありますが(マタイ7:15)イエスと出会った後の自分が完全に変わったからです。』『神の御心に沿いたいと思うようになり、御心に反するものはやりたくなくなったのです』私は、2001年(34歳)の頃、キリストに出会い救われてから、インナーウィッシュの仕事を開始しました。仕事の出発点がイエスキリストとの出会いだったのです。しかし、キリストも高次の世界にも全く興味関心がなく、宗教も嫌悪している世界中の人々に、このような世界を周知するのは至難の技だろうと当時は絶望的に感じていました。ところがドリーン氏は、それを見事にやってのけていました。私は神が彼女にこのような仕事を与えたのだと感じていたのです。ですが今、この時点で、彼女がキリストに目覚めたということは、これまで集めてきた大勢の人々をその方向に導いていくのではないか?と感じました。この方向とは、キリスト教という宗教に勧誘するという話ではなく(これはキリスト教を否定する意味ではなく押し付けではないという理由で)、「キリストに出会う」方向に導くという意味です。キリストに出会い転じる人※この部分の記事を一部削除・修正しました。キリストに敵対する活動をしていた人が、キリストに出会い、生き方を変えるケースも増えているようです。キリストに守られている人々を攻撃できなかったような体験から、自身も守ってもらえるかもしれないという希望の光を見出し、実際にキリストに出会って信じるようになり、強く守られ始める、そういうプロセスです。思い出したのは、イエスの弟子たちを迫害し殺していたパウロ(サウル)がイエスの声を聞き異教徒への伝道師に生まれ変わる「パウロの回心」です。●パウロ、自分の回心を話す(使徒言行録22:6-9)旅を続けてダマスコに近づいたときのこと、真昼ごろ、突然、天から強い光がわたしのまわりを照らしました。わたしは地面に倒れ、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか』と言う声を聞いたのです。『主よ、あなたはどなたですか』と尋ねると、『わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスである』と答えがありました。一緒にいた人々は、その光は見たのですが、わたしに話しかけた方の声は聞きませんでした。●パウロ、異邦人のための宣教師となる(使徒言行録22:17-21)さて、わたしはエルサレムに帰って来て、神殿で祈っていたとき、我を忘れた状態になり、主にお会いしたのです。主は言われました。『急げ。すぐエルサレムから出て行け。わたしについてあなたが証することを、人々が受け入れないからである。』わたしは申しました。『主よ、わたしが会堂から会堂へと回って、あなたを信じるものを投獄したり、鞭で打ちたたいたりしていたことを、この人々は知っています。また、あなたの証人ステファノの血が流されたとき、わたしもその場にいてそれに賛成し、彼を殺す者たちの上着の番もしたのです。』すると、主は言われました。『行け。わたしがあなたを遠く異邦人のために遣わすのだ。』このような新約聖書の時代と同じようなことが現代に起こっているのを知ると本当に驚きです。おそらくこのような方はこの先、多くの罪に苦しむ人々を救い続けるのではないかと想像しています。その道のりでの様々な苦労や浄化のプロセスを、キリストとの毎日の内なる関わりの中で支えられながら、乗り越えることができますようお祈りしています。私自身のキリストとの出会い私自身の体験を書くかどうしようか迷ったのですが、こういう機会でもないと一生書かずに終わってしまう可能性もありますので、書いておこうと思いました。私は、インナーウィッシュサイトのプロフィールにも詳しく書いていますが、幼児洗礼のクリスチャンで、かつ仏教にも縁のある子供時代を過ごしています。仕事の激務から27歳の頃うつ病になったことがきっかけで、心理学や自己啓発や宗教や、病院・カウンセリング・セラピー・ワークショップ・セミナーなどあらゆる方向に助けを求めていました。勉強や体験を重ねるうちにうつ病は回復したのですが、魂の渇きとでもいいましょうか、根本的な何かが解決しないまま、転職や出産を経て、30日間の霊性プログラムで黙想し、「声を聴く」方向に導かれていきました。そんな34歳のある日、一人で立ち寄った誰もいないイグナチオ教会の主聖堂で祈っていると、突然「待っていた」という声が聴こえたのです。驚いてあたり見渡しても誰もいません。もう一度祈ると、「あなたのことをずっと待っていた」という声が響き、それが聖堂全体から圧倒的で完全な愛と憐れみに満ちた存在感をもって鳴り響いたのです。私の魂はこの時初めて完全に満たされたように感じ、探していたのは、この存在感だと実感しました。そして突然、「キリストがずっと待っていてくれたのだ!」ということに気づき涙が止まらなくなりました。まるで放蕩息子を待っていた父親のように、キリストはさまよえる魂の私と出会うために待ってくれていたのです。(この「待っていた」の意味は過去生を思い出すに従って、より深い意味を知るようになりました。)しかし、その時はとにかくキリストが私を待っていてくれたという喜びに満たされながら、感謝の祈りを唱え続けました。たぶん1時間くらい祈っていたと思います。その後、帰宅してから我に返り、あれは何だったのだろう?キリストの声かと思ったけれど、もしかすると勘違いかもしれない・・・と思い始めたのです。でもその瞬間、キリストが傷ついたハートを示すビジョンが現れ、何もおっしゃらず、じっと私に顔を見つめておられるので、苦しくなり、「そのようなビジョンでは何もわかりません。声をお聞かせください」とお願いしました。それは非常に苦しいお願いで、頼んでみたものの、実は何も聞きたくないという気持ちもありました。なぜならば、聞いてしまったら、自分の人生が変わってしまうことが無意識にわかっていたからです。それでも苦しくて聞かずにはいられませんでした。その声は私に言いました。「あなたの知っていることを伝えなさい」やっぱり一番聞きたくない言葉でした。それは夢でも言われた内容です。(●聖母マリアの夢~表現すること)私は小さい声で「はい、少しづつなら…」というような答え方をしたように思います。それからとても苦しみつつインナーウィッシュのサイトを立ち上げ、これまで16年間、少しずつ少しずつ、知っていることをアップし続けています。ものすごくスピードは遅いと思います。なぜならば、やはり現実的な生活や人間関係とバランスを保ちながら進めたいからです。そして自分でも認めますが、とても臆病だからだと思います。それでも、今日はこのような機会に、また少し書くことができたので、(みなさんがどう感じるかは別として)内心とてもホッとしています。インナーウィッシュが「日常生活の変容」をテーマにしているのには訳があります。キリストは今も多くの方に語りかけていると思います。それはマザーテレサも伝えています。(●マザーテレサの祈り)けれど、人生を激しく変えてしまいたくない多くの人は、かつての私のように「聞きたくない」と感じるように思うのです。大きな変化は恐ろしいと思ってしまうのは無理もないと思います。でも、私のように聞いてしまっても、日常生活の中で、少しずつ変化していく道もあるのだとお伝えしたいのです。自分自身の魂の浄化や、生活の課題に取り組みながら、少しづつミッションを一歩づつ実現していく、そんな道もあるとお伝えしたいと思っています。そしてそのような道も、キリストは毎日応援してくださっています。ですから、キリストに出会うことを無意識に求める人が(必要のない人に強要するものではありません)、ご本人が受け取れるような良いタイミングで出会うことができますよう、心よりお祈りしています。◆2017年11月11日の追記「キリストに出会う」ということは、自己の内なる光の道にたどり着くことです。ですからその後、生き方がフラフラせず性根が座ったような状態になります。その後も何かを探し求めてさまよっている場合は、もう一度きちんと「キリストに出会う」ことを願うことをおすすめします。また、「キリストに出会う」ことによって他の全てを否定するようなことにはならないと思います。それはキリストが「わたしたちに逆らわない者は、私たちの味方なのである。」と説明している通りです(キリストの言葉)。ですから、もしいきなり排他的になってしまうなら、それはキリストへの道ではなく「狂信者」への道を進んでしまっているのだと思います。また、キリストを観るということは重要ではなく、キリストの与える助け主である聖霊に導かれることが重要です。「助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。(キリストの言葉)」キリストは完全な愛を与えてくださっていますが、私たち人間が完全な愛を実現するのは難しく、いつまでたっても途上だと思います。それでもキリストの愛を知ることで少しずつ前進できるのではないかと思います。愛と光と感謝をこめてインナーウィッシュキリストの言葉すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイ11章28)求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。(マタイ7章7-8)●キリストの言葉【自己変容の道】より●キリスト【役立つ情報】●キリストの言葉【自己変容の道】●マザーテレサの祈り【自己変容の道】日常生活の変容 インナーウィッシュ

