Wed 200603 サンキュー&サンキュー/アルベロベッロ2(アドリア海岸探検記9)3939回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 200603 サンキュー&サンキュー/アルベロベッロ2(アドリア海岸探検記9)3939回

 信じがたいことだが、今回がついに3939回目の記事である。今から12年前の6月5日、100回続くかどうか半信半疑で開始したブログであるが、4000回達成を前にずいぶんヒーコラしているとは言え、こんなシロート長文ブログを何と3939回も書き続けたことになる。

 

 3939回ということになれば、そりゃ誰だって「サンキュー  サンキュー」と引っ掛けて、「読み続けてくれて♡ありがとう」と盛り上がらずにはいられない。

 

 果たしてホントに12年、3939回にわたって熟読してくれた人が存在するのかどうか疑わしいけれども、少なくとも書いたのも写真を撮ったのも全てワタクシ本人(講演会や授業の写真は除きます)、いやはや中年の執念はマコトに恐ろしい。

(2019年8月29日、アルベロベッロのランチに「La Cantina」を選ぶ)

 

 あいにくいきなりの「東京アラート」が発令されてしまったが、それでも近所の保育園やら小学校やらは、やっと新年度が始まった。いやはや、子供連の自粛ストレスはピークに達していたらしく、そのストレスを6月のお空に向かって目いっぱい発散していらっしゃる。わめくやら叫ぶやら怒鳴るやら、「閑静な住宅街」も何もあったものではない。

 

 その「6月のお空」には、午後になるとたくさんのヒコーキが飛びかっている。ヒコーキは新宿の上空から進入し、渋谷 → 品川 →羽田空港のルートで次々とビュンビュン飛んでくるから、子供連とヒコーキの大合唱が混じりあい、もはや「閑静」の「か」の字もない。

(「La Cantina」にて。優しいウェイトレスさんが、ちょっと無理してテーブルを1つ空けてくれた。隣のテーブルでは家族10人の大パーティーが始まった)

 

 そういうマコトに賑やかな住宅街から、午後4時ごろに一個のサトイモが転がり出る。そのサトイモぶりたるや、あまりにその楕円形がカンペキなせいか、行きかう人々がみんな驚きの目を見張る。

 

「あれれ、キウィが歩いてる!!」「あれれ、サトイモが転がっている!!」。なるほど、その驚きも「ムベなるかな」であって、商店街のガラスに映った自らの楕円ぶりに、自分でもやっぱり「あれれ!?」の叫びをあげそうになる。「キウィがマスクして歩いてる!!」という驚きは強烈だ。

(西地中海でもアドリア海でも、夏の主流はロゼワインである)

 

 6月3日のワタクシは、まだ東大コースの散策を続けていた。同じ東大でも「本郷コース」となるとさすがに遠すぎるから、約1時間半の東大駒場コース。コロナ禍の真っただ中、4月と5月の定番となったこのウォーキングコース(詳細は前回の記事参照)も、そろそろ東大の新入生たちで混雑し始めるだろう。

 

 しかしそう考えながら駒場に着いてみると、おやおやこりゃいったいどうしたんだ。駒場の門はまだ固く閉ざされて、うようよ&ワンサと詰めかけているはずの超エリートたちの姿はほとんど見当たらない。

 

 今もなお、オンライン授業? 東大もやっぱりアラート宣言? 井の頭線・駒場東大前駅は、6月3日の夕暮れが迫ってもなお、人っ子ひとりいらっしゃらない状況が続いているのだった。

        (La Cantina  店内風景)

 

 しかし諸君、せっかく寝ぐらから転がり出たサトイモだ。このままゴロゴロだらしなく寝ぐらに転がり戻ったんじゃ、カンペキ楕円球の名が泣くじゃないか。緊急事態宣言の解除から1週間が経過。楕円球もいよいよ「社会経済活動の再開」をやってみたい。

 

 ただしワタクシは「接待を伴う飲食店」「夜の街の密着度の高い接待」と言ふものが大キライ。「嫌悪を感じる」と言へば大袈裟であるが、要するに「大の苦手」であって、たくさんオカネを払い、その対価として知らない人に優しくしてもらうことを要求するなんてのは、「優しくしてもらう」というカテゴリーにさえ入らない。

