私には到底無理だったことがあります。

 

それは、回復してないアルコホリックと一緒に住みながら振り回されないようにする、ということです。

 

沢山の書籍や情報の中で、家族は「振り回されないこと」と言われ続けます。

 

酔っている相手から出る言葉は、病気の言葉であり真実ではないということ。さらには酔っていなくても、病気の言葉であるということ。いろんな場所からそのような情報が入ってきます。

 

酔っている相手から出る言葉は病気の言葉であり酔っていなくても病気の言葉であり、(回復していなければ)飲んでいても飲んでいなくてもアルコール依存症という病気の状態だと学び、実際にそういう夫と一緒にいましたが、この状態の人と一緒に暮らすのはとても難しかったです。

 

今わたしは別居中ですが、なんとなく別居中の夫の飲酒パターンは分かっていました。月〜火曜日あたりは全然連絡をしない日があり、週末にかけて徐々にきちんとした"シラフ"の「ちゃんとした」夫が戻ってきます。そしてその勢いで私に会い、週末楽しい時間が過ごせるというものでした。

本当は飲んでいることは分かっていました。でも私が見えない所で飲んでいると疑っているから会わない・飲んでいないから会うという判断で、夫に会う会わないは決めておらず、週末楽しい時間を一緒に過ごせるなら過ごそうと、そういう気持ちで会っていました。

 

先日、夫が用事で3日間くらい私たちの家に戻ってきた時に、やはり夫はお酒に手を出してしまっていました。別に暴言などあるわけではありません。でも、もう普通の人ではないあの姿。家族の皆様、たぶん分かると思います。その姿を見てね、

 

私、本当に無理なんだなぁ...心底そう感じました。

 

振り回されない、ってどういうことなんでしょうね?

 

私には分かりません。

 

もう前みたいには動揺したり、思いっきり悲しくなったりはしませんけれども、それは慣れだと思います。

 

病気なんだなぁと思ったりはします。

 

彼が飲んでいるから私の人生、計画、週末の予定潰れたーー!そういうことももうありません。(前は思ってました!)

 

過去の色々な「未経験」が「経験済み」になったことで、別に驚きもせず狼狽えることなく落ち着いています。

 

でも、平安はないです。

平穏な心はないです。

くつろげる場所にはなりません。

 

私自身にとって、平穏な心でいられないってことは、振り回されているってことだと思います。

 

だからやっぱりこの私には一緒に居ながら振り回されないってことは、無理だった、というのが結論でした。

 

アクティブなアルコール依存症者と一緒に住みながら、完全に振り回されないってすごいよ。本に書いてあること、やっていける人がいるんだもんね。

 

私には出来ませんでした。

 

私に出来たことは、「自分」が振り回されない環境に自分を持っていくことだけで、ある人から見れば、それは振り回されていないってことだし、ある人にとっては逃げだと思います。

 

でも自分の限界や平穏、器、度量、無理なものは無理ってこと、そういうことが分かります。

 

自分という人間は別に大きくも小さくもないってこと。

 

そんな風に物理的精神的距離が徐々に広がり始めても

 

夫と楽しく過ごしたかったな

 

とか

 

長くシラフでいた夫と色々話してみたかったな

 

とか

 

沢山寂しい気持ちばかりです。

 

もしかして本当に離れる準備をしているのかな。

 

沢山の自分の中にある"寂しい"や”大好き"を、受け止めてあげるようにしています。

 

またこの作業で、たくさん泣くんですよ(;´Д`)