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  • 25Aug
    • ●観音の力と慈悲

      観音の力坂村真民の詩に「力」という力強い詩があります。◆力生きていく力詩を作り続けてゆく力痛みに耐えてゆく力弱さに打ち勝ってゆく力世のため人のためになる力そういう力を授け頂くために大宇宙の生命が一番充実し躍動している混沌未明の刻に座し夜明けゆく天地の力を吸飲摂取して祈るああわたしが切に乞い願うのは観音妙智力念彼観音力自在の神力迷える羊を救う光明功徳の威神力どうかこの力をお与えください坂村真民の詩は『念ずれば花ひらく【自己変容の道】』をご覧ください。この「観音妙智力」という言葉は、「法華経」の観世音菩薩普門品の中の"観音妙智力 能救世間苦”という表現にあるようです。『救世は「人々を世の苦しみから救うこと」であり、救世だけで観音の別名ともされる。救世観音の名称の由来は「法華経」の観世音菩薩普門品の中の"観音妙智力 能救世間苦”との表現にあると推測される』(Wikipedia「救世観世音菩薩」)「観音妙智力」という言葉は、人びとの苦しみを救ってくれるような「観音の優れた力」と訳されています。ちなみに下記の観音経(法華経普門品)には、観音菩薩がどのような方法で苦しみから救ってくださるか意訳されています。『人々が困難にあい、さまざまな苦しみにさいなまれるとき、この観音の優れた力が、人々の苦しみを救ってくれる。』(観音経(法華経普門品)「観音妙智力 能救世間苦」の訳)注)スマートフォンで文字化けする場合は、下記を参照してください。妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五(みょうほうれんげきょうかんぜおんぼさつふもんぽんだいにじゅうご) 現代語訳↑正法(大乗経典の翻訳サイト/加藤康成氏)は、他の翻訳ページも大変参考になります。観音の普門示現観音菩薩が人びとの苦しみを救う時に、人びとの性格や仏の教えを聞ける器に応じて、色々な姿で現れることを、観音の普門示現(ふもんじげん)といいます。あらゆる人を救い、人々のあらゆる願いをかなえるという観点から、さまざまな超人間的な姿に表されることが多いとか。この普門示現の考え方から、六観音、七観音、十五尊観音、三十三観音など多様多種な別身を派生するに至ったそうです。普門示現とは?【自己変容の道】観音と般若心経高校時代に授業で習った般若心経。「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時」で始まりますが、この「観自在菩薩」が観音菩薩だとはっきり意識したのは、今の仕事を始めてからのことでした。般若心経とは観音菩薩が得た悟りの説明文なのだと、下記内容から理解したのです。観自在菩薩が得た悟りとはどのようなものかが語られています。【漢訳】観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空 度一切苦厄【現代語訳】観自在菩薩(観音菩薩)は彼岸に渡る深い智慧(無常・無我)を体得し、苦の原因となる無明を見極め、五蘊(色・受・想・行・識)のすべてが空であると看破されました。そして、いっさいの苦より解脱されました。【参考】『般若心経【読む・聞く・書く】』法楽寺住職 小松庸祐/西東社般若心経(小本)_解説【自己変容の道】それは高校時代にも学んだことですが、観音菩薩の慈悲に出会ってようやく、般若心経が観音菩薩の慈悲によって説明されたものだと実感できたのだと思います。観音の慈悲観音菩薩のあまねく宇宙に広がる力の全てを知るには、全くもって能力が不足していますが、観音の力の中でも「慈悲」の力は、私自身がたくさん受け取ってきたという思いがあります。何度も何度も、慈悲の力に助けてもらったという感謝があるのです。ですから、できるだけ多くの方に、どうすればこの「観音の慈悲」を伝えることができるのか何年も苦心している次第です。私自身が慈悲を実践できれば、それが一番なのでしょうが、慈悲を受けとるのが精一杯、理解しようとするのが精一杯、少し慈悲に向かって努力するのが精一杯な現状です。でも、微力ではありますが、観音菩薩の慈悲は素晴らしいということを色々な形でお伝えしたいと思っています。多くの方が観音菩薩の慈悲に出会うことができますように。慈悲【役立つ情報】上記ページに慈悲の関連リンクを掲載しています。観音(クァン・イン)【エネルギーチャージ】上記ページに観音の関連リンクを追加しました。日常生活の変容 インナーウィッシュ

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  • 23Aug
    • 今日は処暑。夏の疲れを癒しましょう♪

      今日は処暑「暑さが峠を越えて後退し始めるころ」です。そろそろ夏の疲れを癒して、自分の目的や願いに戻りたい時期ですね。夏の終わりに聴きたい音の癒し動画も紹介しています。●夏の疲れを癒す【今日の言葉】再掲日常生活の変容 インナーウィッシュ

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  • 19Aug
    • ●変異における身体的症状はスポーツにおける筋肉痛のようなもの

      ◆変容プロセスの症状についてインナーウィッシュのHPで『エンジェルナンバー』に次いでアクセス数が多いページは『変異における身体的症状』です。このページでは、変容プロセスの各段階(ライトボディレベル)で身体に現れる様々な症状についての説明を、『ライトボディの目覚め』という書籍から紹介しています。毎日毎日、このページにアクセスする人が後を立たない現状を見ますと、多くの方が変容プロセスの途中で、さまざまな身体的症状に悩まされているのではないか・・・と想像できます。私もこれまで長い年月にわたって、数々症状に出会ってきました。頭痛・腰痛・手のしびれ・心臓の痛み・発熱・嘔吐・下痢・疲労・電球が飛ぶ・電気製品のショート・・・。◆症状の扱い方その度に「また変化の波がやってきたなあ、やれやれ・・・」と感じ、2013年には、変化の波と身体的症状について、ブログを書いたこともあります。(アメーバブログ『変化の波と身体』)また、変化のプロセスの入り口に立って戸惑う方のためには、「変異についての考え方」という記事を書き、苦痛な症状かもしれないが「生理」のようなものと表現したことがあります。その後も、変化の波が訪れるたたびに、色々な症状に出会ってきたわけですが、随分年月がたった今、「変異における身体的症状の扱い方」について感じることがあり、あらためて表現してみることにしました。◆激しい胸の動悸を感じる周波数『アクエンアテンと弥勒菩薩』という2012年に書いたブログで、アクエンアテンと弥勒菩薩に関連する情報に接すると「激しい胸の動悸」を感じる、と表現したことがあります。実を言いますと、最近でも同じで、この両者の情報に接すると「激しい胸の動悸」を感じていたのです。当時は全くわけがわからなかったのですが、今はっきりわかることは、この両者に共通する周波数を受け取った時の身体的症状だ、ということです。◆スポーツにおける筋肉痛としてこの動悸を感じるますと、非常に動揺して疲れるのがいつものパターンだったのですが、先日ふとした瞬間に、ある直感を得ました。それは、この「激しい胸の動悸」は、ランニングでスピードをあげた時の「筋肉痛」のようなものではないか、と。つまり、筋トレやランニング他スポーツで、自分のレベル以上のステージで身体を使った時に起こる筋肉痛のようなものだ、と。筋肉痛はスポーツでレベルアップする時にはつきもので、使っていない筋肉を使ったり、いつも以上にスピードや負荷をかけると起こります。でもそれを恐れる必要はないし、そのレベルに身体が慣れてくれば、自然に治ってしまいます。ただし、無理しすぎると故障の原因になりますが。変異における身体的症状が「スポーツにおける筋肉痛のようなもの」と実感できた時、これまでの憂鬱さは消えて、何か晴れ晴れと爽やかな、ちょっとチャレンジ精神につながる気分を得ることができました。◆積極的に慣れるそこで、「激しい胸の動悸」も筋肉痛のように慣れれば平気になるはず、と筋肉痛にもアクティブレストするランナーのように、直面する気持ちでいますと、あっという間に慣れてしまい、細かい振動程度にしか感じなくなりました。そして、「この周波数は受け取れる」という感触を得たのです。以前は、変異における身体的症状を「女性の生理」のように成長にともなう身体の変化と表現したわけですが、それですと何か「仕方ないが受け入れるしかない・・・」というような、ちょっと否定的で受け身な感じになってしまいます。◆前向きに明るく成長するでも、変異における身体的症状は「スポーツにおける筋肉痛のようなもの」と表現すれば、もう少し、積極的に前向きに、これからレベルアップするぞ!というような希望を感じられるのではないか、そんな風に感じました。まあ、これはあくまでも私の印象ですので、参考になるかどうかわかりませんし、スポーツ大嫌いという方には、かえって嫌な印象になるかもしれないので申し訳ないのですが、少なくとも、「成長していく」「慣れていく」という印象を持つことは、役に立つような気がします。身体的症状も、ステージアップの筋肉痛のように前向きに受け止めながら、子ども達の輝く成長プロセス同様に、魂の成長も、明るく光に満ちたプロセスとなりますよう祈っています。☆関連ページ変異における身体的症状ライトボディレベルアクエンアテンと弥勒菩薩日常生活の変容 インナーウィッシュ

