2015年02月23日(月)

Fri 150130 ニームまでバス旅 まもなく秋 マンタローにペリエ(夏マルセイユ滞在記35)

テーマ:ブログ
 こうして9月10日午後4時(スミマセン、昨日の続きです)、クマ助はエグ・モルトを去ることにした。マコトに名残惜しい限りであって、何故ここに1泊する決心がつかないのか、それが不思議なぐらいであった。

 もしも「プチホテルに1泊」を決意すれば、大湿原カマルグを船で探険することも可能になり、ライトアップされた13世紀の城壁の勇姿も眺められる。聖王ルイの可愛いボーレイ君とも、赤ワインでもクイクイやりながら一晩ゆっくり語り合えるはずだ。

 しかし諸君、さすがにクマ助は疲れてきた。思えば8月30日夜に羽田空港を出発、ミュンヘン経由でマルセイユ入りしてから、すでに12日が経過。しかもその中で「何故かヴェネツィア」なんてのもやったし、炎暑のプロヴァンスを「乗合バス乗り継ぎ」という強行軍で旅を続けてきた。

 マルセイユ滞在は、いよいよ明日が最終日。クマ君はもうそんなに若くないから、旅の終盤ぐらい怠惰に過ごしたい。エグ・モルト宿泊はまた今度のチャンスにして、中世城塞都市の夜の姿は「見残し」ということに決めた。
バス停
(閑散としたエグ・モルト駅前のバス停)

 来る時はニームから盲腸線のローカル電車にトロトロ揺られてきたけれども、午後4時の段階でもう今日の最終電車は出てしまっている。駅前の閑散としたバス停で待つこと15分。「ホントにバスは来るのかな」という不安に襲われる。

 その不安感は、地元のヒトも同様であるらしい。近づいてきたフランスのオネーサンが「バス停はここでいいんですかね?」「このバス停は、いつもこんなに閑散としてるんですかね?」と、心配そうな表情で尋ねてきた。

 そんなこと聞かれたって、今井君にはどうにも答えようがない。誰が見ても東洋の短足ツキノワグマなんだし、「エグ・モルト」という町の名を知ったのも、マルセイユ到着直前のことだった。

 でも、とりあえずバス停はここにあるんだし、時刻表にも4時のニーム行きバスの存在はキチンと掲載されている。まあ来るでしょう、来なかったら、また城壁の中に戻って、「1泊」の覚悟を決めるだけ。実にカンタンな行動指針であって、それ以外どんな方針もありえない。
ニーム
(ニームの町を再び散策。ローマ時代の円形闘技場に挨拶する)

 5分ほど遅れて、バスはやってきた。「助かった!!」と快哉を叫ぶ瞬間である。ポン・デュ・ガールの時もそうだった。ラ・シオタとカシスの時もそうだった。まるで「地獄でホトケに会った」ぐらいの、突き抜けるような「助かった感」に、思わず全身がブルブル震えた。

 「サン・ルイ広場にあんなにたくさん溢れていた観光客は、どこに行っちゃったんだろう?」であるが、要するにみんな団体バスツアーだったのである。かつて日本人の団体行動ぶりは欧米人の奇異の視線を浴びていたが、諸君、今や欧米人も率先して団体行動を選択する時代のようだ。

 バスより列車が好きなのは、列車の方が車窓風景が圧倒的に趣き深いからである。特に高速道路を走るバスの車窓は、世界中どこへ行ってもそんなに大きな違いはない。列車のほうは今もなお、スペインならスペイン、トルコならトルコ、その土地その土地の特徴的な印象がある。

 ウィーンからブダペストに到着した時の真冬の車窓は、「おお、これこそ東欧!!」「これこそハンガリー!!」という暗澹たる風景。ソ連に支配された20世紀の重い空気が、分厚い雲の下、暗く巨大な廃工場の鉄骨の周囲に渦巻いていて、心が震えたものである。

