数ヶ月前、私の現状を何もかも話している親友とLINEで会話中、彼女に言われたこの言葉により心が軽くなりました。

 

「(依存症のような)強迫的な行動を取ってしまう人は、どうしてもそっちを選んじゃうんだよね。だからその人達が(回復など)頑張ってるからって、そういう病気がない私たちまで頑張って見守ってあげるとか、(回復するまで)待ってあげたりする必要はないんだよね」

 

本当に!!

そう思いました。

一つ、重荷が軽くなる言葉でした。

 

全く頑張っていなくてクソみたいな態度でいるなら嫌いになりやすいのに、回復とスリップを繰り返しているような状態や、病気のことを理解して何とか少しずつでも改善しようとしている依存症のパートナーを持っていると「少しずつ頑張っているもんね」「病気だもんね」など思い、相手の病気に理解を示そうと努力してしまうことがあります。これがまた微妙に疲れる。

 

「相手への理解は、してもしなくてもどっちでも大丈夫なんだよ。間違ってないよ。2人とも頑張っているんだから。」

そう言ってもらった気分になりました(*^o^*)

 

この言葉以降、私の放置道がまた少し楽になった気がします。

 

私は夫の飲酒に何も言いませんし、基本的にどれだけ酔いつぶれても、放置しています。基本的には、こうしたら?ああしたら?言いません。会話の中で自分の意見として言うことはありますが、受け入れられないことが100%なので、真面目に言いません。涙ながらでも優しさでも怒りにかまけても訴えることもありません。過去はありましたよ!

 

今は、放置です。

 

あのね

家族の言うことなんて聞かないんだよーーーー

 

家族の言うこと聞いて断酒するってすごいと思う。まだ軽度の段階だったのか、アルコール依存症の一線は超えてなかったのでは、と個人的には思います。それか自分でどうにもならなくて助けを求めるタイミングと、家族が手を差し伸べたタイミングが重なったか。

 

北風と太陽の太陽になる?

タイミングを見る?

言い方を考える?

 

それで言うこと聞くなら羨ましいです。

素晴らしいと思いますし、その段階で断酒したなら重度になる前に回復出来て本当に良かったと思います。

 

普通は、家族の体調が悪かったら

「病院行った方がいいんじゃない?」

「そうだね」

このようなやりとりが主流だと思います。中には「まだ大丈夫」と言う人もいると思いますが、本当に起き上がれなくなったら病院に行くことを選ぶでしょう。

 

この普通のやりとりが一切通用しないんですよ。

 

アルコール依存症の一番の問題である「否認」

先ずはこれを乗り越えるのも相当大変だと思いますし、一生認めない人も多いと思います。

 

そしてこの「否認」を乗り越えて自分のアルコール問題を認めたとしても、別にきれいな断酒道に進むわけじゃない。さらに試行錯誤、自分のやり方で断酒し飲酒しを繰り返します。

 

病院に行き

自助グループに行き

危ないなと思ったら自ら抗酒剤を飲み

家族にしたことに胸を痛め

自分は1滴のアルコールに対して無力なんだ

そう思えるマインド。

 

何その理想!

めちゃめちゃ理想な回復方法とマインド。

ブログ上では、そのような素敵な断酒ブログを沢山見かけます。

喉から手が出るほど羨ましいのです。

 

でも、たぶん沢山の家族がそれを見ることが出来ません。

アラノンに行けば「自分が変わったことで相手も変わって断酒し始めた」

そんなケースは稀なことが分かる。

「自分が変わったことで、離婚した」

が多いと思います。

 

それは、アラノンの本を読んだ時にそう書いてあってホッとしてアラノンに通うことが出来た理由です。だって、アラノンに行けば全てが変わる!パートナーが断酒する!なんてミラクルストーリーを出されたら、胡散臭くて行かなかったと思います。

 

本当にね、言うこと聞かないんですよ。

私たちの健康な脳で考える回復方法なんて届かない。

 

過去にはカウンセラーに

こう言ってみたら?ああ言ってみたら?

と言われたフレーズもいくつかありましたが

否定はしなくても言うことは聞かない。

 

そういうことなんです。

 

言うこと聞かない。

つまり

思い通りになりません。

それが重篤な病気に繋がるかもだし

死に直結するかもしれないのに。

 

でもさ、

私はこの病気を通して

「思い通りにならない」

ということを学んでいるんです。

 

共依存の回復の一部は「相手をコントロールしようとする自分を手放す」です。つまり、相手の尊厳を守り、相手をコントロールしないことを学んでいるんです。

 

何も知らない人から見れば、夫の病気が大きくなるまで放置する最低な嫁でしょう。

夫に社会の底を見せるような、内助の功、何それ、美味しいの?みたいな鬼嫁でしょう。

 

でもしょうがない。

 

夫には、夫が自分の力でよくなろうとする能力があることを信じる。その過程が「何でそれ選ぶの?何でそれするの?バカじゃないの?」と思えるようなことでも。

 

だって、私の人生じゃないんだもんね。

夫の人生なんだもん。

 

一見、冷たい境界線。

でも涙ながらに努力して家族はその境界線を引いてるんですよ。

 

今、我が家の夫は、仕事始めて1週間、断酒1週間です。

 

何でいま断酒を頑張っているかと言うと

「ヘマしたくない。」

そう言っています。

 

お酒の問題で解雇になり、無職期間の半年間は彼にとって惨めなものでした。

いい大人なのに社会人でないこと

男なのに奥さんを養っていないこと

働いていないこと

莫大なプレッシャーが夫にのしかかっていました。

 

私から見ると、仕事を始める前にもう一度回復するためにプロの力を借りて、体調を整えるのが先の方がいいんじゃないかな?と思いましたし、自分の意見として言いましたが

 

夫には夫の考えがあるのでしょうがありません。それがアルコール脳で考えた結果だったとしても、未来にどう繋がって行くのか、どのようなご縁があるのかは誰にも分からないのです。

 

だって夫の人生は夫のものだから、彼が好きなように決めるしかない。またスリップして連続飲酒して解雇になったとしても、夫が自分で決めたことならば全て納得するでしょう。

 

結局は、自分で決めるしか無い。

 

夫が回復するかしないかと

私が夫と婚姻を続けるかどうかは

似ているようで実は全く別の話なんです。

 

私は自分のためにこそ、放置道を進んでいきたいと思います。