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  • 16Aug
    • ●役割を果たす

      「役割を果たそうとしている人」を見ると、応援したくなります。たとえそれが、人から評価されないような小さな役割であっても、「この人はこのために生まれてきたんだ」と感じられると、魂が共振するのです。逆に、どれほど多くの人から評価されていても、どれだけ大義名分があったとしても、その目的がエゴからきてるなあと思うと、残念ながら全く興味が持てません。これは本当に無理なのです。「役割を果たす」というのは、大きな仕事、小さな仕事など全く関係ないですし、仕事か家事か趣味か遊びかも関係ありません。ふとした瞬間に、「持って生まれた役割」のような光が垣間見えるのです。「役割を果たす」とは、自分のためのことではないのだと思います。宇宙が地球のために創った大きなパズルの1ピースのように、その役割を果たすこと。それによって賞賛や感謝は必要なく、ただ「それが自分の役割だ」と無意識に感じていること。人になかなか理解されず、色々と困難があっても、ひたむきに役割を果たそうと努力し続けている人。そんなふうに純粋に黙々と「役割を果たそうとしている人」をこれからも、応援していきたいと思っています。「役割を果たす」関連ページ●宇宙と調和する役割【日常生活の変容】●人生の目的と役割【自己変容の道2】●魂の目的【自己変容の道2】日常生活の変容 インナーウィッシュ

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  • 11Aug
    • ●まっすぐな道

      時々「まっすぐな道」という言葉が降りてきます。そういう時は、なんとなく道草食ってたり、ちょっと迷っていたりする時です。「まっすぐな道」という言葉には、何か背筋が伸びるような、道を正されるような、自分の道に引き戻されるような不思議な力があります。「道」に関する記事・ブログ↓●聖フランシスコ-アッシジの光●曲がりくねった道の先に・・・●道~子供達の好きな詩~自分を信じる力を鍛える日常生活の変容 インナーウィッシュ

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  • 10Aug
    • ●子供の成長って早いですよね♪

      今日は次女の中学の部活体験日。あと半年ほどで中学生です。子供の成長って早いですよね〜♪先日、お祭りに行った時、次女の自転車に置いて行かれた上、帰宅後は自転車のタイヤに空気をいれてもらい、いつの間にか逞しく成長していることに気づかされました。そういえば、自転車の練習中だった幼い頃にも置いて行かれたことがあったなあ…と懐かしく思い出しました。当時も今もかけがえのない時なのですよね、きっと。2011年 次女6歳の自転車練習ブログ⇩●ブログ『小さな背中にありがとう』日常生活の変容 インナーウィッシュ

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  • 17Feb
    • ●バレンタイン2017〜娘との顛末記

      今日のテーマは『バレンタイン2017〜娘との顛末記』です。ミニブログ『バレンタイン2017〜娘との顛末記』に掲載した内容です。●今年は軽い愛毎年、「ママは今年何作るの?」と聞かれるのですが、娘達にもプレゼントするので「秘密〜!」と答えています。実は、当日になるまでアイディアが浮かばないのですけれど。「ママは毎年毎年ちがうものを何十年も作っててネタがつきないの?」とも次女に聞かれました。意地でも(笑)同じものを作ったことはないです。そんな今年のチョコ、テーマは「軽い愛」(笑)。毎年毎年、粉物にチョコたっぷりの重い重い愛で、パパに「もう食べられない」と言われるのが悲しいので、今年は「軽さ」重視で選んだ「チョコパイ」。●バレンタイン♡メッセージ付*チョコパイ*↑こちらのレシピを参考に、焼き加減とデコレーションをアレンジ♪短時間で簡単に作れるのでオススメです!(Banyangardenさんに感謝)チョコパイ大好きなパパは、3本ペロリと完食してくれました♪「軽い愛」大成功です!●永久にチョコ作るものだと思ってた先日、長女がこんな話をしていました。「高校のクラスメイト達が『チョコ作りも今年で最後か〜』と話しているのを聞いて、なんだか違和感があったんだけど、理由がわかった!」「ママは今でもずっとチョコ作ってるから、永久に作り続けるものだと思ってた」私たちは今年銀婚式(結婚25周年)、出会ってから30年を迎える夫婦ですが、毎年毎年バレンタインにはチョコを作っています。というか、私が小学生時代から数えると、すごい年数作ってます。単純に作るの好きなんですけどね(その割に上達しないのですが)10年くらい前からは長女も一緒に、最近では次女も一緒に、3日間スケジュール調整して作るようになりました。パパと娘と友チョコお礼用にしか作らない私と違い、娘達は工場のように大量生産です。●彼女持ち男子に手作りはやめとけ中2くらいまではラッピングの手伝いが必要だった長女も、高2の今年は夜中の1時までかかって全部自分で、売り物レベルの仕上がりになってました♪そんな長女は、女の子の友チョコ以外にも、仲良しの男子やお世話になった男子にもあげていました。私もよく知っている子達で、私からもお礼を言いたいくらいお世話になった友達です。それは全然問題なかったのですが、今年の長女とのバトルは、「カップルの男子だけにあげんなよ!!」ということでした(笑)本人は全く悪気もその気もなく、他の男子同様に感謝の気持ちでいっぱいなものですから、「なんでよ〜!別にいいじゃんか」と反論しきり。「いやいや、彼女持ち男子に手作りはやめとけ」と、いろんなサイトの情報を駆使して説得し続けた1日。長女の反論は「そんなんじゃないから」の一点張り。わかっているんですよ、感謝の気持ちしかないことは。でもね、余計な心配をしてしまう、彼女の気持ちを考えたことはありますか?彼女が仲良しの友達でよく知ってるからって、何も感じていないとはかぎらないですよ。カップルの友人は同性を大切に扱った方が良いのでは?●瓜田に履を納れず、李下に冠を正さずとにかく、なんとか長女に理解してもらおうと翌日伝えたのが、「瓜田李下(かでんりか)」のたとえ話でした。瓜畑で靴を直せば、瓜泥棒と疑われ、すももの木の下で冠を直せば、すもも泥棒と疑われる・・・だから、人に疑われるようなことはしない方がいい。「君子は未然に防ぎ、嫌疑の間に処らず、瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」という『古楽府・君子行』からの言葉です。これが、予想外に長女の腑に落ちたらしく、一瞬で「わかった!もうやめとく」という結果になりました。おそるべし故事成語の威力。。。長女は全くそんな気なく感謝の気持ちで渡したつもりでも、知らない人が渡した事実だけ見たら、そんな風に見えるかもしれないと、納得したそうです。●男女の仲にちょっかいを出さない十不善行(苦しみの原因であるため心の中からも取り除く必要がある十の善くない行ない)にも、「邪淫」(自分の妻や夫以外の人と深く交わること)が苦しみの原因であると説明されています。参考)苦しみの原因を取り除くカップルでも夫婦でも、よその男女仲にちょっかいを出すことは、何かしらトラブルの種となるので、やめておいた方がいい、そういう風に長女に説明しました。芸能界のニュースでも夫婦のトラブルで人生の途中に、それまでの成功を棒に振っている方々が沢山いらっしゃいます。大変辛いニュースです。他人の男女仲にちょっかいを出すと、いつか自分にトラブルの種がやってきます。自分の彼氏や旦那さんにちょっかいを出す女性に嫌な思いもすることになるでしょう。自ら自分の人生に不幸の種を蒔くことになるのです。更にひどいことをしてしまったら、後々の人生何回生まれ変わっても後悔と苦しみが続くかもしれません。逆に他人の男女仲を大切に扱えば、自分達の男女仲も大切に扱われるようになります。自分が信頼されるような態度で接することは、信頼できる態度で接してもらえる結果につながります。ちょっとしたトラブルの種も未然に防ぐことは、後々のしあわせな人生に役立つのです。●わらぐつの中の神様そんな長女とのやりとりに疲れていた夕方、次女が音読の宿題で「わらぐつの中の神様」を上手に読んでくれました。私が小学生の頃に教科書で読んだことのある大好きな話です。その「わらぐつの中の神様」の懐かしいラブストーリーに、心が温かくなりました。そこで、頑なになっている長女に下記のあらすじをLINEで送ってみました。◆わらぐつの中の神様(こたつの人)すると長女から「知ってる話なのに、泣いた」と返信がありました。「使う人の身になって、心をこめて作ったものには、神様が入っているのとおんなじだ。それを作った人も、神様とおんなじだ。おまんが来てくれたら、神様みたいに大事にするつもりだよ」とプロポーズしてくれた若い大工時代のおじいちゃん。「神様とまではいかないようだったけど、でも、とてもやさしくしてくれたよ」とラブストーリーを話してくれたおばあちゃん。そんな風にお互いを大事にできる、しあわせなおじいちゃんとおばあちゃんになれたらいいね、と長女と話した夜でした。長女はそれからYouTubeで「朗読 わらぐつの中の神様」に聴き入っておりました。●朗読 わらぐつの中の神様●お互いを大事にできる関係を最後まで読んでくださって、ありがとうございました。2017年のバレンタインデーは、長女といろんな話ができた1日でした。お互いを大事にできる関係を築いていくことができますように。愛と光と感謝をこめてインナーウィッシュ【inner-wish】インナーウィッシュ●関連記事●瓜田李下【今日の言葉】瓜田に履を納れず李下に冠を正さず。詳しくはコチラ>●InnerWishメニュー●ミニブログ●アメーバブログ●今日の言葉●役立つ情報●ホーム

