草に覆われているオクラ畑。
以前は水はけが悪かったこのエリアですが、『抜く草』『刈る草』『残す草』を続けて約1年経ち、畑の中に水溜まりができる なんていう事は無くなってきました。(ただ↑これはちょっと手入れしたい。笑)


おはようございます
移住&自給ライフを満喫中の つぐみです(*^.^*)


後れ馳せながら、昨日初めて『君の名は。』というアニメーション映画を観ました。
テレビでやってたのを、夫が録画してくれていて。(色々撮り溜めてくれるから、たまに消化しないといけないと思ってる。それでいいとも思ってる。笑)

普段まずテレビをあまり観ないので、アニメもドラマも流行りの芸人も知らなくて。
三男がやたら最近
「ティー!ティー!」
と叫んでいるのも、きっとお遊戯でやった何かだろうと思ったら、芸人さんの一発芸(?)だったのですね。笑

面白いですよね。子どもが集まる場所って、もうすっかり社会の縮図になっていて。
その事の意味も、何が面白いのかも分からなくても、皆が楽しそうにやっていたらいつの間にか自分もやっちゃってる。笑

こうして幼い子どもの時代に社会を経験するというのは、なかなか面白いと思います。
私にもそうやって、謎の流行りを追いかけてみていた幼少期がありました爆笑

「なにがそんなに面白いんだろう?」
という興味があって、友達のもっている物ややっている事をそのまま真似てみたり、価値観を真似てみたり。

自分以外の眼鏡をかけて眺める外の世界というものは、それはそれなりに面白くて、楽しいこともあったように思います(*^.^*)

そういう時期、本当に自分が『すてきだ!』と思っていることはちょいと脇に置いてあるんですよね。
自分だけの宝箱みたいな感じかな?

皆あると思うんですけど、私の場合はその頃から、生き物や大自然についての色々が、その宝箱の中にしまってあって。

だれもいない時にその箱をそっと開け、その世界で暮らしている自分を明確にイメージして遊んでいました。
それがとても楽しくて。

ただ現実は想像している世界とは似ても似つかないもの。
だからよく絵を描いていましたね。それはきっと、2つの世界を繋げる『くみひも』だったのかも(*^.^*)


何度も何度も、『だれかの世界』と『自分の世界』を行き来し続け、繰り返すことによって得たものが多く、最後には皆『自分の世界』でしか本当には生きられないと、今となっては分かるのですが、同時に『だれかの世界』を生きることの重要性も分かるようになりました。
それは俗に言う「回り道」「寄り道」でしょうかね。すごーく意味のあること。


だからね、はっちゃん、
「ティー!ティー!」
って思う存分言っててね!笑






ある時ふと思い立って、社会という大きな川のような流れの中から、思い切ってはぐれてみる。
そうしたら、案外世界は優しくて、生きていけるもんなんですよね。
完全に切り離すなんてことは、無理ですし照れ(その大きな川も、そろそろ永遠ではなくなってきた感じがしますね。)





オクラの大きさと固さは比例しないんだ。
という事には、なぜか毎年ちょっと驚くのです。笑
小さくても固くなっていたり、大きくても柔らかだったり。



さて、次の日曜日は選挙ですね!
私は
「これからどうしていきたい?」
という話を夫と何度もして、それが本当に楽しくてウキウキして、期日前投票がスタートした瞬間に滑り込んできました!笑

私と夫はもちろん、社会全体がそうであるように、似てはいるものの全く同じ考え方を持ってはいません。

けれど、仮に彼が選んだとおりの結果が訪れたとしても、私には彼がいるから、私以外の考え方を持った沢山の人々がいるから、きっと幸せに生きているだろうと確信しているのです。

自分の意見だってもちろん、ちゃんと持っているけれど。
皆が選んだ世界でなら、頑張れそう!って本気でおもってる照れ







「これから、どうしていきたい?」

って語り合えるって、私たち人間だけに与えられた能力だなぁとつくづく思います。
畑の真ん中で、そんな事を思ってます。笑

『今』から抜け出すことをあまりにも平然とやってのけ、その場で生きる姿まで想像できるというのはきっと、とんでもなく幸運なことですよね照れ