 

 だから社会経済活動の再開として、ワタクシは老舗うなぎ店を選択した。あの長くたくましく無駄にニョロニョロした生き物を、見事にさばいて香ばしく焼き上げていただき、命にありがたく感謝を捧げつつ、秘伝のタレやらフレッシュな山椒とともに咀嚼&嚥下、おもむろに胃袋の闇に送り込めば、経済活動の再開としてマコトにおめでたい。

(隣のテーブルのパーティーに気をとられ、「La Cantina」のランチ写真はこれ1枚しかない)

 

 東大駒場から渋谷を通過して恵比寿まで、品行方正な今井君はキチンと徒歩で向かったのである。駒場から約60分、やっぱり行きかう人のお目目は我がカンペキな楕円ぶりに釘付けになるが、それはそれで構わない。

 

 超ベテラン予備校講師ともなれば、何より嬉しいのは人々の凝視と喝采と大爆笑なのである。今は大教室に湯気があがる超濃密は絶対禁止だから、「喝采」「大爆笑」もまた禁止。音楽の時間の合唱まで遠慮しなきゃいけないとしたら、「みんなで音読」もやっぱりダメだ。

 

 だから、東進の河口湖合宿だってもちろん「ダメです」「密です」「いけません」であって、1教室に100人も集まって全員起立して音読、椅子の上に立って音読、朝の湖に向かって音読、懐かしいモロ体育会系の英語学習は、今や夢のまた夢だ。

 

 そんな寂しさの真っただ中、「喝采」や「大爆笑」を我慢し続けるワタクシとして、残る快感の源は「凝視」しかないじゃないか。見つめてくれたまえ、見つめてくれたまえ。驚きに満ちた凝視以外に、2020年のワタクシがどこに快感を見出せばいいと言うんだ?

(アイア・ピッコラ地区。トゥルッリのプチホテル化が進む 1)

 

 こうして歩くこと駒場から60分、ついに恵比寿の老舗うなぎ屋が近づいた。気温30℃に近い西日の中を60分、すっかり大汗をかいて、マスクの中はムレムレだ。

 

「中年オジサマのむれむれマスク」。いやはや、これはまた恐るべき概念である。アナタ、もしもいま「どっちかをつまんでごらんなさい」と言われたら、「むれむれマスク」vs「へアリーなケムシ君」、アナタはどちらを選択なさいますか?

 

 しかし実際には「心配ご無用」なのであって、ワタクシのお口は常にリステリン2分でしっかり超清潔に除菌済み。毛むくじゃらの細菌だのバイキンだの、そんなものは1匹も存在しない。

 

 ついでだから諸君、今井マスクには北海道北見産のペパーミントをひと吹きスプレーしてある。パッケージには「ハッカ油」とレトロな文字で印刷してあるが、北海道出張があるたびに2瓶か3瓶買ってくるほどのペパーミント好きだ。マスクはいつでもスッキリ爽やかで、「口臭むれむれ」などというオゾマシイ事態は絶対に発生しない。

(アイア・ピッコラ地区。トゥルッリのプチホテル化が進む 2)

 

 思い起こせば、いったい外食は何日ぶりだろう。確か10日ほど前に駒場の小さなカレー屋に入ったけれども、まああれは「外食」というほどのものではない。

 

 記録を辿ってみると、2月24日に内幸町「タニーチャ」でイタリアンのランチ、3月1日だか2日だかに世田谷「富田屋」でお蕎麦ランチ、さらに銀座でヒレカツ定食、そのあたりを最後に、おお、マジメなマジメなワタクシは、まるまる3ヶ月も大好きな外食から遠ざかっていたことになる。

 

 久しぶりのうなぎ、白焼きも蒲焼きもみんなホントにおいしゅーございました。ただし断っておくが諸君、ワタクシが「おいしゅーございました」と書くのは、あくまでふざけているのであるよ。

 