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  • 15Oct
    • ●家事は思いやり〜母の誕生日に

      今日のテーマは『家事は思いやり〜母の誕生日に』です。ミニブログ『家事は思いやり〜母の誕生日に』に掲載した内容です。写真:花屋まるよし(母の誕生日-アレンジメント)◆長女とのバトル最初にしっかり褒めておきますが、現在高2の長女は、中学では吹部の部長として初の県大会に出場、高校では音楽部の部長として初の全国大会に出場、中高共に80名を越える部員をまとめ、しかも大変仲の良い、お互いを思いやるチーム作りが得意。人柄にも定評があるので、友達のお母さん達からは大絶賛されています。・・・しかし、これは外での話・・・家では何もしない「ずぼらまんじゅう」と呼ばれるダラシナイ不機嫌な長女。詳しくは書けませんが、小5の次女からも「5歳児か」と呆れられお世話される日々。ですから長女の評判が良ければ良いほど、家族はいつも「いや〜・・・」とお茶を濁し、時には真実を暴露して長女に怒られ・・・の繰り返し。そんな長女の行く末を案じる私は、身の回りの世話や家事の大切さを説明するのですが、高校生にありがちなキレキャラで応戦する長女。先日も、いつものように朝からのバトルが、登校してからのLINEに続き、二人で「絶対折れるものか!」とメッセージを送り合っていたのです。そんなLINEのやりとりの中で、何気なく私が送った、「家事は全て家族への思いやりから成り立っているんだよ」という言葉。この言葉から、突然、長女の態度が一変しました。何か腑に落ちたらしいのです。以下は長女に伝えた内容です。◆家事は思いやり「家事は全て家族への思いやりから成り立っているんだよ」家族への思いやりは、結婚して生まれるものではなく、生家で育てていくものなんだよ。伝統的に。思いやりを形にする方法を学ぶの。思いやり深い妻や母になりたいなら、今から家族への思いやりを形にする方法を学びなさい。それは、日々の生活全てなんだよ。●洗面台は次に使う人が気持ちよく使えるように。●洗濯は家族が日々新しい気持ちで過ごせるように。●洗濯物の引出しは気持ちよく取り出しやすいように。●テーブルの上は家族がスッキリ心地よく集えるように。●椅子の片付けは家族が通りやすく気の流れが良くなるように。●部屋は居心地よく家中の気の流れが良くなるように。●食事の準備は家族で楽しい夕食時間を過ごすため。●洗い物は台所の気の流れがよくなるように、感謝と共に。●食事は家族が幸せな時間を共に過ごし元気に過ごせるように。●掃除は家中の気の流れを良く家庭内に幸運が舞い込むように。●植物の世話は癒しに感謝し植物と共に幸せに暮らせるように。家事は全て思いやりで成り立っている。その思いやりが家族を幸せにするんだよ。外では落ち着かず、我が家に帰るとホッとするっていうのは、そういう思いやりを感じているからだよ。どんなに素敵な家でも、思いやりの家事をする人がいなければ、寂しく暗い建物になるのです。最後に一番大切なこと。家事は家族への思いやりを形に現したもの。その家族には自分自身も含まれている。つまり出発点は、自分自身への思いやりなんだよ。◆大切なのはどれだけ愛を注いでいるか「家事は思いやり」と言っても、家事を完璧にとか、お洒落で美しい生活をとか、手抜きは駄目とか、そういう話ではありません。長女に伝えたかったのは「小さな家事も思いやりをこめて…」という話なのです。マザー・テレサは次のように伝えています。『大切なのは、私たちがどれだけの行動をするのではなく、それをするのに、どれだけ愛を注いでいるかです。大切なのは、私たちがどれだけ与えるのではなく、それを与えることに、どれだけ愛を注いでいるかです。』(マザーテレサの言葉)家事には、自分自身も含めて相手のいることです。その相手を思いやりながら家事をするのと、腹を立てながら嫌々するのとでは、結果に大きな違いがあるんだよ、と長女に伝えようとしていました。◆長女の態度が変化し始めたこれらのことを長女に伝えているうちに、「身の周りのことや家事をしてほしい」というよりは、「家事は思いやり」ということを伝えたかったのだということに気づきました。たぶんそれまでの長女にとって、身の周りのことや家事は、宿題のように「やらなければならないこと」「面倒だけど仕方ないこと」だったようです。しかも「必要を感じなかった」そうです。だから長女の態度はいつも不愉快で家族をゲンナリさせるものでした。けれど、「家事は思いやり」ということに深く納得した長女は、その日から、身の周りのことや家事手伝いに「思いやり」をこめるようになりました。そして「その方がずっと気持ちいい」と言うまでになったのです。更に、大変ご機嫌に過ごすようになりました。おそらく家族のための「思いやり」が自分自身にも感じられるようになったのでしょう。「家事は思いやり」の恩恵を一番受けとるのは、家事をする本人なのですね。「家事は思いやり」と心から納得できれば、すぐにはできなくても、一生のうちにだんだん形になり、幸せな日常生活につながるだろうと思います。◆「次にキリストが眠ると思ってベッドを整えなさい」「家事は思いやり」と伝えた時、私が小学校6年生の時に、母から教えられたある言葉を思い出しました。「次にキリストが眠ると思ってベッドを整えなさい」これは、母がノートルダム清心の寄宿舎時代にシスターから教えられた言葉だそうです。小6の私にとって、この言葉はあまりにも衝撃的で、これ以降、身の周りのことや家事手伝いの全てを心をこめて行なうようになりました。◆生活の全てに愛と光をこめるHPのプロフィールにも書いていますが、私は幼児洗礼のクリスチャンで、仏教の幼稚園に通っていた幼い頃から「普通に生活する人々が光を生きるためには」というテーマに関心を持っていました。これは、数多くの過去生からの経験により生じたテーマです。そんな私にとって、「次にキリストが眠ると思ってベッドを整えなさい」という母の言葉は、何かとてつもなく大切な、この言葉を聞くために母のもとに生まれてきたのではないか?と思えるような内容でした。キリストとは歴史上のイエス・キリストですが、また人間一人一人の中に存在する神性でもあります。つまり、そのベッドに眠る私自身や家族の中にある神性のために、ベッドを整えなさい、愛と光をこめて整えなさい、ということだと子ども心に理解したのです。しかも、生活の全てをそのように過ごすことで、「普通に生活する人々が光を生きるためには」という幼少の頃からのテーマに答えが出たのではないか・・・と思えたのでした。しかし、その後の人生の中で、生活の全てに思いやりや愛と光を込めること、自分や家族や周囲の人々の内なる神性に思いをこめて全てを行なうことは、とても難しく、まだまだその道半ばにいます。毎日、相手を思っている、でもいつも思いを込められるわけではないな、不機嫌な八つ当たりはしないけど、でもウンザリする時も多いかな、そうはいっても大分思いやりは込められるようになったかな、けっして上手ではないけど・・・という所です。写真:花屋まるよし(母の誕生日-アレンジメント)◆深い思いを込めて生活を創造する母今日は母の誕生日なのですが、その母は、生活の全てをとても大切にする人でした。母の創造する毎日は、何かとても楽しく喜びに満ちていて、思いやりに溢れていました。実家を出て自分が生活を創るようになった時、何かが圧倒的に不足しているという空虚感を感じました。それが何なのかわからず長年探していたのですが、今になって思えば、深い思いを込めて生活を創造する母の思いやりが不足していたのです。私は自分の人生のテーマである「普通に生活する人々が光を生きるためには」という問いに答えを出し、実現していくために、この母のもとに生まれたのだと感じています。そんな母の誕生日である今日、母に深い感謝の気持ちを伝えたいと思います。「お母さんがお母さんで本当によかった」心からそう思います。今年76歳になった母ですが、まだ仕事も現役で、父と仲良く幸せに暮らしています。そして今も毎日の生活を思いやりをこめて大切に暮らしています。◆母の思いを娘たちに受け継ぐそんな母から教えられた「家事は思いやり」ということを、私は娘達に受け継いでいきたいと思っています。娘達もきっと子ども達に伝えていってくれることでしょう。そしていつか、「普通に生活する人々が光を生きる」毎日が現実化されていることを心から願っています。今日は母の誕生日にお花とお菓子のセットを送ったのですが、手紙を付ける代わりにブログに思いを綴りました。いつものように長女が何度も繰り返し読んでくれるでしょう。母はいつも、母の思いが孫達に受け継がれていくことを喜んでくれます。この大切な思いを娘達が受け継いでいくことを、きっと喜んでくれるでしょう。母の人生が最期の時まで、思いやりと喜びに満ちた楽しい日々であることを祈っています。写真:花屋まるよし(母の誕生日-アレンジメント)ブーランジェリー・アーブル(母の誕生日-ラスク・ガトーショコラ)◆母の誕生日に母の誕生日に思いやりを形にしたいと思った時、いつも思いやりをこめて商品を用意してくれる、花屋まるよしさんとブーランジェリー・アーブルさんが思い浮かびました。花屋まるよしさんの秋色の実り多きアレンジメント、ブーランジェリー・アーブルさんのラスクとガトーショコラを母の誕生日プレゼントに送りました♪沢山の思いやりが届きますように。。。◆花屋まるよし気軽でちょっとお洒落なお花屋さん。電話やサイトからの注文で全国に配送していただけますよ♪◇サイト:http://www.hanaya-maruyoshi.com/◇ネットショップ:http://hana-maruyoshi.shop-pro.jp/◇Facebook:https://www.facebook.com/hanayamaruyoshi◇ブログ:店長と妻のブログ◇誕生花・花言葉:誕生花・花言葉の紹介ページ◇インタビュー記事:花屋まるよし記事WEB版◆ブーランジェリー・アーブル朝霞の気になる木のパン屋さん。本格派おしゃれなパン屋さんです♪◇Facebook:https://www.facebook.com/Boulangerie-Arbre-361107897329253/◇ブログ:http://arbre410.exblog.jp◇インタビュー記事:アーブル記事WEB版最後まで読んでくださってありがとうございました。思いやりをこめて日常生活をすごせますように愛と光と感謝をこめてインナーウィッシュ●インナーウィッシュHPインナーウィッシュのミッションは日常生活の変容サポートです。変化のタイミングでお手伝いいたします。

