Tue 191029 理想の叔母さま/やっぱり、いない(にゃごろわラストデイズ3)3882回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 191029 理想の叔母さま/やっぱり、いない(にゃごろわラストデイズ3)3882回

 昔の小説や映画には、「おじ」と「おば」がずいぶんたくさん登場するのである。明治・大正・昭和の中期まで、伯父&叔父、伯母&叔母は、甥や姪にとっての憧れの存在だったり、強い憎しみの対象となったり、どちらにしても大家族の中での存在感がマコトに大きかった。

 

 文学の世界で存在感が大きければ、その影響は受験参考書にも及ぶのであって、20世紀の英語の受験参考書に掲載された例文を見てみると、「uncle」の登場回数に目を見張る。

 

 いま手許にある昭和の駿台文庫「基本英文700選」なんか、2ページに1回はuncleが登場して、甥や姪の面倒をよく見ている。

「叔父は私に通訳をやらせた」

「上京するとすぐに彼は叔父の事務所を訪ねた」

「駅に迎えに来るはずの叔父の姿が見当たらなかった」

時に厳しく、時に頼もしく、時にはそれなりの手抜きもあって、「おじ」の存在感は21世紀の今とは比べものにならない。

(少し減量した頃のニャゴロワ。長い尻尾が自慢だった 1)

 

 父母どちらかの兄にあたるのが「伯父」、父母どちらかの弟にあたるのが「叔父」。昔の人はふざけ半分に「ハクチチ」「ジャクチチ」と呼んで区別した。ワタクシは小家族の中で「弟」という立場にあり、妹も弟もいないから、当然「ジャクチチ」=叔父にしかなれないのであって、いわゆる「ハクチチ」=伯父の立場に立つことはできない。 

 

 ハクチチには何となく知性と厳格さがみなぎっていて、地位の点でも経済力の点でも、いざという時には頼りになりそうな感じ。ジャクチチのほうは何しろ母ないし父の弟だから、地位も決断力も財力もないイメージ。「頼り甲斐」という言葉の語感からはぐっと遠ざかる。

 

 だからワタクシは、昔からハクチチに憧れた。兄というものになってみたい、伯父という存在になってみたい。そう願いつつ10歳代や20歳代を過ごしたが、結局このまま弟としてジャクチチとして一生を送るしかない。わが人生最大のコンプレックスの1つである。

(少し減量した頃のニャゴロワ。長い尻尾が自慢だった 2)

 

 八千草薫さんが亡くなった。彼女こそ昭和の日本人が共通して憧れた「理想の叔母さま像」なのである。上品でしとやかで、いつも控えめな笑顔を浮かべ、どんなことでも優しく許してくれる。そういう理想の叔母さまが、昔の小説や映画によく登場した。

 

 時に苛立ちの影がよぎることもあるが、その苛立ちは他者に向いているのではなくて、他者を完全に助けてあげられない自分の無力さに対する苛立ちなのだ。しかもいざとなれば、言うべきことを毅然として言ってくれる。

 

 姪たちはみんな「叔母さまみたいになりたい」と口を揃える。淡いピンクや涼しげな藍色の着物をキレイに着こなし、炎天下でも汗なんかとは無縁。ピアノもバイオリンも教えてくれるし、昔は少しお転婆で乗馬だって習った。お花も活けるし、茶道の心得もある。

 

 かつて地元の高校でも憧れの対象だったらしい。絵を描いても作文を書いてもいろんな賞をとってきたし、体育祭でもヒロインだった。「あの叔母さんは、すごかったんだから」。そういう伝説を家族から聞かされたりする。

 

 年をとった国語の先生が「ああ、キミはあの◯◯さんの姪御さんか」と、懐かしげにふと遠い目をする。彼女の姪であり、彼女の甥であることに、強い誇りを感じる。甥や姪が憧れるのは当たり前である。

 

 勉強もすごくできたが、友人たちと一緒に地元の普通の大学に進学して、その後のプライベートな生活はよくわからない。しかし叔母さまが訪ねて来ると、甥も姪もすっかり夢中になって、まだ30歳代の若い叔母さまにいつまででもまとわりついている。そんなイメージだ。

 (なでしこ、9歳。「理想の叔母さま」のイメージだった)

 

 そういう叔母さまの役を、若き日の八千草薫さんが演じたかどうか、ワタクシにもあまりハッキリした記憶がない。しかしワタクシがまだ子供の頃、テレビをつければいつでも彼女がドラマの中心で、キレイに着こなした和服姿で優しく微笑んでいた。

 

 むかし日本にヤマトナデシコという言葉があって、もしもそういう女子が昭和後期の日本にも存在したとしたら、八千草薫さんはそれを絵に描いたような女優さんであった。まさに理想の叔母さま像なのである。

 

 2003年、2匹のネコ姉妹が初めてオウチにやってきた時、物静かなキジトラのほうを見てすぐに「こりゃどうしても『なでしこ』という名前にしなきゃな」と考えた。

 