 それに比べて、エグ・モルトからニームまでのバスの車窓は平凡そのもの。南フランスや大湿原地帯でなければ見られない独特の風景は、いくら車窓にかじりついていても、一向に展開されないのである。
バスチケット
(この数年ヨーロッパで一気に普及した紙の磁気カード。頑固さを感じるほどに反応が悪い)

 フランス国内のチケットは、この2~3年で一斉に磁気カードに変わりつつある。カードは紙製。日本の交通系カード並みの反応は期待できないが、まあ一応便利にはなった。

 ただし、運転手さんも地元の乗客も、カードの扱いに戸惑っている様子。「昔ながらのキップのほうがよかったな」という懐古の声が、みんなの胸の奥から湧き上がっているのが聞き取れるほどである。

 何しろカードの反応が悪すぎる。運転手さんも乗客も困惑気味。ヒタイを流れる大粒の汗を拭いながら何度もチャレンジするのだが、機械クンはなかなか「ピッ♡」と言ってくれない。

 見た感じでは、1人平均3タッチから5タッチぐらいするようである。繰り返し&繰り返し何度もチャレンジし、気難しい機械クンがやっとのことで「ピッ♡」と返事を返してくれると、ジーチャンもバーチャンも「何でこんなメンドーなことになっちゃったんだ?」と首を傾げながら席に向かう。
ペリエ割り
(ニーム駅前のカフェでマント・ア・ローを注文。今回はペリエで割ってみる)

 約1時間のバス旅で、無事ニームの駅前に到着。4日前、ポン・デュ・ガール小旅行のついでに来て、この落ち着いた町が大好きになった。今日も夕暮れまで数時間、ニームをブラブラしてからマルセイユに戻ろうと思う。

 散策のルートは、4日前と同じでいい。街中に溢れているマスコットのワニ君を撫でながら、古代ローマの円形闘技場 ☞ 町役場前の広場 ☞ メゾン・カレとめぐるうちに、早くも陽は傾いて空はオレンジ色の光でいっぱいになった。

 考えてみれば、もうすっかり秋なのである。秋分の日まで、あと10日余り。照りつける南フランスの太陽に油断していたが、暑かった夏は間もなく完全に終わって、プロヴァンスのリゾートもこれから半年の長い休業に入る。
メロン
(マルセイユのホテルに帰って、3日前に買ったメロンを割ってみる。おいしゅーございました)

 北イタリアのコモ湖、マッジョーレ湖。サルデーニャのズメラルダ海岸、南イタリアのアマルフィにサレルノにポジターノ。カプリにイスキアにシチリア。いったん休業に入れば、来年4月まで、リゾート地から人影が消える。

 そう考えると、マコトに寂しい夕暮れであった。思わず涙がこみあげて、4日前と同じニーム駅前のカフェに座り込み、「マンタロー」こと「マント・ア・ロー」を注文。ミントのシロップを冷たいお水で割って、爽快な夏の味を復習してから帰ることにした。

 ただし諸君、4日の間にすっかり進化したクマどんは、マント・ア・ローを楽しむにも、普通のお水じゃなくて「ペリエ、ありますか?」という小細工に出た。アブクのないノーマルな水で割るより、シュワシュワ泡立つ炭酸水のほうが、夏のマンタロー君は圧倒的に爽快なようである。

1E(Cd) Bernstein & New York:BIZET/SYMPHONY No.1 & OFFENBACH/GAÎTÉ PARISIENNE
2E(Cd) Prunyi & Falvai:SCRIABIN/SYMPHONY No.3 “LE DIVIN POÈME”
3E(Cd) Knall:BRUNNER/MARKUS PASSION 1/2
4E(Cd) Knall:BRUNNER/MARKUS PASSION 2/2
5E(Cd) Kubelik & Berliner:DVOŘÁK/THE 9 SYMPHONIES 1/6
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