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  • 27May
    • ●未来の自分から今を眺める

      今日のテーマは『未来の自分から今を眺める』です。ミニブログ『未来の自分から今を眺める』に掲載した内容です。『未来の自分から今を眺めて』今朝、長女に伝えた言葉です。苦しくて、泣きたくて、出口が見えない。頑張ってるんだけど、ちょっと限界。そんなボロボロになっている今の自分を、未来の自分はどんな風に眺めるのでしょう?ずっと成長し続けている未来の自分は、この人生に限った自分だけではありません。今の自分の目的や願いや夢をかなえている未来の自分が存在します。そんな未来の自分には、今の自分の悩みや苦しみが自分のことのようにわかります。今の苦しみは、長いストーリーの「苦しみの章」であることも。そして、その苦しみには「意味がある」ことも。今の自分の苦しみや、その苦しみを乗り越えたことが、未来の自分を創ってきたことも全部わかります。どうすれば、目的や願いが叶うのかもわかるのです。『手紙~拝啓 十五の君へ~』アンジェラ・アキより引用『十五のあなたに伝えたいことがあるのです自分とは何でどこへ向かうべきか問いかければ見えてくる今 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は自分の声を信じて歩けばいいの人生の全てに意味があるから怖れずにあなたの夢を育てて』高次の自己であるハイヤーセルフも、未来の自分です。ハイヤーセルフへの問いかけは、「未来の自分に宛てた手紙」のように届き、その答えは「今の自分への返事」のように必ず返ってきます。それは、目的や願いを叶えた「未来の自分」からの声です。だから、ハイヤーセルフを含めた「自分の声」を信じて歩くのです。ハイヤーセルフを含めた未来の自分たち全てが、今の自分を見守り励ましています。怖れずに自分自身を育てましょう。やがて、ハイヤーセルフの視点で、今を眺めることができるようになります。負けないで 泣かないで 『未来の自分から今を眺める』ことができますように。インナーウィッシュ・ホーム

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  • 25Mar
    • ●子どもと引き寄せ

      ミニブログ『●子どもと引き寄せ』として2016年3月26日に掲載した内容です。●はじまりは贈り物から♪今から2年半前の2013年10月頃、偶然知り合ったばかりの方から「もう読まないので娘さんたちにどうぞ♪」と本をいただいたのがはじまりです。その時の様子をツイッターで投稿していました。『嬉しい贈り物をいただきました~! 荷物の整理をされて、もう読まないから「娘さんたちにどうぞ~♪」と、物語で読む「引き寄せの法則」3部作と英語の勉強用にと素敵な本2冊!温かく思いやりに満ちた贈り物を娘達に届けていただき心から感謝です!』(@inner_wish 2013年10月16日ツイッター)●興味を持ったのは小学校2年生の次女この方は、当時高校受験を控えていた中学2年生の長女にと、これらの本をプレゼントしてくださったのですが・・・。中2の長女は、普段は色々な本を読む人なのに、なぜかこれらの本は最後まで読めないと言います。ところが、当時小学校2年生の次女は、物語で読む「引き寄せの法則」シリーズに興味津々。本を頂いた日か翌日には、1冊2時間のスピードで3冊とも読破してしまいました。そして、面白かった~!!と繰返し繰返し読んでいます。それを見ていた長女が、そんなに面白いなら・・・と再チャレンジしますが、やはり最後まで読めず。●引き寄せの力を駆使し始めた次女それからというもの、次女は引き寄せの力を駆使し始め、次々と成果を上げていくようになりました。もともと、ぼーっと焦点の定まらないタイプで、競争心のない平和主義者のマイペースだった次女は、それまで何となくぼんやりと生きていたような所があり、それはそれで個性だなと思っていたのですが・・・。この本を読んでからの次女は、持ち前のコツコツ努力する所と引き寄せの力が上手くかみ合って、見違えるほど生き生きとした積極的な子どもに変ったのです。しかも、もともと平和主義者なので、友達や仲間と一緒に願いを実現させていくようになりました。●ポイントはいいイメージを描くこと次女のやり方を見ていると、① 願いを具体的な言葉にする② 願いが実現しているイメージを描く③ 願いが実現すると他の人にも良い影響があるというイメージを持つ④ いい気持ちを感じる⑤ 願いの実現のためにコツコツ努力する⑥ 時々、願いが実現したら・・・というようないい気持ちを感じるだいたい、こういう方法で実現しているようです。●嫌な気持ちを手放すのが速い!次女は基本的に「青空」のような心の持ち主で、余計なものは何もないシンプルな心の状態がベースのようです。しかも、嫌な気持ちを手放すのが速い!嫌なこと、例えば、怒られた・失敗した・喧嘩を見た・・・など(嫌なことも少ないらしいのですが)、嫌な気持ちを感じるは感じるけれども、すぐに手放せるらしいのです。「もうそのことは考えない」とか、「ドアから宇宙にポーイ!と投げる」という方法で手放すそうです。だから、一瞬嫌な気持ちになっても、すぐ「青空」の心に戻れるそうです。●いい気持ちを感じている状態に戻る物語で読む「引き寄せの法則」3部作の中で、次女が一番使っている考え方を尋ねてみると、「いい気持ちを感じている状態に戻る」ということだそうです。『いい気持ちを感じている状態に戻るのが速ければ速いほど、人生はずっと良くなる』という説明を下記ページでも紹介しています。物語で読む「引き寄せの法則」3部作の1冊目『サラとソロモン』少女サラが賢いふくろうソロモンから学んだ幸せの秘訣エスター&ジェリー・ヒックス (著)からの抜粋と3部作の紹介です↓↓↓●万事良好の流れ【自己変容の道2】●家族で一番の素早い実現力そんな次女は、家族で一番「手放す」のが上手く、家族で一番の素早い実現力の持ち主で、更に家族で一番、習慣的にコツコツ努力する子どもなので、我が家ではみんなで次女を見習おうね・・・と反省したりしています。でも、だからと言って次女が完璧な子どもかというと、別にそういうわけではなく、何度言っても治らない癖や、うっかりしているとか、気がつかないとか、色々ツッコミどころ満載で、両親をはじめ色んな人から叱られたり、色んな人から「今時めずらしい、子どもらしい子ども」とよく笑われる、いつも「素」な「ありのまま」の子どもです。●タイプの違う長女一方、長女の方は、小さい頃から「しっかりしている」と評判で、勉強もできるし、リーダーシップがある、友達からの信頼も厚い、けっこうできる子でした。こちらも努力家で、頑張り屋さんなので、やはり成果を上げるのですが、次女とはタイプが違っています。長女はとにかく悩み苦しむのです。沢山の責任を背負って、一人で頑張ってしまう。そして耐えて苦しみ、頑張った結果、涙と感動のフィナーレを迎えるタイプ。長女は部長などリーダー職につくことが多く、頑張るのは皆のためで、皆のためなら頑張れるというところがあります。でも、皆のために一人で頑張っている。見ているこちらが苦しくなるほど、頑張り続けているので、ついつい手伝おうか?と声をかけたくなるほどです。●悩み苦しみながら突破する経験の引き寄せでも、「上手くいかない」と思いながら頑張っているので、実際に「上手く行かない」ことが多く、頑張る時間が長引いてしまいます。こうして書いていても、苦しくなるほど、何だかいつも頑張っているので、母としては何とかならないかなあ・・・と思ったりします。でも、壁にぶち当たりながら、悩み苦しみながら、自力で解決したり、方法を編み出したり、上手くいったり、失敗したりする経験を、今の彼女は必要としているのかもしれないなあと、見守っています。そして、涙と汗で苦しみながら頑張った成果を共に喜び祝ったりするのです。●それぞれの引き寄せ物語で読む「引き寄せ」の本を読み、著者の意図に近い生き方をしている次女も、「引き寄せの本は遠慮いたします」と自分に必要な経験を引き寄せ、頑張って生きている長女も、どちらもそれぞれの引き寄せを実現しているようです。やすやすと願いを素早く実現する次女と、悩み苦しみながら沢山の経験を通してじっくり願いを実現している長女。実は人の苦しみがよく分かり思いやり深いのは長女の方だったりします。どちらが良い悪いではなく、どちらも自由に自分の人生を生きていて、それぞれに味があると感じたりしています。たとえ親であっても、子どもの人生や魂の展望に必要な経験のすべてを用意することはできないと思いますし、それぞれの魂の目的に従って、それぞれのタイミングで必要な何かを引き寄せ、それぞれ目的を実現していってほしいなあと思います。そして、全く違うタイプの二人が、お互いの生き方を見て、それぞれに何かを感じたり、参考にしたり、教え合ったりしている様子に、「違う」ということに意味があるのだろうなと感じています。二人とも、それぞれに幸せに生きていってほしいです。●万事良好の流れ【自己変容の道2】●魂の目的【自己変容の道】●人生の目的【役立つ情報】●隣りに座った青空の人【アメーバブログ】●雲の上はいつも青空【アメーバブログ】●雲の上はいつも青空【日常生活の変容】●インナーウィッシュHP

