2015年01月19日(月)

Fri 141226 選択肢が多すぎ マリアの街・ドーデの街 レ・ボー(夏マルセイユ滞在記24)

テーマ:ブログ
 9月7日、勤勉なクマ助はマルセイユを朝早く出て、列車で約1時間のアルルを目指した。アルルの街そのものと、その近郊の街を1つ抱き合わせにして、今日1日で2つ見てしまおうという欲張りな計画である。

 列車に乗った段階で、「近郊の街」のほうはまだ完全には決まっていなかった。クマ助の頭の中で候補に上がっていたのは、
  ① レ・ボー・ド・プロヴァンス
  ② サント・マリー・ド・ラ・メール
  ③ フォンヴィエイユ
  ④ タラスコン
うぉ、何だか長たらしい面倒くさい名前の街が多い。

 列車に乗り込んでみると、たいへん懐かしいコンパートメントタイプの車両である。ホンの10年前までは、ヨーロッパの列車の主流はこれ。1等車なら6人、2等車なら8人のコンパートメントで、ガラスの引き戸があり、カーテンさえ締めてしまえば準個室になった。

 だから、中で何が起こっているか、外からはほとんど窺い知れない。治安の面で問題があったのか、この10年のうちにコンパートメント車両は急速に消えていった。特急タイプも各駅タイプも、今や日本型の車両が大勢を占めるので、稀にこういう車両に遭遇すると、「おお、懐かしいね」とワクワクする。

 こういう懐かしい車両も、きっと日本の「北斗星」と同じように、「車両の老朽化が著しい」という理由で、順次「廃止」☞「廃車」ということになるんだろうと思うと、さすがに寂しいのである。ヨーロッパのどこかを臨時列車としてでも走らせてくれる、粋な度量が欧米人にもあることを期待する。
コンパートメント
(懐かしのコンパートメント)

 もっとも、訪れる街を早く決めなければならないので、いつまでもワクワクなんかしていられない。まあ、朝のうちに①のレ・ボー・ド・プロヴァンスにほぼ決定していたから、余程のことがないかぎり計画通りになりそうだ。

 しかし諸君、②の「サント・マリー・ド・ラ・メール」も、故事来歴を知れば捨てがたい魅力に満ちている。紀元40年、地中海を渡ってこのあたりの海岸に小舟で流れ着いた人々がいたのである。

 イエス・キリストの死後、エルサレムの街を追われることになったマグダラのマリア。聖母マリアの妹マリア・ヤコベ。ヤコブとヨハネの母マリア・サロメ。街の教会には、3人のマリアたちの遺品が残っているのだそうだ。

 ひと昔前に大流行したダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」や「天使と悪魔」を、よーく&よくよく理解しようと思えば、ぜひ訪れておきたい街である。「マグダラのマリアは、この街からガリア各地への伝道のために旅立った」ということになっている。

 ついでにこの小さな街は、カマルグ大湿原地帯への入口になっている。思った通りにMac君の変換は「大失言地帯」。ホンの4~5年前の某国大臣の皆さんなんかも大失言地帯だったような記憶があるし、「アイツの授業って、実は…なんだぜ」みたいな大失言が昔の予備校には氾濫していた気もするが、そんなハナシも、今は昔の懐かしい物語である。
バス停
(アルル駅前、バス停はこんな感じ)

 ③の「フォンヴィエイユ」も捨てがたい。今は昔、フランスに「ドーデ」という作家がいた。ドーデすか、ご存知ですか。もしも知らなかったら、調べてみるとか、作品を読んでみるとかしたらドーデすか?

