Mon 180115  大寒波/ぴったしカンカン/ホニャララの語源/千葉県市川の大盛況 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba
2018年02月07日(水)

Mon 180115  大寒波/ぴったしカンカン/ホニャララの語源/千葉県市川の大盛況

テーマ:ブログ

 2月4日、立春ではあっても、日本中「最強寒波」の真っただ中である。広島空港は、雪。ヒコーキは「翼に雪が積もってしまったので」「融雪剤で翼の雪を融かします」という理由で、出発が30分遅延することになった。

 

 5年ほど前、ミュンヘンの空港で同じことがあった。ブリュッセルに2週間滞在した帰りだった。いやはや、あの年のベルギーは今年の日本に負けないぐらいの大寒波で、ホテルから出るだけで危険を感じるほどだった。

 

 きっと今年の日本を訪れている欧米人も、日本の大寒波に身の危険を感じているだろう。昨日の福井の大雪、ありゃタダゴトではない。大阪&京都方面への特急「サンダーバード」も全て運休になっていた。

 

 そこで諸君、栃ノ心優勝の日に続き、またまた今井君は中年オジサン独特の「ほれ見ろ」「だから言っただろ!!」を炸裂させるのである。ワタクシが今年の大寒波を予言したのは、12月13日のこと(Mon 171120 バッカリ食べ炸裂/熊本県八代の大盛況/全国区だった昭和の早稲田参照)。「今年は半世紀前の38豪雪みたいなことになりそうだ」と予言した。

 

 昭和38年、新潟から上野に向かった急行「越後」が「106時間遅れ」と言ふ恐るべき事態に陥り、新潟を出て5日後に満身創痍の姿で上野に到着した。これはもう伝説と言っていい。

 

 しかし2018年、新潟県では信越線の普通列車がまるまる一晩立ち往生しているし、福井ではクルマが1000台雪に閉じ込められたりしている。

 

 ワタクシは2月13日、大雪の真っただ中の福井県を縦断して、石川県小松で公開授業の予定。まあ百戦錬磨の今井君だ、何があっても連戦連勝、意地でも小松にたどり着いてみせる。小松の翌日は東京・向ヶ丘遊園でお仕事。これも心配だけれども、百戦錬磨の中年サトイモは、大寒波なんかに負けることはない。

市川1

(2月5日、千葉県市川の大盛況 1)

 

 そこで雪の広島空港に話を戻すけれども、「翼に雪」「融雪剤を使用」、これが新千歳空港とか旭川空港なら「まあいつものことですよ」と笑っていられるが、ここは広島である。乗客の間に、少々不安な囁きが広がった。「大丈夫なんですかね」「欠航になるんですかね」「ケッコー心配ですね」。まあそんなところである。

 

 しかし諸君、これは大チャンスだ。何のチャンスかと言うに、「睡眠チャンス!!」であって、30分遅れるなら30分ぶん、余計に睡眠が取れるじゃないか。

 

 19時半から千葉県市川で公開授業のスケジュールがあるけれども、万が一の場合は

① 広島駅に戻って新幹線に乗る

② 博多まで西に進み、福岡空港からヒコーキに乗る

窮地に陥っても、選択肢はいろいろ残っているのだ。

 

 そこで今井君は爆睡したのである。睡眠不足を解消するには、この遅れはまさに大チャンスだ。せっかくのプレミアムシート。贅沢な席に30分余計に座っていられることを、ポジティブに考えたほうがいい。

 

 というわけで諸君、この段階で完全に意識を失い、気がつくと伊豆大島上空を飛んでいるのであった。いやはや気持ちよく爆睡した。離陸の瞬間なんか、ちっとも記憶にない。

富士

(大寒波の雲の向こうにうっすらと富士が見えた)

 

 プレミアムクラスでは、飛行中に豪華お弁当が出るが、それも全く記憶にない。お隣の席の紳士が何だか汚い音を出しながら飲み物をすすっていたような記憶があるが、そんなの気にならないほどの爆睡であった。

 

 伊豆大島も、どうやら大寒波。三原山が雪をかぶって、おお、寒そうだ。それが今日の写真の2枚目。1月29日、高松からの帰りのヒコーキからは、もっとずっと鮮明に火口の底まで見えたのだが、あの時は手許にカメラがなかった。火口をギュッと見せて差し上げられなかったのがマコトに残念である。

 

 羽田空港に着陸、17時20分。予定から40分近く遅れている。市川には18時30分に着かなきゃいけないから、ここからがタイヘンだ。リムジンバスで一気に市川まで行こうと思っていたが、バスは10分前に出発しちゃっていた。

 