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  • 01Jan
    • ●2016年-魂の目的♪

      ●2016年-魂の目的♪2016年新年のお慶びを申し上げます昨年のご厚情に感謝いたしますとともに皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げますインナーウィッシュ2016年のテーマは、「魂の目的」です。この人生の目的が、魂の目的に沿って実現しますよう、魂の目的を深く感じながら、喜びの中で日常生活を生きることができますようお祈りしています。より多くの方の魂の目的が実現されることにより調和に満ちた地球~宇宙を創造できますように♪愛と光と感謝をこめて2016年1月1日インナーウィッシュ↓詳しい説明を掲載してます♪●魂の目的【自己変容の道2】PDF版電子ブック『魂の目的を生きる』インナーウィッシュ・ショップ ●魂の目的を生きる魂の目的を思い出し、日常生活で活かすためのPDF版電子ブック。『魂の目的を生きる』~魂の目的を日常生活に活かす方法~ 詳しくはコチラ>【inner-wish】インナーウィッシュ

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  • 13Aug
    • ●清里~ターシャ・テューダー PART2

      『●清里~ターシャ・テューダー PART2』ミニブログ『●清里~ターシャ・テューダー PART2』として2015年8月12日に掲載した内容です。今年の夏は3回目の清里を訪れました。初めて訪れた時の様子は下記ブログに書いています。●清里~ターシャ・テューダーhttp://ameblo.jp/inner-wish/entry-10984621198.html初回の旅は2011年8月でした。その時に訪れた「えほんミュージアム清里」でターシャ・テューダーの本に出会い、清里はどことなくターシャ・テューダーの世界を感じさせるものがあるなあと思ったのです。今回の旅のために調べていたら、「ターシャ・テューダー ミニミュージアム」が2012年に開館していることを知りました。そこで今回は、「ターシャ・テューダーを感じる清里」をテーマにあちこち巡ってみました。(1)ターシャ・テューダー ミニミュージアムターシャ・テューダー ミニミュージアムHP:http://www.ttmmuseum.com/index.htmlターシャの翻訳本を創り続けるお二人が、何度もターシャの住まいを訪れた後に開設したミニミュージアムです。お二人は東京から清里に通い、ターシャに関する詳しいお話をしてくださるそうです。今回、私たちを案内してくださったのは、いつも受付でいらっしゃる女性でした。清里に住むご主人のもとに東京から10年前に嫁いだ当初「清里は時間が止まっているのでは?」とカルチャーショックを受けたそうで、寂しくなったり自然に負けそうになったりしながら、10年目にしてようやく「清里もいいかも」と思えるようになったとか。「清里に憧れて移住した人ばかりじゃない方がいい」とか「土いじりは苦手だから」とか、この女性の存在がターシャ・ミュージアムに絶妙なバランスと落ち着く感じをもたらしているなと思いました。ほんとに面白い女性で、家族で大笑いしながら楽しい時間を過ごせました。また、展示内容についても詳しく説明してくださいました。ターシャの親族が今でも1年に1回手作りしている「蜜蝋」はすぐに完売してしまうそうですが、展示品の香りをかがせていただきました。甘い蜂蜜のいい香り!ターシャがいつも腰掛けていた椅子のレプリカ(息子さんのセスが作ってくれたもの)には、座ってみることができます。身体が包まれているような安心感のある椅子で、背筋がピンと伸びるような感覚がありました。長い長い柄のついたフライパンのような道具があり、何に使うと思いますか?と聞かれたのですが、???。正解は、ベッドを温める道具。中に石炭を入れて、蒸気を立て、ベットカバーの下にくぐらせて、アイロンをかけるようにベッドを温めるそうです。なんと細やかな思いやり!「そのうちあったかくなるから!」という我が家とは大違いだと笑いました。入口にはターシャと友人同士だったというアメリカの女性写真家ネル・ドアが撮影した貴重な写真が展示されていました。母親になったばかりのターシャ・テューダーが赤ちゃんに母乳をふくませている大きな写真です。美しく愛情に満ちあふれた表情で赤ちゃんを見つめる若いターシャの姿は、これまでに見たことのないものでした。こちらは撮影不可でしたので、ぜひ現地で見ていただきたいと思います。帰りにショップを眺めていて、娘達と意気投合したのが、日めくりカレンダー。ターシャ・テューダーの言葉と写真が’1日~31日まで掲載されています。1日の言葉。『みんなが本当に欲しいのは、物ではなく心の充足です。幸福になりたいというのは、心が満たされたい、ということでしょう。』31日の言葉。『私の人生哲学は、「世の中の憂鬱は影に過ぎない。その後ろ、手の届くところに喜びがある。喜びをつかみなさい(フラ・ジョバンニ)」こじんまりしたミニミュージアムですが、ターシャの思いに溢れた場所でした。(2)えほんミュージアム清里えほんミュージアム清里HP:http://www.ehonmuseum-kiyosato.co.jp/えほんミュージアム清里は、3回目の訪問です。私がこの美術館を気に入っている理由は展示内容ではありません。森の美術館のイメージにピッタリの素敵な建物で、外から眺めても、中から外を眺めても、緑に包まれている印象が好きなのです。そして何といっても、デッキで広い庭を眺めながらいただくドリンクサービス。このお茶の時間を楽しみに、私はこの美術館を訪れているような気がします。(3)萌木の村~高原食堂萌木の村HP:http://www.moeginomura.co.jp/高原食堂Facebook:https://www.facebook.com/pages/%E9%AB%98%E5%8E%9F%E9%A3%9F%E5%A0%82/141526849260491とにかく夜が早い清里。あちこち18時になると閉まってしまいます。そんな中、萌木の村の付近にある「高原食堂」は18時~22時の営業です。メニューはごく普通でリーズナブル。でもお庭が広くてハンモックがあったり、何となく雰囲気が良いのです。店内に入ると、テーブル席やテラス席、お座敷席と色々あり、「お好きな席へどうぞ」と言われました。美しいお庭が見えるお座敷席に座ると、なんだかとってもくつろげていい気分。旅の疲れも取れそうです。私が注文したのはチキンのチリソース。これがなかなか満足の美味しさでした。チキンの唐揚げがカリッとした食感で、ズッキーニやナスの素揚げと甘辛チリソースがちょうどいい感じでからんでいます。野菜たっぷりで、さっぱりした、身体が喜ぶ料理でした。美しいお庭を眺めながら、ホッとくつろいで、身体が喜ぶ料理が食べられたので、「気持ちよかったね!また来たいね~」と家族も喜んでいました。地元のファミリーもよく訪れているようで、「来てたの~?ご一緒してもいい?」と2家族で一緒にテーブルを囲んだりしている様子が微笑ましかったです。もう一度訪れたいと思える落ち着くお店でした♪(4)ペンション・ブルーグラスペンション・ブルーグラスHP:http://www.eps4.comlink.ne.jp/~b-grass/我が家はアウトドア大好き家族なので、基本的にキャンプなのですが、今回は一泊だけなのでゆっくり過ごしたいと、夏休み直前に一泊朝食付きのコースでペンションを予約しました。