修士課程が鍵を握る | イモリンのブログ

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社会人学生で、大都市から田舎に移住してきたイモリンが綴る日記です。

最近、吐き気を伴う頭痛が多くて困っています。吐き気がすごかったです。6月といえば去年は過労状態でした。こういう時期なのでしょうか。生活を整えないといけません。

https://www.chem-station.com/blog/2019/04/phd.html

起きてからこのブログを見ていました。
そう、博士課程ってけっこう苦戦するんですが、このブログにあるように修士課程生時代から戦略的に研究している人は、わりと博士課程もするっと行っている印象があります。

修士課程が鍵を握っているのです。
当然ですがここでいう修士課程には博士前期課程を含みます。

ノーベル賞を受賞された天野博士は、修士課程生時代は大学の先生に勧められるまで博士課程という道は頭になかったようです。勧められたから考え始めた道はだそうです。そういう場合は戦略的にといっても難しい部分はあるかもしれません。

分野、あと大学の規定によりますが、博士課程の標準修業年限で査読つきの論文を数本通すとなると、けっこう入学時点ですら厳しいスケジュールになります。そこからいろいろ勉強を始めているようでは遅く、それまでにある程度の能力を身に着けておく必要はあると思います。

具体例にいうと仮説を立てる段階に行くまでの手順、仮説設定の方法、研究方法の検討、結果を得てからの解析など。それに伴う統計学や英語は当然のこと。

修士の段階でこれらが身についていればあとが楽です。博士課程に行ってからも発見はありますが、遅いんですよね。気づいただけよかったとも言えます。

修士課程で査読付き論文を出す人もいます。そういう体験をしていれば強いと思います。
ただそれは自力だけでは難しい部分もあり、そこは先生の指導にかかる部分もあるのだと思います。

研究は結局積み重ねのものなので、研究能力だってすぐ身につくものではありません。
積み重ねるなら早いほうがいいということです。積み重ねには、自分の意欲や努力はもちろんのこと、指導という外的な要員も大きいものと思います。
鍛錬されないと伸びませんので、厳しい指摘もあることでしょう。しかしながら、それを乗り越えてこそ身につくものとも言えます。そう考えれば、3年では短いのです。

費用面での話はこのブログにあるように、現実厳しい部分があります。他のブログでもありましたが、博士課程への進学を躊躇する要員は結局ここです。今回は、そこは端折りますが。

こういうときいつも思うのですが、じゃあ査読付き論文を修士で出せるかとなるとそれも厳しい話で、卒論での過去の行いとか先生の指導方針とかもありますし、思うようにはできないのも事実です。テーマを与えられる研究室もあればテーマを自分で決める研究室もあります。どちらかは入ってみないとわかりません。

できるなら、卒論〜博士まで同じ研究室というのが手っ取り早いかもしれませんが、大学入学時点でそこまで狙って入るわけではありませんので、そこにはやはり運の要素も入るなといつも思うのです。

難しいですが自然と導かれるものなのかもしれません。
声がかかるということはそれだけで縁を持っているということなのだと思います。