私の気づき
今年になってから、ずっとブログ記事にしたいことがありました。今日そのことについて書こうと思います。今年になってから特に強く芽生えた気持ちで別居するとさらに確固になった思いです。それは何かを止めることが出来ない人に対して止めろ止めた方がいいに決まってる何で止めれないの?そういう思いを持っていたことが実は自分を傷つけていたことに気づきました。私は夫が病気になってから割と早々にアラノンに通い出しカウンセリングに通いアルコール依存症の本も読んでいたので止めろ!飲むな!と伝えることの意味の無さは良く分かっていました。だからあからさまな言葉ではあまり言ったことは無いと思います。(ブログ見返したらたくさんあるかも笑)タイミングを見て病院行こう?リハビリ行こう?とかは言ってましたが。でも心の中では飲むな止めて早く止めれますように早く底つきますように早く回復しますようにそんな気持ちでいっぱいでした。相手がお酒を飲んだり回復中のスリップをすれば酒止めろ!と発言する代わりに私の態度はあからさまに変わったり怒ったり悲しんだり結局は「酒止めろ!」という思いには何の変わりもありませんでした。徐々にだったか急にだったか忘れたけど止めたくても止めれない病気の人に止めろ、と思い続けることの残酷さ?攻撃性?みたいなものはいつしか自分を疲れさせて自分自身もものすごく傷ついていたことが分かったんです。私だけかもしれませんけれどね。別居して特にありがたみを感じることはもう相手に「酒止めろ」と思わなくていいそういう態度を出さなくていいそのことです。もう思いたくない。言いたくない。そいういう態度を出したくない。そう思います。それが別居の1番のありがたい部分です。ちょっと依存症とは違うけど私も止めたくても止められないことがあります。こんど記事にしようと思ってましたがだからこそ、余計にそう思ったのかもしれません。依存物質を止めたくても止められないパートナーに止めなよ!と思わなくていい生活は楽です。こういう気持ちを抱えて生活するというのは、本当に自分自身を傷つけていたことに気づいたんです。そのような気持ちから解放されることが、自分を大切にするってことなんだな、って。