1月から2月にかけて多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)について、2回に分けて記載させていただきました。(→1.27.「多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)って?」、 2.1.「多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)って?【補足編】」)
この際もPCOSは内容が非常に広い疾患であるとさせていただきましたが、治療に関して1点まだ詳しく書けていない事があります。これが外科的排卵誘発法に分類される、腹腔鏡下卵巣多孔術(laparoscopic ovarian drilling : LOD)になります。
外来でPCOSと診断されることも多く、ブログのアクセス解析をみてもPCOSに関心を持たれている方も多いようですので、今回再度PCOSの1つの治療法である、腹腔鏡下卵巣多孔術(LOD)について書かせていただきます。
1)腹腔鏡下卵巣多孔術(LOD)の方法と原理
PCOSの外科的治療は以前は開腹手術で行われていましたが、現在は腹腔鏡下(お腹の中に専用のカメラを入れて手術する方法)で行われます。具体的にはへそや下腹部に5~15mm程度の切開を3~4か所入れて手術を開始し、両方の卵巣にそれぞれ15か所程度の小さい穴(小孔)をあける、腹腔鏡下卵巣多孔術(LOD)が一般的な方法です。
お腹の中の癒着、肥満、合併症の有無など個々の患者さんの状態によって手術の難易度は異なってきますし、手術ですので当然慎重をきたす内容ですが、一般的には大出血を予測される手術ではないと思います。
小さい穴を卵巣にあけると排卵率や妊娠率が上昇するのですが、この詳しい原理については実ははっきり分かってはいません。
仮説としては、穴をあけることで卵巣にある細胞(莢膜細胞や顆粒膜細胞)が破壊されて、卵巣刺激するホルモン(LHとFSH)のバランスが整うという説が有力です1)。
原理ははっきりしていないものの、効果が高いことからPCOSの一つの治療選択肢として、日本産科婦人科学会の治療指針2)にも記載されています。
2) LODの治療成績
LODに関する治療成績については、いくつかの報告があります。
まずLOD単独での排卵率などの報告は、
・排卵率は30~90%(平均83%)、術後1年での累積妊娠率は50~80% 1)
・術後排卵率は70~90%、妊娠率は30~70%程度 3)
・クロミフェン抵抗性のあるPCOSに対してLODとゴナドトロピン製剤による排卵誘発(→排卵誘発の方法は?【ゴナドトロピン製剤 一般不妊治療編】)を比較した場合、排卵率(52 vs. 62%)、生産率( 39.5 vs. 41.7% )、臨床的妊娠率(44.2 vs. 44.8%) および流産率(9.4 vs. 12.4%) では両者に差が無く、多胎率はLODが低かった(1 vs. 16%) 4)。
・クロミフェン抵抗性のPCOS症例に対してのLODはゴナドトロピンによる排卵誘発と同等に有効で、多胎のリスクを下げることが可能でかつ、排卵誘発に卵胞発育の慎重なモニタリングが不要であるといったメリットがある 5)。
などがあります。
これらの報告では、LOD単独で排卵が起きる割合がおおよそ50~80%とされますが、単独で自然排卵が起きなかった場合でも、排卵誘発剤の感受性が上昇するという以下のような報告があります。
・LODにより排卵や妊娠が見られない場合でも、術後排卵誘発剤の感受性が上昇している可能性があり、再度クロミフェンまたはゴナドトロピン療法を試みる 6)。
・LOD後に自然排卵が起きない場合でも術後にクロミフェンの反応性が高まるのが、LODの1つのメリットである 5)。
3) LODの効果予測因子
LODが有効かどうか事前に効果予測が可能であれば、この治療を受けるかどうか決定しやすいと思います。しかし事前に効果予測をできる診断法が確立はしていないのが現状です。
診断方法が確立していない一方で、術後効果が良好であることを予測する因子(=この条件を満たすと、手術の効果が高い可能性があるという条件)について、いくつかの報告があり、これを分かりやすくまとめている記事がありますので(1)福原理恵他. 腹腔鏡下卵巣多孔術の理論と実際. 産科と婦人科 81(7): 859-863, 2014)、以下に引用させていただきます。
<術後効果が良好であることを予測する因子>1)
・不妊歴<3年、LH>10 IU/L
・若年、適切な体重
・やせ
・テストステロン>>50ng/dl
・FSH高値
こういった報告からはLH>10 IU/Lや肥満でない場合に、手術が有効である可能性が高いといえるかもしれません。
4)LODの治療効果持続期間について
LODを行った場合の効果が術後どの程度持続するかについても、実は明確には分かっていない、というか正確には個人差があるとされています。これについてもいくつかの報告があり、
