2009年09月04日(金)

Sat 090822 ニューヨーク滞在記5 ブロードウェイでミュージカルを観るということ

テーマ:アーカイブ
 わざわざ言うまでもないことだが、アメリカ人には脚の長い人物が多い。それを考えると、ANAのエコノミーシートの狭さがどうしても気になるのである。彼らが14時間にわたってこの狭いシートで脚のやり場に困る様子を考えてもみたまえ。いくらサービスが良くても、いくら飯がうまくても、いくら山口美江がズラリと並んでワインを3本も4本も手渡ししてくれても(これは相当恐ろしい光景だが)、脚のやり場がないのではすべて帳消しになってしまうのではないか。せっかくのサービスは、彼らの長い長い脚を収容するスペースを、あとわずか4~5cm長く確保する努力に到底勝てないのである。

            (57th Street付近で)

 2007年12月、あまり興味はなかったが「ブロードウェイ・ミュージカル」というものを観た。まあ、何ごとも経験である。観たのは「HAIR SPRAY」、ちょうどトラボルタの映画でも評判になっていて、「観ても悪くないか」という、何となく不承不承な感じ。私の席の右側には、異常に身長も高く脚の長い25歳ほどのお兄ちゃんが一人で見にきていて、私とは完全に逆の意味で脚の長さに悩んでいる様子。長過ぎてどうしようもないというか、席の前が狭すぎて脚のやり場がないのである。要するにあの時、アフリカのキリンさんと日本のツキノワグマさんが隣り同士に仲良く並んで、ミュージカルを楽しんでいたのだ。

         (2009年8月、ブロードウェイ)

 ブロードウェイ・ミュージカルで驚くのは、観客の反応のあまりのよさである。俳優のアドリブにもチャンと爆笑するし、ラブシーンでは「ヒューヒューヒュー」と冷やかしの声が上がる。おじいちゃんでもおばあちゃんでも、私の隣りの足長兄ちゃんでも、みんな同じである。激しい発言があれば、一斉に「Ohhhh!!」と絶叫する。舞台が暴力に及べば、客席のあちこちから非難の声が上がる。要するに「舞台と客席が一体になる」という演劇の理想を、演じる側の努力によってではなくて、観客の積極的な参加によって実現しているのである。
 こういうのは、大阪で人形浄瑠璃を観ていて感じるのと同じ性質のものである。東京での文楽公演は、あくまで「お勉強」。上品な世田谷マダムたちが、公演パンフレットと首っ引きで、義太夫、三味線、人形、演出法、そういうことを大人しく勉強する場であって、国立小劇場で客の話し声が聞こえることはまず考えられない。大阪の文楽だと、状況は遥かにブロードウェイ・ミュージカルに近い。観客は同じように拍手し、遠慮なく歓声をあげ、お互いに語り合い、およそそれが「勉強だ」とか「教養だ」とか考える意識はないのである。

         (2009年8月、ブロードウェイ)

 楽しめばそれでいい「ショー」ということなら、細かいアドリブのセリフを「聞き取れなかった」とかいって悩む必要はない。アドリブには、普段からアメリカで生活していなければわかるはずのないもの、例えば日本なら「酒井」とか「押尾」とか「高相」とか(ちょっと古いですか?)、「みぞうゆう」とか(古すぎますか?)、その他テレビコマーシャルや通販の健康器具などに絡んだものもたくさんあって、ワイドショーなりゴシップ新聞とかを、連日むさぼっていないかぎりわからない遊びもタップリ含まれているのだ。
 「楽しいだけでいい」のだから、劇場の闇の中で座席のひじ掛けを争って小競り合いする必要もない。隣りの足長アメリカお兄ちゃんと、日本からきた短足オジサンは、それなりに遠慮しつつも、無言のまま上手に足のスペースを譲り合い、3時間のショーを大いに楽しんだのであった。場面場面の印象を語り合う声で、劇場内は静まり返ることがなかなかない。スナック菓子をほおばる音、カウンターで買ったジュースかアイスコーヒーの氷をバリバリ噛み砕く音、脚がぶつかりあっては「Sorry!!」であり「Excuse me!!」であって、そういう騒然とした中で3時間を共有する。

         (2009年8月、ブロードウェイ)

 カーテンコールがいかにもアッサリしているのも、また驚きである。1回だけ出てきて、そこで大喝采を浴びて、それで本当にあっさりすべてが終わりになる。劇場側もサッサと場内を明るくして、客は客で一斉に出口に殺到する。日本の舞台のように、何度も何度も名残惜しそうにカーテンコールが続くことはない。呆気にとられるほどスッキリと全てが終わりになって、観客の心も頭も「さて、このあとどんな飯を食い、どんな酒を飲むか」に集中する。余韻、というような上品なことは、全く考えなくていいのである。
 まあ、無理もない。ロングラン公演ともなれば、5年でも6年でも、来る日も来る日も同じ台本の繰り返しなのである。痩せっぽちの可哀想な少女の役の女優は、5年も6年もにわたって太ることは決して許されない。いったん「ヘアスプレー」の主役に抜擢されてしまえば、「ヘアスプレー」が閉幕するまで(しかも閉幕がいつかは予測もつかないし、閉幕とは人気がなくなることであって、それを楽しみにすることもできないのだ)「外見は全くダメだが、歌だけはとびきり上手な」女の子で居続けなければならないのだ。「ちょっと痩せてみたい」「ちょっと髪型を変えてみたい」などという軽薄なことの許される職業ではない。

         (2009年8月、ブロードウェイ)

 そう考えてみると、カーテンコールがあっさりしているのは、不思議ではないのかもしれない。代ゼミの直前講習で、同じテキストをつかって1ヶ月で20回も授業をしたことがあったけれども、10回目で飽き飽きし、15回目からは同じテキストで同じことを話すのに完全にウンザリし、「こんなのは人間性を無視している」と考えては吐きそうになり、20回目にはすでに拷問としか思えなかった。俳優も、女優も、大好きで選んだ職業ではあっても、ここまでロングランになってしまえば、あれと同じようなものなのかもしれない。
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