2016年1月16日(土)に実施された、平成28年度の大学入試センター試験「国語」の漢文『抱経堂(ほうけいどう)文集』について、本文の現代語訳(全訳、現代日本語訳)を作成いたしました。

取り急ぎ作ったため、不確かなところもございますが、受験生あるいはセンター試験同日模試などを受験した生徒さんにとって、少しでも内容の概要把握にお役立ていただけたら幸いです。

古文の現代語訳同様、お気づきの点はコメントなどでご指導いただけましたら幸いです。よろしくお願いいたします。

【リード文】
次の文章は、蘆文弨のもとに張荷宇が持ってきた一枚の絵について書かれたものである。

【本文書き出し】
荷宇生十月……

【現代語訳】
 張荷宇は生後10ヶ月で母親を亡くした。物心がつく段階に至って、いつも母のことを思い続けてやむことがなく、時が経てば経つほど、その母を恋い慕う気持ちはますます強くなった。彼は、自分が一日たりとも母に仕えることができないことを悲しんだ。母の言葉や振る舞いもまた、知ることができないことを嘆いた。

 荷宇は香河(北の方)の人であった。以前、(故郷を離れて)南の地を訪れ、(故郷へ)戻るにあたり、銭唐に着いた。母が自分の目の前にやってくるという夢を見、夢の中ですぐにその人が母であることをさとった。早くも目覚め、そこで、大声を上げ慟哭して言ったことに、「これは本当に私の母である。母よ、どうして今日になって、私に会ってくださったのですか(この部分、センター試験の選択肢が採用している、分かりやすい意訳を転用)。母よ、しかも何で私のもとからすぐ去ってしまったのですか。母よ、私にあなたの姿を続けて見られるようにさせてくれるでしょうか。(いや、それはかなわないだろう)」。

このときに、夢で見た母の姿に基づいて、張荷宇は、母の絵を描いた。この母の姿の絵に関しては、私(蘆文弨)は見ていない。今、彼が私のところに持ってきた図は、私が見たところ、彼が母を夢見ている状況を書いているだけだ。

 私はそこで、張荷宇に対して語ったことには、「そもそも、人のまことの気持ちには、生と死の隔てがないというのは、信じることのできる道理で、道理のゆがめられた話ではない。まして、子どもが親に対して抱く気持ちと言ったら、親の息遣いまでも通じて分かるほどで、そもそも両者を隔てるものがあるということは無い」。