日常の臨床で、最近は、遠方から「心療内科・精神科」領域の患者さんが、増えている印象があります。

 

院長は、手早く患者さんのこころのつまずいたきっかけについて聞き取り、ポイントを絞って一生懸命に粘り強く語り掛けます。井上もそれなりにがんばっています。

 

今回は、それはそうと、日常の臨床で、大腸がんや十二指腸のがんの患者さんが増えて、肺がんや胃がんの患者さんが追い付きそうなイメージで増えている印象です。

 

もっとも、木暮医院は、年齢層が広く、80歳以上の患者さんも多いので、そう感じるだけなのかもしれません。

 

若い人たちは、不条理な社会構造に押しつぶされる形で自ら死を選んだり、事故に遭うケースで、年齢層からするとそういえますが・・。

 

井上もやっと高齢者として、扱われるようになり、がんが身近のものになってきました。

 

昭和天皇が「十二指腸周囲腫瘍」で、周りがあれだけ気を付けていても、なるものですよね。我々の知り得ないストレスがあったんだろうけれど、われわれもストレスには気をつけなくちゃ・・。

 

一般的な集団検診では「大腸がん」の検査は、二回の検便で血液が混ざっているかですが、出血があると分かった時点で、かなりのステージになっているので、血便に本人が気がつく一瞬前に検便で気がつくという程度のものだろうと思います。発がん性物質を毎日食べているんだから、がんにならない方がおかしいかも・・。

 

で、「発芽玄米酒粕」を週に二回は、カレーのスプーンに一杯ずつは食べようと思いました。(薬剤師がひそかにやっている健康法です)

 

で、この話は、決してただ「長生きをしたい」とか、「死にたくない」という話をしたいわけではありません。

 

人の死亡率は、なんと100%なんです。しかも、生身なので、5分先はわからない。「明日ありと思う心の仇桜・・・」なのです。

 

自分だけは死なないと思って、不治の病に侵されて嘆き苦しむというのは、私にとって克服したい考え方です。必ず死ぬんです。50年後ではありません。30年後はどうかな?とりあえず、これからは、来年は田植えはできないと思って丁寧に苗を植えます。

 

毎日、思い残すことが無いように、一人一人の患者さんに精いっぱいの処方を提案させていただいて、自分のいのちをささげさせていただくことが、自分のいのちを有効に使いきることだろうと思い始めました。かかわりあうひとりひとりだけでなく、動物たち・植物たち・ウイルスさんたち、みんなに丁寧におだやかに、今ここを過ごそうと思います。

 

ご飯をいただくときは、一口一口、最後の晩餐と思って味わいつくそうと思います。

 

埼玉県川越の「帯津良一先生」のように、今日は生き切ったと、布団に入る生き方をしたいな、と思います。

 

「場の養生塾」では、30日の午後、カールベッカーさんにご参加いただき、講演会を開催します。

 

 

 

ぜひご覧ください。