2015年02月20日(金)

Tue 150127 ホクソM エグ・モルトで水牛ステーキを平らげる(夏マルセイユ滞在記33)

テーマ:ブログ
 「なぜ歴史を学ぶのか」。社会科の先生は誰でも、歴史の授業の第1講で難しい顔をしてみせる。21世紀の今どうなっているか分からないが、少なくとも今井君が学校に通っていた太古の昔、4月1回目の授業の先生がたは、例外なく記憶を否定したものだった。

 「歴史を学ぶのは、年代や人名の記憶のためじゃないんだ」
「年代の記憶なんて、ぜんぜん意味がない」
「昔のことをムリに記憶したって、何にもならないじゃないか」
ということになると、記憶力が抜群にいいことを取り柄の1つにしている今井君の旗色はグングン悪くなる。

 妬み気味の友人たちは、「要するに今井って、何の役にも立たないことを記憶するのが得意なだけなんだ」とホクソ笑む。くそォ、マック君は意地でも「ホクソM」と変換して、クマ助の出ばなをくじこうとホクソMのである。

 しかし諸君、わざわざ面と向かって「今井、要するにオマエは記憶力がいいだけなんだ」と言いにくるヤツまでいるから、世の中は恐ろしい。よそのクラスのヤツまでやってきて、わざわざ教室の外に呼び出してまで「今井、オマエは結局…」とおっしゃる。いやはや昭和とは、記憶の否定が激烈をきわめた時代だったのだ。
ステーキ1
(エグ・モルト名物、巨大な水牛ステーキ)

 そういう時代に育った人間が新聞社やテレビ局で働くようになると、「とにかく記憶や詰め込みを否定していれば世間ウケがいい」と考えるのかもしれない。

 今井君が大嫌いな某新聞社をはじめ、大学入試についても高校入試についても、
「極端な記憶重視を是正しなければならない」
「もっと考える力を重視した試験問題が必要」
という論調で足並みがそろってしまう。

 では、「現状はホントーに記憶力重視ですか?」「センター試験や悪名高い難関私大の入試が、ホントーに記憶偏重ですか?」ということになると、なかなか具体例が示されない。今のセンター試験英語のいったいどこが、「記憶力偏重」の非難に該当するのか、クマ助にはサッパリ分からない。

 昭和の社会科の先生は、「いいか、歴史を勉強するのは、考える力をつけるためなんだ」とコワい顔で熱弁を続けた。
「歴史を学ぶことで、未来の明るい社会を築くヒントが得られるはずだ」
「歴史を学べば、過去から様々な教訓や指針が得られるんだ」
「覚えちゃダメだ。自分がどう生きるかを考えるんだ」
小学校でも中学校でも、高校でも予備校でも、必ずそう言い聞かされた。

 しかしそう繰り返しておいて、中間テストや期末テストでは「覚えてなくちゃ解けない問題」がいくらでも出題された。というか、覚えてさえいれば、何とでも対処できた。
エグモルト1
(エグ・モルト、13世紀そのままの町並み)

 しかし諸君、オトナになったクマ助は、歴史を学ぶことの意味をそんなに難しく考える必要はないと確信するようになった。「なぜ歴史を学ぶか」と問われれば、「歴史を学ぶと楽しいから」とサラリと答えることができる。

 歴史を学ぶプロセス自体が、カラダがブルブル震えるほど楽しいけれども、一応チャンと世界史や日本史の受験勉強をやってから旅に出ると、旅が10倍にも20倍にも楽しくなる。歴史を知らない旅じゃ、ちっともワクワクしないじゃないか。

 旅が楽しいということは、「人生が楽しい」というのとほぼ同値であって、勉強の目的はすべて「人生を楽しくする」ことに集約されるはずだと、クマ助は確信する。「楽しい人生と楽しくない人生、どっちがいいですか?」と質問されて、答えに窮するヒトはいない。楽しい人生を国民に満喫させるのが国の役割であって、教育の役割もまた同じである。

 もちろんそれは歴史教育に限ったことではない。「なぜ英語を勉強するのか」「なぜ数学を」「なぜ古文を」「なぜ音楽を」の全てについて、究極的には「人生がブルブルするほど楽しくなるから」という答えしかありえないと思う。

 「世界のヒトとコミュニケーションできるから」「論理的思考が身に付くから」「いにしえのヒトの心が分かるから」みたいなのは、話をずいぶん狭く小さくしているので、要するに「楽しいから」「ブルブルするほどだから」「それが一生続くから」と、サラリと言ってしまったほうがいい。
エグモルト2
(エグ・モルトの4スミに立つ塔のうちの1つ。もしかしてコイツが「塩漬けのブルゴーニュ人」(Fri 150123 夏マルセイユ滞在記32参照)か?)

