青森の葬儀のしきたりに戸惑いました

今日は、少しタイトルが重いですが
私もこの年齢になりますと、公私ともに
葬儀・慶弔事などにもだいぶ参列させていただいたり、
身内側として、また喪主としての経験もいたしました。

最近、父が他界して10年が経ちますので
ようやく当時のことを普通に話すことも増えました。

もともと青森市内生まれで、小学校の高学年から
関東在住、社会人のはじめの頃は西は福岡市勤務でしたから、
青森での生活とは、しばらく遠ざかり、父の定年後両親が
青森に戻ったので、私自身は定期的に帰省する位で
生活は長年しておらず、葬儀の当事者としては、あのときが
初めてでした。

父は、60代にして本当に急に他界してしまいましたので
私には、全くの心の準備もなく考えてもいませんでした
ので、ともかくあわてました。

青森市・弘前市では、葬儀としては、まずは「火葬」からなんです。
動揺している自分と体調を崩した母と
右も左も解らずあわてたことを昨日も母と話しておりました。

青森市でのしきたりといいますか流れは

病院で亡くなる ⇒ すぐ葬儀屋さんを決める
⇒ すぐに家に連れ帰る準備 ⇒ 家にいつもの寝具布団用意
⇒ (普通に寝ているかのように思えます) ⇒ 自宅で納棺 
(まさに 映画おくりびとの世界で驚きでした。) ⇒ 
火葬までろうそくを絶やさず飲んだり食べたりつきそい 
⇒ 火葬 ⇒ 通夜 ⇒ 葬儀&初七日&百箇日法要同時

なんです。

火葬が先ということは頭では知っていましたが
医師から残念ですが・・・といわれてから
1時間たたないあたりでしょうか?

何時に連れて帰られますか?
・・・と、ご担当いただいた看護師の方から声をかけられ

・・・???
何時に?連れて帰る???

まだ動揺していたその時の私の頭の中の光景は
車で?おんぶして?・・・
今考えると、その光景と発想が笑えますが
その時は、真剣にそう考えましたねあせる

すぐに、祖母に電話して、どう対応したら良いか
相談して、伯父のお知り合いがいる葬儀屋さんを聞いて
電話して、ひとつひとつ教えていただきながら走り回りながら
なんとか務めたものの、まともなご挨拶もできずでした。

津軽藩ゆかりの地、弘前のお寺の和尚様とお話できることが
あり、なぜ「火葬」が先なのですか?
と思わずお尋ねしてしまいました。

これは、諸説あるようで、調べもしてみましたが
私が、一番素直に納得したのが、和尚様のご説明でした。

津軽藩の初代藩主 津軽為信公 が京上洛中に死去
当時、京から津軽までの道のりは長く、京にて荼毘にふし
津軽にもどり葬儀を行ったことから、人が亡くなった時は
まず、荼毘にふし、それから葬儀を行うしきたりになった。
そうです。

雪深く・農耕作も多いこの地域においては、理にかなっている
気もいたします。

ほんとうに諸説あると思いますが、私はこのお話が歴史上からも
藩という地域特性からもわかりやすかったなー。

我が家のお世話になっているお寺は青森市内ですが
弘前には興味深いお寺や寺町があり是非一度行かれると
良いと思います。

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