2015年01月03日(土)

Wed 141210 新年会① 通添オリオン ノートルダム大聖堂とイフ島(夏マルセイユ滞在記9)

テーマ:ブログ
 1月1日の夜10時から、早くも東京某所で新年会があって、その勢いで3日には大阪でも新年会。3日午前9時のヒコーキで、「羽田から伊丹空港にビューン」をやらなければならない。

 そのまま大阪に1泊して帰りは4日になるから、読者諸君、3日の記事はマコトに申し訳ないが午前5時の段階でのアップになる。お正月早々忙しくてマコトに申し訳ないが、それが今井君の生き方なのだから、どうにも致し方ないでのある。

 1月1日、東京「某所」などという書き方はメンドーだから、この際ハッキリ言ってしまえば、渋谷区笹塚である。「は?」であり「何ですって?」であって、クマ助ともあろう者が第1回新年会を笹塚で済ますなんて、地味も地味、ジミ五郎というかジミ之助というか、ジミ山ジミ左ェ衛門もいいところである。
13584 大聖堂
(マルセイユ、Hotel Dieuからノートルダム・ド・ラ・ギャレット大聖堂の勇姿を望む)

 しかしどんなにジミ太でもジミエモンでも、1月1日から営業しているいい店があれば、クマ助は決して迷わない。「ええっ、そんなに地味な街の地味な店ですか?」とか言って尻込みするのは、ただ人生のシロートであるに過ぎない。

 お店をやっているのは、東京都三宅島でスーパーを経営していたオカタ。15年前の三宅島大噴火の時、スーパーの従業員を引き連れて渋谷区笹塚に避難。そのままこの街に定住して、この居酒屋の他にスーパーの営業も始めたのだという。そのたくましさに、まさに「脱帽」である。

 今井君たちが注文したのは、赤ワイン2本とアンコウ鍋。その他にもいろいろ頼んでいたが、ボクチンの関知するところではない。いろいろ貪りつつ無遠慮に飲みまくり、午前0時過ぎに東京版新年会はマコトに目出度くオヒラキになった。幸先のいい1年のスタートになったことだけは間違いない。
13585 眺望1
(大聖堂前からマルセイユ旧市街を望む)

 笹塚と言えば諸君、かつては「通添オリオン」の本拠地であった。と言っても、今や知っているヒトも少ないだろうが、今から四半世紀前、大学受験用の通信添削の世界で「オリオン」は燦然と輝く存在だった。もちろん「Z会」が業界トップであるのは今と同じだが、「アンチZ」「オリオン、愛♡」という受験生は少なくなかった。

 今や「通信添削」というコトバも、だいぶ時代がかってきた気がする。昔は「通信添削」を略して「通添」と呼んだ。ヤフーニュースでお馴染みの「何でも省略」、「アナ雪」「花アン」「ノーノー」の類いである。

 しかし諸君、「通添」の略称は、どうやら世の中から消滅しつつあるようだ。我が友mac君に「つうてん」と入力して変換を試みたところ、画面に現れたのは「痛点」と「通天」であって、通天閣は今も大阪の空を焦がし、痛みを痛烈に感じる痛点はもちろん存在しても、「通添」で話が通じる受験生は激減しているようである。

 1980年代まで、通添は受験の世界の定番であり花形だった。現役高校生にとって、放課後に予備校に通うよりも、むしろ通信添削の難問に取り組むか、ラクしてラジオ講座にダイヤルを合わせるほうが、ずっと普通の姿だったと言っていい。

 旺文社系の「英協の添削」というというのもあったし、「通添アルファ」もあった。英検を実施する「英教」は、当時は「日本英語教育協会」を略して「英協」を名乗っていた。通信添削♡花盛りの時代であった。
13586 大聖堂内部
(ノートルダム大聖堂の内部。コルドバのメスキータを思い出す)

 受験生時代の今井君は、オカネをジャブジャブ使えるような家庭環境にはなかったから、Z会もオリオンも、通信添削については「旬報会員」。赤ペン先生の添削は受けられないが、問題と解説書だけ送ってもらえる安価な会員で、秋田の田舎でマジメに勉強に励んでいた。

