こないだ書いた記事で
どんな素敵な人だろうと
どんな人気インフルエンサーだろうと
自分にとってしっくりこなければ
それは不正解
自分の奏でる音を正解にしよう
自分の世界のドレミにしよう
っていうことを書いた。
でも気を抜くと
すぐに引き戻されちゃう
ダンスとかイベントとか
それほど興味ないんだけど
それじゃダメなの?
ビジネスしなきゃダメなの?
とかね
自分の違う分野で
盛り上がってるのを見ると
まだ自分の軸が弱いので
否定されたような気分になるんだ
冷静さを取り戻したら
誰もアンタのこと
否定してないって!
ってもう一人の自分が呆れながら
教えてくれる
自意識過剰だよね
HAPPYちゃんはエンタメの人で
プロデューサー的な人
似たようなタイプの人が周りにいて
それが際立ってるだけで
わたしのように
エンタメやプロデュースとは
全く違う場所で生きてる人もいるはず
わたしは自然が好きで
自分で探求して
興味を満たすことが好き
そのついでに身近な人とか
マニアックな趣味ブログを書いて
喜んでくれる人がいたらいいな
くらいのスタンスでいる
ビジネスしなきゃ!
って焦ってた時期もあったけど
最近どうでもよくなってきて
それはそれでいいかな
って思ってる
人と関わること
繋がりを感じることこそ大事
とHAPPYちゃんが言うので
わたしも人とつながらなきゃ
って思う一方で
しっくりこなくて
それもイライラしてたんだ
でも最近読んだ
「22を超えてゆけ」の
著者さんの別の本で
繋がる相手は
必ずしも
人じゃなくてもいい
自然でもいい
ということが書かれていて
「それでいいんだ」って
ホっとした
それで分かった。
お金が回る人は
人を喜ばせている人
でも
そんな人ばかりじゃない
お金を回していなくても
うまくいってる人は
自然を喜ばせている人
わたしの場合、
仕事をガムシャラにやっても
スズメの涙ほどの給料だったのが
やめてから臨時収入が
めちゃくちゃ入ってきた
人とのかかわりが薄くなった分
自然とのかかわりが増えたんだよね
もちろんビジネスしてくれる人が
いるからこそ
助けられてることもたくさんある
人類がどちらか片方しかいなかったら
世の中は回らない
それぞれが
それぞれの性質に合った方法を
やればいいのだ
宇宙のリズムに
みんなが乗っていれば
全体としてうまく循環するはず
わたしはたくさんの人を
喜ばせることに興味がない
でも代わりに
その辺の人よりずっと
自然を喜ばせてる自信がある
今はこれでいいかな
こんな地味に生きてるわたしが
なぜHAPPYちゃんに
興味を持ったのだろう?
ってたまに思うのだけど
やっていることが派手だとしても
やっぱり根底に流れている
原理は真実だと思うから
HAPPYちゃんの持つ
明るい面も暗い面も
きっとどちらも持ってるだろうし
たくさんいる発信者の中から
HAPPYちゃんと出会って
惹かれた意味は必ずある
目に見えないものの話を
聞いているはずなのに
しかも、何年も
いまだに
目に見えるものに振り回されがちだね
まだまだ修行が必要です