 例えば、いまクマ蔵が闊歩している南フランスのエグ・モルトであるが、ここは「何でもかんでも聖王ルイ」な町である。広場も聖王ルイ、広場も聖王ルイ、プチホテルも聖王ルイ。この町を旅して、もしサン・ルイの長い顔と彼の業績を知らなかったら、旅の面白味は半分にもならない。

 今井君はいちおう受験勉強の世界史ぐらいはビシッとやったから、ルイ9世がどんなヒトだったか、いまだに記憶に残っている。すると諸君、13世紀の城壁に囲まれた長方形の町に一歩踏み入れた途端、聖王ルイの可愛い亡霊がプロヴァンスの陽光の中に笑顔で出現し、クマ助の手を取って小さな町の案内役を買って出てくれる。いやはや、長いお顔の御仁である。

 四角い城壁の上を一周して降りてくると、城門にもサン・ルイ像、その脇にホテル・サン・ルイ、その向こうがサン・ルイ広場。喉が渇いたから、カフェでビールを飲みたいが、せっかくならタップリの肉もワシワシやってみたい。

 脇を歩いている聖王ルイに尋ねてみると、「水牛のステーキが名物でござるよ」と教えてくれる。しかし何しろ広場はどの店も超満員。1軒目の店は「席がありません」と断られたが、ルイ君に「広場の南西の角なら、涼しい日陰のテーブルに座れるでござるよ」と教えてもらった。
サンルイ
(エグ・モルトの町は聖王ルイだらけ)

 異様に愛想のいい陽気なオジサマウェイターが出てきて、彼にもまたサン・ルイどんが乗り移った感じ。「水牛のステーキですね?」と、向こうのほうから嬉しそうに決めてしまった。ついでに、ビア。さらについでにロゼワイン。こうして、素晴らしいランチが始まった。

 まもなく出てきた巨大な水牛ステーキは、普通の日本人には「ちょっと無理」な感じ。うぉ、「この固さ、別世界」であって、一昨年冬にパリ・オペラ座前「ヒポポタマス」で懸命に咀嚼 ☞ 嚥下した巨大ステーキと好勝負を演じそうである。

 パリの時は口の中に3カ所、大きな口内炎ができた。全治2週間、重症な感じの口内炎に半月も苦しんだ。エグ・モルトの水牛君も、なかなか強情なシロモノであって、日本のステーキみたいに「アブラが甘い!!」「肉汁がジュワーッ!!」「噛まないうちに融けちゃった!!」「何だこりゃあ!?」みたいなダラしないことは決して起こらない。
ステーキ2
(巨大な水牛ステーキをワシワシ中。右手を巧みに使った究極の自分撮りである)

 欧米人にとっては、アブラでデロデロな肉は「もってのほか」なので、肉は赤身でワシワシ固く引き締まっていなくてはならない。アブラ優先の肉を見ると、クマ助と欧米人はギュッと顔を歪めて「これは肉ではない!!」と断言する。

 マーク・シャツカー著「ステーキ!世界一の牛肉を探す旅」(中公文庫・野口深雪訳)を読んでみたまえ。ほぼクマ蔵と同意見だ。日本のアブラ肉を否定はしないものの、「ワタシが求めている肉ではない」とヒトコト。アルゼンチンのステーキを「世界一」と勧めるあたり、まるで今井君の化身みたいである。

 水牛さん、とってもおいしゅーございました。ついつい調子に乗って、付け合わせのポテトまで全部平らげてしまったが、これはオジサマウェイターが「どうだ、日本人なんかに、そんなデカいのは平らげられないだろう?」という感じでニヤニヤ笑ったのに対する反発。日本人でもステーキ2枚、オカワリしてでもペロリと平らげるクマが、チャンと存在するのである。

1E(Cd) Perlea & Bamberg:RIMSKY-KORSAKOV/SCHEHERAZADE
2E(Cd) Chailly & RSO Berlin:ORFF/CARMINA BURANA
3E(Cd) Pickett & New London Consort:CARMINA BURANA vol.2
4E(Cd) Menuhin & Bath Festival:HÄNDEL/WASSERMUSIK
5E(Cd) Diaz & Soriano:RODRIGO/CONCIERTO DE ARANJUEZ
total m153 y153 d15482
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