いつもキャンプで自由気ままに過ごしている我が家なので、ペンションはどうかなあと心配していたのですが、ご主人、奥様ともに、優しく穏やかな雰囲気の方で、お客さんもやはり穏やかな雰囲気の方が多く、朝食の時もリラックスしてくつろぐことが出来ました。「何度も来てくださる方のために夕食メニューが重ならないようにするのが大変なんですよ」というお話でした。最近「夕食いらない」というお客さんが多いのだけど…とご主人に理由を聴かれたのですが、私が夏休みに空き室を探している時、たまたま「一泊朝食付き」プランを見つけたからで、本当に偶然です。テントの代わりに寝られればOKが検索の出発点でした(笑)実は今回、旅立つ前日に疲労から「ぎっくり腰」になってしまった気の毒な私。ベッドから立ち上がるのに15分くらいかかり、一度目が覚めると痛みで眠れないという可哀想な状態だったので、ゆっくり眠れたかというと個人的には早朝3時くらいから眠れませんでした(涙)でも、家族はゆっくり眠れたようです(笑)たまたまネットで見つけたブルーグラスは30年前から続くペンションですが、清里で唯一、音楽堂を併設しているそうで、音楽好きの人が集まるのかなと思い決めました。朝食の時にお隣のテーブルだった音大学生の皆さんは、総勢14人程のユーフォニアム専攻生と先生。皆さん、ユーフォニアムのソロ・コンクールを目指して合宿中ということでした。音楽堂を緑溢れるお庭が包んでいる様子がとても落ち着きます。この音楽堂で皆さんが練習しているユーフォニアムの音を聴いていると、音楽堂のあるペンションにしてよかったなあという気持ちになりました。(5)吐竜の滝吐竜の滝(北杜市HP):http://www.city.hokuto.yamanashi.jp/genre/detail/1748/アウトドアが大好きなパパが一番楽しみにしていたのが吐竜の滝。これが、なかなか素晴らしい癒しスポットでした。落差10メートル、幅15メートルあり、写真よりも大きい印象で、繊細な美しさがあります。さらに、滝にたどり着くといつも感じるですが、滝は近くに立ってみないとわからない何か特別なパワーがあります。途中の道も、樹々や苔むした大きな岩や、川のせせらぎが、どこもかしこも写真を撮りたくなるスポットです。そのため何となく写真待ちの挨拶が頻繁に行なわれていました(笑)でも撮影してみると、スマホ写真の腕が無さ過ぎるのもありますが、何か肝心なものが抜け落ちているようです。やはり実際に現地を訪れて何かを感じるのが一番だと思います。(6)サンメドウズ清里サンメドウズ清里HP:http://www.sunmeadows.co.jp/サンメドウズ清里は、シーズンオフのスキー場を利用した施設です。もともと娘達に何か体験させるため検索していて、ここの「体験工房」を見つけました。色々な体験の種類があるのですが、長女が先に選んだのは「ト音記号のドライフラワーアレンジメント」次女も一緒にチャレンジしました。講師の先生は、「ドライフラワー・花材販売のウッドペッカー」を母娘で営む娘さん。お母様のお店も、ご主人の事務仕事も手伝っているという彼女は友人達から「多才ね~」と言われるそうですが、ご本人は「仕方なく手伝っている感じ」だそうです。でも帰りにいらしたお母様のお話では、「無理を言って手伝ってもらってるのに、娘の方がセンスよかったりするんですよね~」ということでした。「この人に教えてもらうと楽しそう!」と感じさせる優しい雰囲気のある方で、実際とても優しくわかり易く、詳しく教えていただいたようです。帰宅してからも次女が「同じ色の花を三角に置くんだよ」など説明してくれました。更に、猫じゃらしが大好きな長女が、猫じゃらしに似ているラグラスという花材を気に入ったと話していると、なんと帰りにラグラスで創った小さなアレンジをプレゼントしてくれました!ありがとうございます♪ウッドペッカーブログでは、サンメドウズの体験工房の作品が掲載されています。HPからは、ドライフラワーや花材などが購入できるようです。ウッドペッカー ブログ:http://ameblo.jp/woodpecker-kumeta/ウッドペッカーHP:http://woodpeckerdesu.web.fc2.com/サンメドウズ清里のバイキングでランチしてから、2本あるリフトに乗りました。夏のリフトはスキーの時とはまた違う緑に包まれる印象です。次女はリフトが大変気に入ったようで大はしゃぎ。高所恐怖症の長女はずっと泣き事を言ってました(笑)そんな長女ですが、標高1900メートルの清里テラスに到着すると、3つ用意されている大きなソファベッドに釘付けです。争奪戦を制した長女が一番のりに寝転ぶと、続いて次女が、そうしてなぜか従業員のお姉さんがお隣に寝そべって「サイコー!」と叫んでいます(笑)この方、なかなかソファベッドが空かないという次女に「朝一番に寝転んだらサイコーだったよ!」と教えてくれたようで、ついでにもう一回!と寝転んで行ったのでした(笑)家族みんなで寝転び広い空を眺めていると、このまま眠ってしまいたい気持ちで一杯でした。でも、順番待ちの皆さんに早々と明け渡しました(涙)沢山の花々や蝶を眺めながら更に上に登ると、「願いが叶う木の鐘」というのがあり、「夢」と「福」2つの鐘を木槌で叩いて手を合わせました。叶うといいね♪もう一本のリフトは清里カフェまで上れるのですが、バイキングでお腹いっぱいになっていて、フルーツてんこ盛りのパンケーキは無理な感じでした。サンメドウズ清里の何が良かったかと聞かれれば、ドライフラワーアレンジメントの体験工房と、清里テラスの大きなソファベッドと答えたい私です(笑)(7)旅の最後に「ターシャ・テューダーを感じる清里」をテーマに巡った3回目の清里は、どことなく穏やかでゆったりした時間の中、深い緑に包まれるような旅でした。花々や蝶や、馬や牛や羊や、コーギーなど沢山のワンちゃん達との出会いもありました。何となく「ターシャ・テューダーを感じる清里」の旅になったと思います。次女のミニバス仕事で土日祝日休みなく、平日は座り仕事で腰に負担がかかり、疲労からぎっくり腰になり、けっこうツラい体調で始まった旅でした。ちなみに、私は朝2km~5km程度ランニングしているのですが、筋肉を強く鍛えるだけではなく筋肉を伸ばし柔軟性を高めるストレッチも習慣にしてくださいと、接骨院の先生から指導を受けましたので、秋からは新しい習慣を取り入れようと思います。ともかく穏やかで優しい時間を過ごすことができた短い夏休みでした。「自然を感じる庭を眺めながら、ゆったり穏やかな休日を過ごしたい」という願いはかなったかなと思います。この休日とぎっくり腰の教訓を生かし、日常生活の中でも穏やかで優しい柔らかな時間を過ごしたいと思います。最後に、日めくりカレンダーよりターシャらしい言葉を紹介します。3日の言葉:「ほかの人が何をしようと、自分がいいと思うようにすればいいのです。」ターシャの言葉をいくつか下記ページで紹介しています。●ターシャ・テューダーの言葉皆様それぞれの、良い時間を過ごせますように♪最後まで読んでくださってありがとうございました。愛と光と感謝をこめてインナーウィッシュHPhttp://www.inner-wish.com/

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  • 22Jun
    • ●公園の父〜夫婦愛の完成法

