生は、「顕在化」
死は、「潜在化」
以上、概説しましたが、「生死一大事」ということについて
少々 私の考えるところを述べてみたい。
なお、血脈については、本文に入って詳細に論じてまいります。
まず、「生死」とは、生と死ということであり、大きくふたつの意味があります。
一つは、生老病死の四苦を略して、生死といい、苦しみを表す場合と、いま一つは
永遠の生命観に立って、生まれては死に、死んではまた生まれてくるという
生死の流転を繰り返す、当体を表す場合とであります。
ここでの、生死、は言うまでもなく、生命を意味しているのであります。
生と死は、生命の変化の姿であり、逆に言えば、生と死にしか、生命は表れないのであります。
凡夫の眼には、生命は生で始まり、死で終わるとしか映らない。
しかし、仏法の視点は、この限界を打ち破って、生とあらわれ、死として持続している全体を貫く
「生命」そのものを捉えたのであります。