 しかしいま考えればそのへんが、若きクマ助の受験失敗の主な原因である。いやにコムズカシイ問題とコムズカシイ解説に夢中になって、基礎と基本をすっかり疎かにした。

 大学受験というものは、基礎と基本に夢中で取り組めばまず失敗することはないのに、生意気にコムズカシイ世界に迷い込み、「知の頂点」とかバカなことを言っているうちに、かえっておかしな方向にズブズブ浸かってしまうハメになった。

 それでも英語と国語だけは全く問題なくズンズン進んでいけたのは、間違いなく「音読」のおかげである。授業を受けては音読、解説を読んでは音読、オリオンの旬報を熟読しては音読。それで基礎と基本を鍛え上げた。コムズカシイ世界を敬遠して基礎と音読に励むことこそ、合格の秘訣であると信じる。

 ま、1月1日に東京新年会、3日に大阪新年会。そういうのは人生の基礎であり、10年継続と宣言したブログの更新を決して怠けないのも人生の基本。基礎のないところに、道は決して開けない。

 センター直前になったからこそ、受験生に欠かせないのは基礎基本であって、そこから離れた受験生から順番に迷い道に迷い込み、泥沼を果てしなくさまようことになる。ウルトラ♨ベテラン☞クマ助のこのアドバイスに、ぜひ耳を傾けたまえ。
13587 眺望2
(マルセイユ旧港の向こうにHotel Dieu。自分が今すげーホテルに滞在しているのを実感する)

 さて諸君、9月2日・マルセイユのクマ助は、まさにその基礎基本徹底の精神を体現するために、マルセイユ市街を東から一望のモトに見おろす「ノートルダム・ド・ラ・ギャルド大聖堂」に登ることにした。マクロの目でマルセイユ全体を把握するにも、旅の前半でこの丘に登るのは必須と考えていい。

 海抜150メートルのこの丘に登るには、旧港から60番の乗合バスに乗る。プチトレインでも登れるし、汗まみれになるのを厭わないなら徒歩でもOKだが、朝8時9時の爽快な涼風に吹かれながら、地元のヒトビトと一緒に港でバスを待つのがおそらく何より心地いい。

 急カーブをいくつも曲がりながら、バスは20分ほどで大聖堂に到着。金色の巨大なマリア像が、ニコニコ笑いながら東洋のクマ助を待ち受けている。見晴し台からの晩夏の海の眺めは、まさに絶景の名に相応しいもので、マルセイユを訪れることがあったら、まず何をおいてもこの丘に登ることをオススメする。

 まず正面が、マルセイユ旧港と旧市街。昨日の夕暮れ、あんなに真っ赤に染まっていたシマシマ大聖堂も眼下にあり、旧港を挟んで向こう側には19世紀の施療院、いま宿泊しているHotel Dieuの勇姿がある。
13588 イフ島
(大聖堂前からイフ島を望む)

 南の海には、これもまたマルセイユの象徴「イフ島」が見える。信じがたいほど青い地中海は、今日もまた強風に高波が渦巻いているが、「泳いでも渡れそう」という手の届きそうな沖合に、かつて政治犯を監禁した白い監獄島が浮かんでいる。

 昭和の日本人にとって、アレクサンドル・デュマ「モンテクリスト伯」は必読書。岩波文庫で8冊もある19世紀のウルトラ長編を、黒岩涙香が翻案した「巌窟王」で読んだヒトも多い。

 主人公エドモン・ダンテスが脱獄に成功して巨万の富を得、かつて自らを陥れた人たちに復讐するスカッとした冒険活劇だが、その脱獄のモデルになったのがイフ島である。10年前のマルセイユ訪問の際、今井君はイフ島訪問に失敗。今回にリベンジを賭けていたと言ってもいい。

 ノートルダム大聖堂は、聖堂の内側も素晴らしかった。赤と白のシマシマは、コルドバのメスキータを髣髴とさせる美しさ。長く海の安全を託されてきた大聖堂に相応しく、可愛らしいお船の装飾が随所に施され、訪れたヒトビトの多くが無邪気な様子でそれらを写真に収めていた。

1E(Cd) Bobby Coldwell:BLUE CONDITION
2E(Cd) Boz Scaggs:BOZ THE BALLADE
3E(Cd) The Doobie Brothers:MINUTE BY MINUTE
13G(α) 塩野七生:ローマ人の物語40 キリストの勝利(下):新潮文庫
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