 「風車小屋だより」、岩波文庫にも入っている。「最後の授業」なんてのもある。戦争のために最後の授業となってしまったアメル先生の教室の様子をのぞいてみませんか。ドーデすか、少なくとも「大失言」などという浅ましい状況にはなっていないと思います。

 アルフォンス・ドーデは、19世紀フランスの作家。「アルルの女」でも有名。1869年、普仏戦争やパリ・コミューンの嵐の予感の渦巻く中、ドーデはプロヴァンスのこの街を舞台に「風車小屋だより」を書いた。「ドーデの風車」は今も残っている。
眺望
(レ・ボーの古城からプロヴァンスの平原を望む)

 うーん、こういうふうになってくると、最初に決めておいたレ・ボー・ド・プロヴァンスが何だか色あせてくるじゃないか。アルルの駅に列車が到着してもなお、クマ助の心はハッキリ決まっていなかった。

 ちょうど日曜日にあたっていたので、アルル駅前は閑散としている。列車を降りたのは、今井君を含めてアジアの人々ばかり7~8人。駅裏の寂れたバスターミナルにも、人影はほとんどない。

 その駅前にバスが1台停車中。①のレ・ボー行きらしい。運転手さんがキオスクで朝ゴハンを買って食べている。「レ・ボー行きですか」と尋ねると、「確かにレ・ボー行きだが、ここはバス停ではない」と少し慌てた様子。正しいバスの発着所を教えてくれた。

 これだけのことで、行き先はレ・ボーと決まった。バスの発車を待っていると、サント・マリー行きのバスもやってきたけれども、せっかく運転手さんとコトバを交わしたんだから、もう浮気をする気は全くなくなっていた。
古城
(レ・ボー家の古城。トゥルバドールもここで活躍した)

 レ・ボーまで、この路線バスで40分ほど。諸君、ここは中世の古城跡。難攻不落、「鷲の一族」と呼ばれた恐ろしいレ・ボー家の居城である。石灰質の岩が白く光る険しい山の上に、確かにどうみても難攻不落な感じの城が、今は廃墟となってそそり立っている。

 ヒトクチに「中世」と言っても漠然としているが、ここは10世紀から15世紀の城。「鷲の一族」はマコトに強烈な人々であって、捕虜を城のテッペンから断崖にポイポイ投げ捨てたとか、イタリアまで遠征して神聖ローマ帝国皇帝の息子を討死させたとか、いやはや「豪勇ここに極まれり」な感じである。

 もちろんこの一族、優雅な生活もチャンと楽しんでいたらしい。何しろ11世紀の南フランスは、吟遊詩人「トゥルバドール」の諸君の活躍が始まった土地である。宮廷愛とか騎士道の世界、十字軍の活躍などを歌って、各地のお城を巡り歩くのがトゥルバドール。ドイツでは「ミンネゼンガー」と呼ぶ。

 こんな険しい山のお城の中で、一族の男女が集まってトゥルバドールの歌う物語を聞く。うぉ、そりゃロマンチックだが、冬はさぞかし寒かっただろう、夏はさぞかし暑かっただろう。中世ってのは、想像すればするほどマコトに厳しい時代でござるよ。
攻城機
(復元された屋根つき攻城機)

 お城の廃墟の前には、当時の投石機や攻城機を再現したものが置かれ、投石機についてはその実演も行われる。確かにお城の回りには、投げるだけで十分に兵器になりそうな、手頃な大きさの石がゴロゴロ転がっている。

 攻城機のほうは三角のお屋根をつけて、城を攻める側の兵士たちが身を隠せるように工夫を凝らしてある。確かに城壁の上から、矢だの石だの、熱湯だの火のついた油だのを浴びせられたら、痛いし熱いしムカつくし、さすが勇猛果敢な兵士たちだってウンザリだろう。こんなお屋根がついていれば、なるほど安心してお城を攻められるというものである。

 こうして、昼過ぎまでクマ助は厳しい中世の日々を思いながら古城の廃墟を散策。さすがに腹が減ってきたから、ムラムラと昼メシのことが思い浮かびはじめたが、その話は「また明日の記事で」ということにしよう。

1E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 8/9
2E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 9/9
3E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 1/10
4E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 2/10
5E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 3/10
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