 正しくは「おいしう」、それを岸朝子先生の発音を文字って「おいしゅー」と書いている。「文字って」というのも、「文字化して」という意味であって、別に間違っているのではない。なお、最近は「岸朝子先生」も通じない人が増えてきた。知らなければ、ググってくれたまへ。

       (アルベロベッロの大聖堂)

 

 ちょっとした外食でさえこんなに久しぶりなんだから、「外国旅行」ということになると、まだまだ当分のあいだ自粛&自粛が続いてしまいそうだ。フランスにドイツにイタリア、「飲食店も再開しています」というニュースがちらほら流れているが、やっぱりおっかなびっくりの様子だ。

 

「東洋人への冷たい視線」「心ない暴言」「暴行まがいの行動」という悲しいウワサも少なくない。ある程度以上の覚悟がないと、せっかく旅した旅先の国や地域がキライになってしまいかねない。

 

 まだあと1年ぐらいは、昨年までの楽しい記憶を掘り起こし、それでニンマリし続けていたほうがいいかもしれない。というわけで諸君、今日のニンマリは再びアルベロベッロ、9ヶ月も前の古い記憶でニンマリするわけである。

(アイア・ピッコラ地区。トゥルッリのプチホテル化が進む 3)

 

 バーリからアルベロベッロまで、本来はマルティナ・フランカゆきの私鉄「Sud Est線」に乗っていく。しかし現在Sud Est線は工事中で運休、バスでの代行輸送になっている。

 

 ただし、バスの方がおそらくは遥かに快適だ。ナポリからソレントとか、ミラノからコモとか、イタリアにもいろいろローカル私鉄が走っているが、日本の快適な私鉄とは話が違う。

 

 この翌日もバーリからマテーラまで別の私鉄を利用したけれども、異様にゆっくり不承不承に走るかと思えば、いきなり「車両を交換する、全員いますぐ降りてくれ」と命じられる。車内放送ならまだいい方で、私服で乗り込んできたその辺のオジサンが「地声で叫ぶだけ」だったりする。

 

 冬でも暖房なし。灼熱の真夏でもクーラーが故障中、「窓を開けた方が気持ちがいい」みたいなやせ我慢を乗客に強いる。2時間の長旅でも、座席は硬いプラスチックのベンチ、しかも1分に1回ずつ、誰も乗り降りしない掘っ立て小屋みたいな駅に停車する。

 

 だから「工事中だから代行バスで」と言われたら、むしろもっけの幸いだ。クーラーの効いた快適なバスで一度も停車せずに目的地まで一気。乗り鉄でもない限り、そのほうがいいに決まっている。

(アイア・ピッコラ地区。トゥルッリのプチホテル化が進む 4)

 

 ただ残念なことに、ワタクシはまさにその「乗り鉄」そのものなのであって、だからこの朝の「代行バス」には少なからず寂しい思いをした。 

 

 しかも昨年8月のアルベロベッロはまさにオーバーツーリズムの渦中にあって、「南イタリアの片田舎にきた」というしみじみ感は全くない。リオーネ・モンティ地区のほうは「全てのトゥルッリが土産物屋」という状況だ。

 

 大通りの反対側のアイア・ピッコラ地区は、「今も実際に住民がトゥルッリで中世さながらの生活をしている」ということになっているが、多くの建物が瀟洒なプチホテルに改装されつつあり、ノンキに「中世の雰囲気が漂う」などと言っているのは、日本のガイドブックだけである。

   (ここではワン助も、トゥルッリにお住まいだ)

 

 もちろん店の人はみんな流暢な英語を話すのである。早口のイタリア語でまくし立ててくれる人なんか、ほとんどいらっしゃらない。あっちでも英語、こっちでも英語。せっかくたっぷりのイタリア語に浸りたくてアドリア海岸までやってきたのに、「日本人は英語」と決めてかかっているらしい。

 

「意地でもイタリア語しか話しません」という豪快オジサマに遭遇したのは、この旅の後半、バーリの海辺の地元っ子レストランでのことだったが、まあそれまでは、英語帝国主義にどっぷり浸かった観光地で、ひたすら寂しい気持ちを抑えながら歩き回るしかなかった。

 

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