 品川まで京急線で25分、品川から総武線快速で25分。おお、まさにピッタシの時刻に市川に着けそうだ。昭和の時代、20世紀の終盤には、こういう時「ぴったしカンカン!!」と叫ぶ習慣があったが、21世紀の若者に「ぴったしカンカン!!」と言ってみても、はるかな過去の亡霊でも見るような顔をされるだけである。

 

「センセー、それって何ですか?」と怪訝な表情の諸君、そこから先はグーグル先生にお任せだ。1975年から1986年まで、TBS系列の黄金期に放送されていたクイズ番組。司会者は、久米宏 → 小島一慶 → 吉田照美 → 生島ヒロシ。TBSの黄金期は、日本の黄金期とぴったしカンカン重なるのである。

伊豆大島

(ヒコーキから伊豆大島を望む。三原山火口までスカッと見えた)

 

「そんな大昔のクイズ番組、ウチラにはカンケーねーじゃん」と顔を背けたアナタ。そんなことはない、受験生には今も大いにカンケーがあるのだ。

 

 だって諸君、英語の授業で講師がこぞって使う「ホニャララ」と言ふコトバ、聞いたことがあるだろう。イディオムなんかを教える時、「彼は彼女とホニャララした」「彼は彼女にホニャララとメールした」みたいに予備校講師が言うじゃないか。

 

 そこんトコロ、今井君は「ホニャララ」がどうしてもイヤなので、「てんてんぷるぷる」で代用する。「彼は彼女にテンテンプルプルな感情をいだいた」「私は彼女とテンテンプルプルな関係だ」と説明することにしている。

 

 この「てんてんぷるぷる」が思わぬ人気なのである。1991年から延々と使い続けているが、「サインしてください!!」と顔を紅潮させて今井君のモトを訪ねてくる若者たちの中にも、「てんてんぷるぷるって書いてください」という諸君があとをたたない。

 

 一方の「ホニャララ」については、その発祥が「ぴったしカンカン」であるというのが定説である。初代司会の久米宏どんが、クイズ問題を出すたびに「ホニャララしたとします」「ホニャララだったとします」を連発した。予備校講師のホニャララは、どうもそこに端を発したらしいのである。

ケーキ

(市川でフルーツにケーキにオムスビをいただく)

 

 もっとも、「久米宏」という人物についても、21世紀の若者たちにとっては、もうすっかり過去の人物であるらしい。「久米宏」と言っても「関口宏」と言っても、彼ら彼女らからはもう「それって、誰?」みたいな冷ややかな反応しか返ってこない。

 

 Mac君だって、同じである。いくら「クメヒロシ」を「クマヒロシ」と間違って入力したからといっても、いきなり「クマ宏」ときたんじゃ、そりゃ要するに今井君のことじゃないか。

 

 まあこうして諸君、市川には18時30分、公開授業開始の1時間前にビシッと到着した。お仕事の会場は、市川で一番の由緒あるホテル「市川グランドホテル」の6階大ホールである。

 

「市川で一番」と言われても、それなりに「だから?」と尋ね返したくなるが、地元ロータリークラブなんかの大宴会も同時進行。おお、さすが市川一のホテル、宴会フロアはまさに大盛況なのであった。

市川2

(千葉県市川の大盛況 2)

 

 こうなれば、今井君も大いに盛り上がらなければならない。出席者150名。うぉ、こりゃスゲー。「校舎では完全に溢れてしまうので」と校舎長が苦笑いするほど、たいへんな人数が集まった。150名中、完全外部生も50名含まれている。

 

 すぐ近くには船橋・津田沼・錦糸町・西船橋・幕張・稲毛海岸・千葉、我々の校舎はほとんど1駅ごとにあって、それでもこれほど多くの諸君が市川グランドホテルを埋め尽くしてくれた。

 

 校舎長の男子は、「東進のモト生徒」である。長野県長野市の校舎で高校生時代を過ごした。司会を務める女子もまたモト生徒。彼女はまさにこの市川校舎の卒業生である。こういうのは教育産業の理想というべき状況であって、卒業生がどんどん先輩の後を継いでくれる。

 

 校舎長に、「10年前、先生のC組やB組を楽しく受講してました」と言われれば、これ以上うれしいことはなかなか考えられない。7時半開始、9時10分終了。使用したテキストは伝説の「B」。うぉ、今晩もまたギュッと楽しかった。

 

1E(Cd) George Benson:STANDING TOGETHER

2E(Cd) Chicago:CHICAGO

3E(Cd) Take 6:BEAUTIFUL WORLD

4E(Cd) Kazuhiko Komatsu & Saint Petersburg:貴志康一/SYMPHONY ”BUDDHA”

5E(Cd) Akiko Suwanai, Dutoit & NHK響:武満徹 ”FAR CALLS” ”REQUIEM FOR STRINGS”etc

total m75 y75 d22546

Ameba芸能人・有名人ブログ

芸能ブログニュース