おとうさん。まだ、まだ。あったよ。『水ようかん』

  もう、ないと。思って、いたのにね。冷蔵庫の、隅から。出てきたよ。

   あんな、とこに。あったんだ。

  「わしの。退院祝いの、ことじゃけど。」

  「退院の、日になあ。」

  「みんなに。世話に、なっとるじゃろ。」

  「水ようかんが、ええと。思うんじゃ。」

  「退院の日。冷やして、おいて。みんなに。食べて、もらうんじゃ。」

  面会に、行ったら。突然。おとうさんから、言われてね。

   息子たちに、言ったら。

  「なんでやねん。無理、言うなあ。おとん。」

  「クッキーでは。あかんのんか。おかん。」て。

   不評だったん、だけどね。

  暑い時期、だったから。クッキーより。

   『水ようかん』が、いいと。思ったんだよね。おとうさんは。

   まわりの、皆を。喜ばせたいと。

   やさしい、おとうさんらしい。アイデア、だったんだよね。

  それに、ねえ。あの時は。家族みんな。

   三ヶ月後には。退院できると。思って、いたから。

  「おかん。この、メーカーは。どうやろ。」

  「いまから、注文したら。間に合うやろか。」

  「せっかくやから。おいしいのに。しいや。」いうてね。

  何度も、何度も。

  「おとさん。どうやろ。」いうて。

   おとうさんに。相談してね。

  おとうさんの、言いつけ通りに。買いそろえて。

   いつでも。間に合う、ように。していたん、だよね。

  それなのに、ねえ。あんなに、楽しみに、していた。

   退院が。ダメに、なってね。

  結局。水ようかんは。必要、なくなって。しまったん、だよね。

  「なんやねん。おとんの、ばか。」って、言いながら。

   やけ酒、ならぬ。やけ水ようかんを。

   ワアワア、泣きながら。食べて、いたから。

    冷蔵庫の。あんな、隅に。残って、いたなんて。

     すっかり。忘れて、いたんだよね。おとうさん。

  いまさら。水ようかんでも、ないんだけれど。

   これも。おとうさんが。残して、いった。思い出。

    あの、夏の日の。思い出だよね。おとうさん。

    仲良く、半分こと。いきますか。

   「おとうさんの、優しさに。乾杯ってね。」

   水ようかんには。ちょっと、不向きかな。

    熱い。ほうじ茶、ではね。

     ねえ。おとうさん。