 カタカナのナデシコではなくて、あくまでひらがなのなでしこ。まだ1歳未満の子猫であったが、大きくなったら勉強も音楽も体育も絵もみんな得意、クラスの憧れになりそうな優等生ネコに育ちそうだった。イメージは、1970年代の八千草薫さんだったかもしれない。

(ニャゴロワ、9歳。横になると人間の座布団1つを占領する大きさだった)

 

 純白のネコのほうは、うーん、姉妹なのになでしことは全く様子が違う。例えば、ソフィア・ローレン。というか、やっぱりどうしてもロシア美女風に育ちそうだった。

 

 諸君、「アナスタシア・ヴェルチンスカヤ」という女優をご存じか。1970年代、ソビエト連邦の憧れの対象であって、「アンナ・カレーニナ」「戦争と平和」「ハムレット」など文芸大作に出演。今井君はマコトに古い人間だから、ロシア美女と言えばまずアナスタシア・ヴェルチンスカヤを思い出す。

 

 最終的に純白の姉ネコは「ニャゴロワ」という名前に落ち着いたのであるが、下手をすれば「ニャゴスタシア」とか「ニャゴチンスカヤ」とか、今思えばもっとずっとバカバカしい名前にされてしまう危険だってあったのだ。

 

 ニャゴロワの「ワ」の字を間違える怪しからん人物も少なくなかった。「ウ」と間違えて「ニャゴロウ」とか、「ク」と間違えて「ニャゴロク」とか、これほど美しい純白ネコを「にゃご郎」「にゃご六」と誤解するだなんて、そういう人の感性を疑うしかない。

    (強烈な性格は、なでしことは正反対だった)

 

 3歳4歳の頃にはすっかり大人の美猫に成長。あんまり美しいから、DVDへの出演依頼もきた。たくさんのクルーがオウチを訪れ、ニャゴロワが思い切り遊ぶ姿を2時間も撮影して帰っていった。確か「猫ぐらしマニュアル」というタイトルだったが、いやはや、今見てもニャゴはあまりに美しい。

 

 その後の2〜3年は爆食い  激太りの日々。「本の表紙になりませんか?」という依頼が来た時には、その激太りのせいか、妹なでしこに表紙の座を奪われた。

 

 南里秀子さん著「猫、ただいま留守番中」(駒草書房)の単行本の表紙には、八千草なでしこのつつましい姿が残っている。数年して本は文庫化されたが、残念なことに文庫化バージョンでは、なでしこの勇姿は普通のイラストに置き換えられていた。

 

 2010年以降の2匹の腎不全の話はすでに何度も書いた通り。最盛期には5.5kgあったニャゴロワが1.9kgにまでやせ細っていく9年は、一緒に暮らしたワタクシにとってもマコトにツラく悲しい日々であった。

(真夜中のニャゴロワ。眠るときは懸命に眠る主義だった)

 

 それでも、まだ彼女にはテレビ出演のチャンスが残っていたのである。3年前の夏、テレビCMの撮影でたくさんのクルーがオウチを訪れた。半地下の書斎が舞台で、天井まで届く書棚が9つも並んだ書斎にテレビカメラが据えられ、今井君がそこで授業準備に励んでいる姿を撮影した。

 

「先生が一息ついているところも撮りたいですね」とスタッフの1人が言い出し、「ニャゴロワちゃんと一緒のところはどうですか?」と尋ねられた。

    (人を笑わせることが大好きなネコだった)

 

 しかし、あの時すでに14歳、前年に妹のなでしこを亡くし、連日の点滴を継続して7年目。かつてあれほど積極的で自らの美貌に自信たっぷりだったニャゴロワも、見知らぬ人を嫌う傾向が顕著になっていた。

 

 2階の居間のソファの上で丸くなったニャゴは、呼んでも階下に降りてこない。階段の上までは来るけれども、そこから疑わしげに階下を見つめているだけである。

 

 ニャゴが嫌がるものを、無理やり今井が抱っこして見せたところで、いいCMにはならないだろう。あきらめて、「先生がくつろいでいる場面」は、熱いエスプレッソを1杯グイッと飲み干す場面に切り替えた。

 

 あの時の30秒のCMで、今井の登場は合計で約5秒に過ぎないが、その最後の場面、薄暗い書斎の片隅で腹の出た中年男がエスプレッソを飲み干している。

 

 うーん、しかし今思えば、やっぱり少し無理をしてでも、ニャゴをテレビ出演させてあげたかった。まさに後悔先に立たずであって、今はもう「ニャゴ」と呼んでも返事はないし、仕事から帰宅しても階段を急いで駆け下りてくる姉妹の気配もない。「もう、いないんだな」と呟く日々が続くのである。

 

1E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du PréBEETHOVENPIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 8/9

2E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du PréBEETHOVENPIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 9/9

3E(Cd) BarenboimBEETHOVENPIANO SONATAS 1/10

4E(Cd) BarenboimBEETHOVENPIANO SONATAS 2/10

5E(Cd) BarenboimBEETHOVENPIANO SONATAS 3/10

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