あなたは問いかけに対する答えを知っている。
何のために生きているかと問えば、その答えを得る。悩みの原因を問えば、その答えを得る。

あなたはキーワードに対する答えは知っている。ではあなたはどのようにして生きるべきか。
その問いかけに対する答えを持っているだろうか。



ー答えは持ち歩けるものではないー



キーワードとは、限定的だということを知らなければならない。
悩みというキーワードは悩みを抱えた時に有効だ。苦しみというキーワードはあなたが苦しい時に有効だ。何のために生きているかというキーワードは、「生の意味」という極めて限定的な内容だ。

そのようにあなたはキーワードを答えを記したセンテンスで集めて持ち歩いている。

生とは連続性だ。
それは決して限定的ではない。
限定的ではなく、無限でもない。
ただ在る。在るという現象の連続性だ。

あなたは昨日の時間から今日を生き、明日の時間に移ろうとしている。
しかしあなたが生きているのはいまここであり、連続性の中で、ただ在る。

いまここというキーワードはとても限定的な表現に聞こえてしまうが、それはあなたが限定的な生き方しか知らないからだ。

限定的の生き方をしている時には、あらゆるセンテンスはキーワード化せざるを得ない。
また自分自身も限定的な表現を求めてしまう。

なぜなら、あなたは現にいま苦しくて、この苦しみという限定的な現象を解決したいからだ。

故に限定的な答えを探す以外に方法がない。

しかし、生とは連続性だ。
連続的な生に限定的な答えを当てはめて生活しているならば、悩みが絶えないとしても何も不思議なことはない。

そのことに気づかないと、あなたは苦しみや悩みから永遠に解放されることはないだろう。




ー答えは持ち歩けるものではないー





あなたは連続性の中にいる。
一瞬一瞬をただ生きている。
昨日悩んだ悩みは今日の昼御飯をどこで食べるかという問題に切り替わっている。今日の夜には明日の仕事が憂うつになり、明日の朝には考える間も無く通勤しなければならない。

あなたは連続性の中で常に変化しているのだ。

細胞もあなたが寝ている間に生まれ変わっている。昨日まで若かったが、今朝鏡の前に立つと想像とは違う年老いた自分を見つける。

不変なものは何もない。

この人生は変化こそ真実なのだ。


あなたは問いかけをやめる必要がある。

人生において問いかけは意味をなさない。

悩みを解決したい時、限定的な現象に悩まされる時にだけ活用すればよい。

しかし人生という全体的な現象にそれは持ち歩けない。意味をなさないからだ。





あなたはただ連続性の中に在る。
悩みは通り過ぎて行く。
苦しみは流れて行く。
喜びは通り過ぎて行く。
若さは通り過ぎて行く。
死にたい気持ちは通り過ぎて行く。
楽しい気持ちは通り過ぎて行く。


全ては移り変わって行く。


あなたにできることはただ歩くということだけだ。どのような問いかけも意味はないのだと気づく。あらゆるセッションは必要ないことに気づきなさい。あなたはお金をかけずとも、自分の力で気づくことができる。

限定的な現象に心を惑わされず、また問いかけが生じても、答えを求めない。

苦しみの何がいけない?
それはあなたに挑戦することを教えてくれる。
悩みの何がいけない?
それはあなたに成長をもたらしてくれる。

限定的な現象に惑わされることなく。
ただ歩く。現象はただ過ぎ去っていく。

どのようにして生きるか。
それは問いかけの中にない。

あなたはただ歩く。
あなたはただ連続性の中を生きる。



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