      『公園の父~夫婦愛の完成法』ミニブログ『公園の父~夫婦愛の完成法』として2015年6月22日に掲載した内容です。●翌日の追記を文末に追加しました♪●2016年6月の追記を文末に追加しました♪本多清六って知ってる?はじまりは、小学校四年生の次女がつぶやいた一言でした。「ねえママ、本多静六って知ってる?」仕入れた知識を披露するのが楽しみな彼女に「知らないなあ。誰?」と尋ねると・・・「日比谷公園をつくった人だって!この人面白い人だよ~」というのです。それから数日間は、ことあるごとに「本多清六さんはね・・・」という話を聴かされることに(笑)「東京山林学校って大学にビリで入学して最初の試験で落第したから自殺しようと思ったけど死ねなくて、死ぬ気で勉強したらトップになったんだって。」「日比谷公園にある首賭けイチョウは、400年くらいの古い木で倒すのはもったいないから日比谷公園まで450m運ぶと言ったら、みんなに無理だと反対されたので、自分の首を賭けても運ぶって言って運んだ木なんだって。」「日比谷公園の心字池は、心って漢字を崩した形になっているんだって。それでね、池をつくると自殺する人がいるというので、池のふちに浅い所をつくって、飛び込んでも死なないようにしたんだって。」「日本で初めての洋式公園だから、公園の門に扉をつけないと花が盗まれると言う人もいたんだけど、盗む気にならないほど沢山の花を植えればいいと沢山の花や木を植えたんだって。」「ドイツに留学している時に客船で、三等客お断りって書いてあって引き返そうとした時に「君、日本人?」と話しかけてくれた後藤新平さんには、くじけそうになった時、ノートに言葉を書いて励ましてもらったり、公園を造る仕事をもらったりしたんだって。」出張中のパパに次女ネタをLINEで送ったら「なんで彼女はそんなに詳しいんだ?」と返信があったので尋ねてみると、学校の教室にあった「本多静六博士物語」って本を読んだそう。「日本の森林(もり)を育てた人 学習まんが本多静六(ほんだせいろく )博士(はくし) 物語」という学習まんがを埼玉県が発刊して県内の小中学校や図書館に配布したらしいのですが、どうやら次女はこれを読んだようです。参照)https://www.pref.saitama.lg.jp/a0001/news/page/150313-08.htmlまた埼玉県菖蒲町のページにも、小学生向け冊子『日本の公園の父 本多静六』がPDFで配布されています。参照)http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/997715/www.town.shobu.saitama.jp/honda/sasshi/調べてみると、本多静六氏は、林学博士で造園家。日比谷公園、明治神宮をはじめ日本中に多数の公園を設計した「公園の父」と呼ばれる方だそうです。関東大震災からの復興の原案を後藤新平内務大臣(留学中の客船で出会った友)より依頼されて、二昼夜不眠不休で作成したり、埼玉県に寄贈した山林に基づく育英奨学金を設立したり、その活動は多岐に渡っていたようです。参照)ウィキペディア-本多清六本多静六氏の著作「日々1ページ原稿を書くことを常としたため、370冊を超える著作がある。子どもが生まれると、1冊の著作を開始し、その本の印税を養育費にあてたという。」参照)ウィキペディア-本多清六という記述にもあるように沢山の本を書いた方のようですが、Amzonで調べてみると3冊の文庫をセットで勧められたので(笑)、『人生計画の立て方』『私の生活流儀』『私の財産告白』の3冊を読んでみることにしました。読んで改めて知ったのは、この方は公園設計者としてだけでなく、「月給4分の1天引き貯金」を元手に投資して巨万の富を築き、晩年に全財産を寄付して簡素な生活を実践した方ということでも有名だということ。また、若くして人生計画を立て、その自分の立てた計画に沿って晩年まで楽しく生きた人なのだとわかりました。「設計図なくしては、いかに老練な建築家も立派な家を造ることができないと同様に、まず「人生計画」を樹てることなくして、完全な意義ある人生を築き上げることは難しい(『人生計画の立て方』自序より)という言葉どおりの見事な設計を実現された人生だったようです。夫婦愛の完成法について公園の父であり、巨万の富を築いた方であり、育英基金設立や著作、財産の寄付など華々しい方ですが、私がこの3冊を読んで最も心に残ったのは、「夫婦愛の完成法」という内容でした。「夫婦愛の完成とは、異体同心――二つの異なった人格から、新たに一個の人格を作り上げることを意味する。したがって、真の夫婦は二人であって、もはや二人ではない。完全に一人でなければならぬ。良人とか妻とかいう区別はなく、両者を合わせて一つである。」(『人生計画の立て方』より)「真に夫婦愛の完成した場合には、すべての苦痛は互いに半分ずつ分けて担い合うから半減され、すべての喜悦は二人で共に楽しむから、二倍の幸福として味わわれるわけとなるのである。」(『人生計画の立て方』より)本多清六氏は婿養子は嫌だったので「ドイツに留学させてくれるなら」と無理を言って断ろうとしたけれど、先方に気に入られていたのでドイツ留学をさせてもらい婿養子にはいることになったとか。(『日本の公園の父 本多静六』より)次女の話では「清六さんとでないと結婚しない」と娘さんが言い張ったそうです。また「相手は、元武士の家柄の娘で詮子といい、日本で3番目の女医という才女でした。」(『日本の公園の父 本多静六』より)と書かれています。三冊の本を読んでみても、家庭の時間を大切に楽しむ方のようですし、また奥様のことを褒めていらしたり、仲睦まじく暮らしていらっしゃったようです。そのように晩年まで仲睦まじいご夫婦は多く存じ上げていますが、本多静六氏の「夫婦愛の完成」という発想が、私にはなかったので大変新鮮でした。また「夫婦が一つになる」という表現は、20年以上前に読んだ本にも書かれていた覚えがあるのですが、本のタイトルも著者も思い出せず、参照できませんでした。その当時は20代で新婚だったので、「遠い未来にはそんなことも起こるのかなあ」とぼんやり感じたものです。20年たった今でも、「あと40年もすれば、そんなことも起こるかなあ」とやはりぼんやり感じています(笑)ただ20年前と違って最近では、「同じことを考えていた」とか、「そのイメージが今ちょうど思い浮かんだ」とか、何か歩調が合って来たようなことも多く感じられるので、この調和の具合が今後増すのかもしれないと思ったりしています。さらに記憶の彼方から「そういえばキリストの言葉にも書かれていた気がする」と思い出し、検索すると新約聖書にも書かれていました。イエスは答えて言われた。「創造者は、初めから人を男と女に造って、『それゆえ、人はその父と母を離れて、その妻と結ばれ、ふたりの者が一心同体になるのだ。』と言われたのです。それを、あなたがたは読んだことがないのですか。マタイ19章4-5節(新約聖書 新改訳/いのちのことば社)参照)自己変容の道「キリストの言葉」本多静六氏は、上手く行かなくなった夫婦の場合の努力の仕方についても説明されています。三千余件の身の上相談に乗って来られた氏の現実的な所感だと思われます。「もっとも、世上往々、実際上には、夫婦という夫婦のすべてが、このようにうまくいくことは難しい。知識、教養、趣味、娯楽、仕事などで、あまりにも大きなへだたりがあって、真に異体同心となりえない場合がはるかに多い。普通一般の夫婦というものが大概そうである。」(『人生計画の立て方』より)「お互いが、こうして相倚(よ)り相援(たす)けていくようになれば、あらゆる欠点支障は抹消され、ついには完全な異体同心夫婦愛が完成されるに至るのである。」(『人生計画の立て方』より)様々な事情から上手く行かなくなることがあるということは百も承知で、それでも後世のために書かれた記述のように感じました。具体的な方法については難しいことも書かれていますが、「おのれの我をすてて」「相倚(よ)り相援(たす)けていく」ことが秘訣のようです。あとは、本の内容から察するに二人で生活を笑い楽しむことでしょうか。本多静六氏の「夫婦愛の完成法」については、自己変容の道でも抜粋紹介していますので、興味のある方はご覧ください。参照)自己変容の道「夫婦愛の完成法」●翌日の追記昨夜このブログURLを出張中のパパにLINEで送った所、返信がありました。「おはよう♪ブログ読みました。素敵な話だね。この形をイメージしていればいいということだね。この間の(長女の)保育園時代を同時に思い出したのは、ちょっと感動しました!」先日、次女のミニバス公式戦に二人で応援に行った時、1点差で負けてしまい大変悔しい思いを抱えたまま、長女の高校音楽部の定期演奏会に二人で行きました。1曲目のAve Maria(Franz Biebl)の神聖な合唱を聴いていると、悔しさも忘れ二人ともすっかり癒されていたのです。そんな演奏会の中で、踊りながら歌う曲が何曲かあったのですが、その中の一曲を踊りながら歌っている長女の幸せそうな笑顔を見ていると、保育園時代に「世界中の子ども達が一度に笑ったら~♪」と手話付きで歌っていた笑顔を思い出し、泣けてきました。その話をパパにした時、驚いて「僕も、あの曲で全く同じことを思い出していた!」と言ったのです。それで二人しみじみ感動していました。この時思ったのは、美しい合唱にそれまでの悔しさなど我を忘れ、ハーモニーに調和していく中で、二人の周波数がぴったり合ったのかなということです。二人の周波数が調和した経験と言えば、思い出すのは一緒に2時間ランニングした時の特別な経験です。そのブログはコチラ↓●広い広い空の下を2時間走る瞑想的ランニングこのブログも追加で送ったら、「こういう感覚を普段から持てるといいね」ということでした。普段から無我の境地はなかなか難しいけど、合唱のようにお互いの周波数を調和することならできるかな、と思った次第です。手探りな夫婦関係ですが、お互いもし長生きできれば、また深い気づきも増えてくるかなと楽しみにしております。いつかそんな体験をシェアできますように。●2016年6月の追記●夫婦愛の完成方【自己変容の道】夫婦愛の完成とは、異体同心――二つの異なった人格から、新たに一個の人格を作り上げることを意味する。●ツインレイ【自己変容の道2】「ツインレイ」は究極的な存在です。あなた方は二人ともに低次元を克服し、一つの愛、一つの生命、一つの存在として帰還するところまできたのですから。最後まで読んでくださってありがとうございます。愛と光と感謝をこめてインナーウィッシュ【inner-wish】インナーウィッシュ

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