・LOD後5年間追跡調査をした22症例の約70%でクロミフェン感受性があり、10年間追跡可能であった14例中7例(50%)がクロミフェン感受性があった 1)。
・LOD群とゴナドトロピン療法群の計168人を、治療後8~12年での成績で比較した場合、第1子の累積妊娠率は両者で差はなかった(86 vs. 81%)ものの、第2子累積妊娠率は LOD群で高かった(61 vs. 46%)。また正常月経周期を保っている割合もLOD群が高かった (54 vs. 36%) 。 (この論文ではLODはゴナドトロピン療法と同等の生産率があり、かつ排卵誘発や体外受精を回避できる可能性のある治療法であり、第2子を望める可能性の高い治療法なので、クロミフェン抵抗性のある場合にはLODを治療選択肢として提示してよいのではと結論しています 7)。
・治療効果について、1~2年~永続的など様々な報告があり、持続期間にばらつきがある 8)。
このように治療効果の持続期間については評価が完全に定まっていませんが、数年~10年程度持続するという報告が見受けられますので、ある程度継続して効果が期待できるようです。
5)LODのメリット・デメリット
LODのメリットとしては、上記のような治療効果が期待できる点以外に、腹腔鏡手術の際にお腹の中を観察できるので、癒着などの異常の有無や異常があった場合に癒着をはがすといった処置も、同時に行うことができるという点もあります。
デメリットとしては
・術後癒着の可能性 : 術後の癒着の可能性はあるものの、術後の良好な妊娠率の報告から考えると、その癒着は卵巣表面の軽度なもので、妊娠に影響する可能性は低いと考えられます1)。
・卵巣機能低下の可能性 : 手術による卵巣機能低下の報告は非常に少なく、通常の方法で適切に手術を行えばこのリスクは低いと考えられています1)。
☆彡まとめ☆彡
・PCOSには外科的治療として腹腔鏡下卵巣多孔術(LOD)がある。
・手術内容は腹腔鏡を使って、両側の卵巣に15個程度づつ小さい穴(小孔)をあける手術。
LODを行った場合、、
・術後に自然排卵が起きる割合はおおよそ50~80%。
・術後自然排卵が起きなかった場合でも、排卵誘発剤の感受性が上昇する。
・治療効果の持続は個人差があるが、数年~10年程度持続するという報告が多い。
LODが有効かどうか、、
・術前に完全に予測することは難しいが、LH>10 IU/Lや肥満でない場合に有効である可能性がある。
当院でも、クロミフェンが無効な場合にLODについても選択肢としてお話しし、患者さんが希望された場合には手術可能施設にご紹介させていいただきます。
○文献
1)福原理恵他. 腹腔鏡下卵巣多孔術の理論と実際. 産科と婦人科 81(7): 859-863, 2014
2)日本産科婦人科学会生殖内分泌委員会報告. 日産婦誌61 : 902-912, 2009
3)Campo S. Ovulatory cycles, pregnancy outcome and complications after surgical treatment of polycystic ovary syndrome. Obstet Gynecol Surv. 1998 May;53(5):297-308
4)Farquhar C et al. Laparoscopic 'drilling' by diathermy or laser for ovulation induction in anovulatory polycystic ovary syndrome. Cochrane Database Syst Rev. 2007 Jul 18;(3)
5)Abu Hashim et al. Three decades after Gjönnaess's laparoscopic ovarian drilling for treatment of PCOS; what do we know? An evidence-based approach. Arch Gynecol Obstet. 2013 Aug;288(2):409-22.
6)日本生殖医学会(編):多嚢胞性卵巣症候群に対する診断・治療(インスリン抵抗改善薬を含む). 生殖医療の必修知識. 日本生殖医学会, 2017: 185-189.
7)Nahuis MJ et al. Long-term outcomes in women with polycystic ovary syndrome initially randomized to receive laparoscopic electrocautery of the ovaries or ovulation induction with gonadotrophins. Hum Reprod. 2011 Jul;26(7):1899-904.
8)和地祐一他 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)合併不妊の治療 : 現代生殖医療のメインストリーム 産婦人科の実際 63/11 2014年10月臨時増刊号. 1700-1707